「あんた...自分が何を言ってるのか分かってんのか...!?」
 「甲斐田君?美羽、先生...?」

 俺の冷静を欠いた様子を見た高園が、俺と藤原を交互に見やる。それに応えてやる余裕は、今の俺にはなかった。さらには藤原が何故、俺の捕食スキルを知ってるのかを聞く余裕もなかった。


 「......私には、もう魔力が無い。魔力を回復しようにも、その間に私は死んでしまう...。魔人族が今、攻めてきたら......誰もどうすることも...できない。
 もう、君にしかこの絶望的状況を打破できない。そう、思うの...」
 「今の俺に何が出来るっていうんだよ?あんたの回帰能力で今の俺は...最初の頃と変わらない、ただの雑魚だ。もういなくなった元クラスメイトどもが蔑んで読んでいた通りの、 “ハズレ者”の甲斐田皇雅だぞ?
 あんたを捕食したところで魔人族どもに到底敵うとは思えない。こんな俺が、今の状況をなんとかできるだと?何言ってんだよ...」

 渋面顔で自嘲気味にそう吐き捨てる俺の手を、藤原が弱い力で握ってきた。その手は温かくて、優しさが感じられた。俺が今吐いた言葉を否定するようにきゅっと握りながら、彼女は言葉を紡ぐ。

 「私の、回帰能力...それを君が自身に使って、君が今の君になる前......私と縁佳ちゃんによって巻き戻しされる直前の君に再生させれば......私たちと戦う前のあの、凄く強かった甲斐田君に戻れるはず...。
 賢い君なら、気付いてるよね?私を殺してこの特殊技能を奪うことで、あの魔人族たちを討伐できるって。その力が戻ってくるなら、私は喜んで君に全てを託すわ...」

 俺の顔を今にも閉じそうで虚ろになった目でしっかり見つめて、優しい笑みを浮かべてそう言う。そんな彼女を見て、俺は自由になってる方の手で頭を掻きむしる。何なんだよ...こんなになってまだそんな優しい顔ができるのかよあんたは...!?

 「確かに、あんたの切り札を使えば、俺は元のチート無双ゾンビに戻れるだろうな。けど......あんたは、何でまだ俺を見限らないでいられるんだ?」
 「......」
 「俺は先の戦争でたくさん人を殺した。あんたの生徒たちを、あんたが特に守りたいと思っていた奴らを俺はたくさん殺した。あんたが託そうとしてる目の前の男は、そんな奴なんだぞ?」
 「......」
 「何で...何で、そうやって俺の手を握っていられるんだ!?何で...そんな優しい笑顔を俺に向けられるんだ!?
 何で!あの時殺しても死なないゾンビの俺を!あんたが庇ったりなんかしたんだ!?連合国軍のコイツらを皆殺そうとした俺なんかを!!」

 とうとう大声出してそんなことを訊いてしまっていた。高園も米田も、クィンもミーシャも全員黙って俺たちの様子を見ている。

 「甲斐田君は、根は完全に悪い人じゃないって分かってるから...。本当に悪に染まってる人に、君を、あんなに慕ってくれる人たちは...いないはずよ。
 そこにいる鬼の女の子や、カミラさんが良い例よ。甲斐田君は、自分の敵にしか残酷にならない、身近な親しい人、味方たちには優しい男の子だって、分かってるから...」

 俺のことを好きになってくれたアレン、戦争に敗けたのは私のせいだと言ってそれは違うとフォローしたら泣いてくれたカミラ。彼女二人は俺のことを本当に慕ってくれた。心から仲間と思える二人だ。
 だがそれだけで俺を完全な悪人じゃないって言い切れるのか?俺を害さない奴らには確かにこっちから危害を加えたりはしないけど、裏を返せば少しでも俺の不快感を買った奴らは容赦無しに殺していく、そんな奴なんだぞ?分かって言ってるのか?

 「二人だけじゃない...。クィンも、ミーシャ様も...心の底では、まだ甲斐田君のことを慕っているわ。過去にモンストールや魔人族から救ってあげて、先の戦争中では魔人族の以前のトップを討伐してくれたお陰で、あの時窮地に陥っていたみんなを救ってくれた...。縁佳ちゃんたちも、あの時とても大変だったんだよ?君は知らないだけで...いっぱい助けていたんだよ......私たちを」
 「っ!......」
 「ミワ、それは...!」


 ミーシャとクィンが涙を流しながら頬を赤くさせている様を横目で見ながら、久々にあの道具... “真実の口”を使ってみた。こんな危篤状態で嘘を吐く人間などいないと思うが、疑り深い性格の俺はこれを使わずにはいられなかった。
 
 しかし...ボタンを押しても無音のまま。今の言葉が本当だと分かった瞬間だった。
 仲間の兵士たちを殺したことで俺を恨み侮蔑したクィン。だが彼女はまだ俺を完全に見限っていないらしい。
 ミーシャも、半年前に言った“憧れ”“気になる”“特別に想っている”とか何とか。なんて言ってたのか忘れてしまったが、そういうことを言ってたと思う。あれも、本当だったのか...。今も、変わらずにそう思っているらしい。

 そうしているうちに、藤原の手を握る力が弱くなっていくのを感じる。目も今にも閉じそうだ。再びクィンや高園が名前を呼ぶが反応が鈍い。
 もう彼女は終わる...。このまま死なせれば、彼女の力は無に帰してしまい、俺たちは魔人族に完全に敗れる。世界が滅ぼされる...。

 俺があいつらと戦う理由はあるか?アレンのネルギガルドに対する復讐...。そうだ、彼女には殺したい奴がいる。今のアレンでは絶対にその目的は達成できない。殺されるだけだ。俺が回復能力を使って治してやれば、彼女に復讐のチャンスが回ってくる。
 では...俺はどうだ?アレンの為以外でヴェルドたちと戦う理由はあるか?

 ――“戦う”...?違うな。 “殺したい”かどうかだ。戦うことは最終的には殺すことだ。だから殺す前提で動かなければならない。
 俺はあいつらを“殺したい”か――?


 (.....................殺したい)


 ものすごく殺したいと思ってる...!俺を殺しにきて、アレンに深手を負わせ、そして......藤原美羽を、こんな目に......!!

 赦さない。赦してはいけない。あいつらは俺を害した。殺意を抱かせた。復讐心を、生み出させた...!!
 絶対に赦さない、殺してやる!!!


 「コウガさん!......お願いです。ミワさんのお願いを受けて下さい!貴方の力が必要です。ミワさんの命を懸けたその想いを...貴方に託そうとしている全てを、受け取ってあげて下さい!!」
 
 ミーシャが涙を流しながら頭を下げて嘆願して。


 「私からもお願いします!私の親しい友の...最期のお願いを叶えてあげて下さい!あなたは...非道な人ですが、それでもあなたのことを慕っているこの気持ちに嘘はありません。あなたならミワの力を託しても良いと...いえ、あなたしかいないと、そう思います!!」

 クィンも俺を真っすぐ見つめて、友の願いを託そうとしてきて。


 「甲斐田君、美羽先生は甲斐田君のことずっと心配していた。毎日鍛錬に励み、地下深くに行けるようになってからはずっと甲斐田君のこと捜しに行ってた。それだけ甲斐田君のことを大切に想っていた。だから、美羽先生のこと......信じて!!」

 高園がこれまでの藤原のことを教えてくれて。
 
 ......ったく、分かってるよ。俺も今決心したところだ。もう大丈夫、やることは決まった。もう片方の手を藤原の握っている手に乗せる。少し滲む目をパチパチさせて、彼女の顔をしっかり見てこう言った。



 「あんたの力と想い...全て受け継がせてもらう。俺は魔人族どもと戦う...!!」



 この言葉はちゃんと聞こえたらしく、藤原はにこりと微笑んでくれた。

 「もう一つ最後にお願いして良いかな...?この戦争が終わったら、縁佳ちゃんたちと和解すること。君ならきっとできる。お願いね...」
 「...難しいなぁそのお願い。魔人族どもを討伐するよりも難しい。まぁ、前向きに検討するよ」
 「...ふふっ」
 
 今度は可愛らしく笑って、そして最後の力を振り絞るように手をキュッと掴んで、最期になるだろう言葉を紡いだ―


 「ありがとう。やっぱり君は、優しい男の子だよ...。―――――」

 「っ...!!今までごめんなさい...そしてありがとう、ございました............《《藤原先生》》...!!
 ―――――」


 そして、俺は......

 彼女の想いと固有技能を 捕食した(受け継いだ)――!








 ――君は優しい人、本当にそう思える。だって君は、そんな顔ができる人なのだから...。


  最期の力を振り絞って伝えたいこと全てを言えた...。そして私の言葉を聞いた彼は......

 悲し気に涙を流していて...けれど強い意志を宿した目をしていた...。

 最期まで私の手を握っててくれてありがとう。私のお願い聞いてくれてありがとう。
 最後に、私のこと、先生って言ってくれてありがとう。
 私も...最初で最後の生徒が君達で、本当に良かった...。




 じゃあ......後は、お願い ね――――

 





 
 彼女の首から顔を離して、完全に生命の活動が止まったことを確認してから、その端正で安心したように微笑んでいる彼女の顔に、白い布を被せる。悲しみの涙を流して膝を着いてる彼女たちとアレンに向けて、こう唱える。


 「 “回復《ヒール》” 」


 瞬時にして、ここにいる全員の体力・魔力を全快させる。アレンの傷も完全に塞がっている。続いて......自身にも魔法をかける。


 “回帰《ヒール》”


 直後、自分の体が淡い光に包まれる。さらに体の奥底からもの凄い力が溢れて...いや、戻ってくるのを感じる。プレートを取り出すと、やっぱり全て戻っていた。むしろさらにパワーアップしていた。
 彼女の...先生の固有技能を受け継いで且つ元のチートステータスに回帰するという、都合の良い強化に成功した...!


カイダコウガ 17才 屍族 レベル750
職業 片手剣士
体力 1/1500000
攻撃 139000(30276470)
防御 101700(12225000)
魔力 116000(13303500)
魔防 112600(13213000)
速さ 260300(50027000)
固有技能 全言語翻訳可能 逆境超強化 五感遮断 自動高速再生 過剰略奪 制限完全解除 瞬神速 身体武装硬化 魔力防障壁 迷彩(+認識阻害、擬態) 複眼 夜目 危機感知 気配感知(+索敵、追跡) 早食い 鑑定 見切り 怪力 魔法全属性レベルⅩ 聖魔法レベルⅩ 魔力光線全属性使用可 武芸百般 技能具現化 王毒 毒耐性 超生命体力 瘴気耐性 分裂 回復(回帰 状態異常完治 回復付帯付与)


 能力値が約1.5倍増加していてさらに藤原先生の固有技能が追加。
 なお... “聖魔法”とは、光魔法の上位互換属性で、ごく稀にしか発現しないものらしい。これは...魔人族どもにかなり有効かもしれない。


 「コウガ、行くんだよね?」
 「ああ。新しい復讐相手が見つかった。そいつは絶対に赦しちゃいけねー。なぜなら...」

 アレンたち全員の視線を感じながらも、俺は力強く言い放った。


 「俺の大切な仲間であり、尊敬すべき先生を死の淵に追いやった野郎だからだ!!仇は取る。先生の遺志は必ず継ぐ!アレン、力を貸してくれ!」

 「うん!私はコウガについていくよ!!」


 アレンは快く承諾して俺の手を強く握ってくれた。何だか、こう握ってくれると心強いっていうか安心する。俺は独りじゃないって思える。良いもんだな、こんなにも信頼できる人がいるってのは。

 「甲斐田君...」

 名前を呼ばれて振り返ると高園が目の前に。ミーシャとクィンも俺をジッと見つめている。米田はまだ俺から距離をとっているが。


 「俺たちは、これから戦場にもう一度行く。今も俺たちの為に魔人族どもを足止めしてくれている戦士たちがいる。あいつらの為に、さっさと行かせてもらう」

 今なら感知できる。八俣とカブリアス。それにもう一人...こいつは特にヤバいな、死にかけている。早く行かねーと。

 「待って!私も戦うわ!かい......皇雅君たちと一緒に戦わせて!!」
 「私も!非力ですが、魔人族から世界を守る為に、ミワの為に!共に戦わせて下さい!!」
 「私は戦場で戦える力はありませんが、軍略を以て皆さんと戦いたいです!今度は、あなたの軍略家としてともに戦わせて下さいコウガさん!!」

 高園・クィン・ミーシャが、俺と共に戦うことを決意し、同行を求めてきた。チラと見れば米田も行儀良く頭を下げていた。彼女も決心がついてるようだ。


 「俺にこんなこと言う資格ねーかもだが、それでも敢えて言う。お前らの力も貸してほしい。頼む」

 「「「「はい!!」」」」


 返ってきたのは力強い肯定だった。その様子に俺は思わず微笑んでしまう。ついさっきまで殺し合っていた仲だってのに、まさか手を組むことになるとは。


 「あなたの軍略家とは聞き捨てなりませんね。コウガの軍略家は私です!」


 声がした方に顔を向けると、扉にカミラが立っていた。隣にはガビル国王もいた。気になってはいたが、どうやらカミラはガビルたちによって保護されていたようだ。無事でいる様子に安堵してから、よしと一声出して続きを述べる。


 「たった今から俺たちも連合国軍に加わらせてもらう!俺たちの目的はただ一つ、魔人族どもの完全殲滅だ!!」


 俺は味方をさらに増やして、いざ最後の復讐へ...。こうして立ち直れたのは全部あなたのお陰だ...。




――――――――

(ありがとう。やっぱり君は、優しい男の子だよ...。
 君なら、大切なもの全て救える。あとはお願いね、皇雅君......)

(っ!!今までごめんなさい...そしてありがとう、ございました............藤原先生...!!
 あなたが俺の先生で本当に良かった...!!)

―――――――――


 あなたの想い...確かに受け取った、託された!
 後は任せてくれ 藤原先生――!