“時間回復”

 そう唱えた直後、バルガの時間が巻き戻っていく。
 速く...音よりも速く...光よりも速く...奴の時間が巻き戻っていく。


 《は、はは...何をするのかと思えば、時間を巻き戻す?それでいったい何の解決になる?せいぜい魔石で強化した同胞や、以前のお前、せいぜい普通の生物にしか効果が無い魔術ではないか!
 しかも魔力と体力...生命力をも犠牲にするリスク付だ!それが俺に対する最後の切り札だと?血迷ったかカイダコウガぁ!?》

 「あーもう、うるせぇ!耳元で叫ぶなクズ野郎!単に昔のテメーの年齢・姿・強さに巻き戻す……そんな生温い程度で済むと思ってんのか?
 テメーはこの回復魔術の恐ろしいところについて何にも分かってねーのな?お笑いだぜ!はっはっはっはぁ!!」


 俺が生前どれだけ異世界モノの作品を読んできたと思ってやがる?
 こんなクソ魔神みたいなラスボスが、不死で不滅のどうしようもない野郎になった場合でも、そいつの倒し方なんていくらでも存在しているんだよ!!
 フィクション作品舐めんじゃねえっ!!


 「俺が巻き戻す時間は、テメーが若い時とか産まれたてのクソ赤ん坊とかそんなもんじゃねー。
 テメーが存在していない...《《テメーがいなかった時まで巻き戻す》》...!
 “テメーは最初から存在していなかった”
 俺はテメーをそこまで“回帰”させる。地獄へ墜ちる価値すら無いテメーにお似合いの末路で締めてやるよおおおおおおおお!!」


 さらに光が強まる。今よりも倍速でバルガの時間が巻き戻っていく。バルガの時間が100年、500年、1000年、2000年と...回帰されていく!

 「がふ...っ!!」

 同時に俺の体に異変が。全身から血が出てきて、全部の内臓が悲鳴を上げている感じがした。

 《お、前も...ただでは済まない、ぞ。俺を消し去る前、に...お前が自滅して、終わる。仮に俺を消したとして、も...お前は確実に死ぬ、ぞ!?今のお前の体力・魔力は有限で...不死ではないのだぞ!?》
 「ごほっ!...分かってんよそれくらい...。こうでもしねーとテメーは完全に消えないんだろ?だったら命懸けて、こうしてやらぁ!!
 言っただろ?“復讐”してやるって...!!」

 霊体が朽ちていきながら警告するバルガに、俺は血だらけで全身に激痛が走りながらも笑って答えてみせる。

 “痛い”...そんな感覚久しぶりだなぁ。死んで復活してから今までずっと、ズルして痛いって感覚を無くしてたからなぁ。マジで辛いわやっぱ。

 けど...

 これが“生きてる”って証なんだよな?

 だったら多少は我慢してやるか。こんなもん、あともうすぐで終わる...!
 だから、耐えろよ俺の体!!気力はバッチリ問題無いからよぉ!!

 「あ、あああああああああああああっ!!!」

 さらに光を強めて巻き戻しを加速させる。内臓がいくつか潰れて、骨が砕けて、立つのもやっとの状態だ。
 あら?目の前が暗く...まだだ!まだこいつが存在している限り俺がさきにくたばるわけには――


 
 ――ギュッ...!


 それは唐突で、まるで存在しているかのような感触だった。

 背中を支えられて、左腕が下がらないようにしたから掴んで支えられている...俺自身じゃない力がはたらいている。
 そんな感じが、した...。

 (はは...死にかけになって耄碌《もうろく》したってわけじゃないようだ、これは...)

 そういえば、ドラグニアでの最初の訓練で元クラスメイトどもにリンチされてたくさんつけられた傷を治療してもらった時も、連合国軍との戦いでこの回復魔術をくらった時も、こんな優しい温もりを感じたんだよな………

 やっぱり、あなたは凄いよ...




 ≪皇雅君!もう少しだよ!!ゴールまで、あと少しだよ!!≫

 ≪それまで私が支えてあげるから≫

 ≪最後まで、諦めないで―――≫



 (......死んでも尚、あなたは俺たちの先生でいてくれるんですね)

 (また、俺を救ってくれてありがとうございます......)


 ≪―――皇雅君!!!≫

 (美羽先生!!!)



 「―ぅおおおおおおおおらああああああああああああ!!!」
 
 目に光が戻って刮目。全身に力を入れて、左手に魔力を全て注ぎ込む。霊体バルガを地にひれ伏せさせて回帰させていく!

 《まだ...そんな力、が...!!俺の存在が消えていく...!意識が、思念が薄れていく......!!》

 声が弱まり、バルガの姿も透けていく。いったい何千年前まで巻き戻したのか、様々な形態に変化していたが、ようやく一種の形態に留まり、若返っていく。

 そしてその存在が薄まり、消えようとしていた。

 「老害は、とっとと存在ごと、消・え・ろおおおおおおおおおおおお!!!」


 “浄祓《じょうばつ》”


 最後まで振り絞って、絞り尽くして、俺の全部の力を使いきって...
 そしてやっと...

 バルガの存在全てを、無へと巻き戻した...!! 
 消える寸前、バルガの最後の言葉が聞こえた。


 《ククク、ク...。俺は終わる、ようだな...。本当の本当、に。クククク!!まぁ数千年戦いを愉しめたんだ。満足するとし、よう。
 カイダコウガ、改めて礼を言う、ぞ。最後の敵がお前でよかった...愉しかった―――》


 最後までバルガは心底愉しそうに、満足して消えていった。
 まったく...これじゃあ復讐成ったのか、分からねーじゃねーかよ.........
 けど、良いか。殺して消したい奴を殺して消せたんだし。
 俺も、満足しておくかぁ.........

 力無く地面に倒れ伏す直前、俺はニヤリと不敵に笑って呟いた...。


 「――ざまぁ」


 体力・魔力ともに枯らしてしまい、もう何も出来る気がしない。
 そしてまた幻聴が聞こえた――


 ≪ありがとう―――皇雅君!!≫
 

 その言葉に俺はフッと微笑んで、心の中で返事した。

 (礼を言うのはこっちの方っすよ...。本当に、ありがとうございました...!)

 そして俺は眠るように意識を手放していった...。

 俺の復讐は 完全に終わった―――




                              第6章後編 完

―――
バルガ

 魔人族の先代族長。かつてワタル始めとする最初の異世界召喚組に討たれてこの世を去った。が、霊体としてこの世の闇の底でとどまっていた。
 バルガがこの世に存在し始めたのは遥か昔......最初の異世界召喚された日から約五千年前。戦いに飢えていて常に闘争を求めて他種族に戦争を仕掛けていた。ある時、本格的に世界を魔人族の支配下におこうと考え大規模な戦争を勃発し始めた。
 対する他の種族は同盟を結んでこれらを打ち破り、バルガを死に追いやった。
 だが同時にバルガは己を霊体化させて存在の消滅から免れて、深い闇の底へ沈んでいった。その数年後、偶然やって来た同胞の身体に霊体を乗り移らせて魔神として再び甦る。以降己が死ぬ度に肉体を乗り移っては“魔神バルガ”を継承させて存続していた。
 性格は残忍で好戦的。同胞らには大して情が無く、戦場では平気で捨て石にしたことも。優秀な戦士が生まれても、その好戦的衝動で自分と戦わせてうっかり殺すこともあった。
 バルガの単純な戦力としての全盛期は、魔人族ヴェルドに憑依した時代だったとか。




*次回 終章