~回想~
(カイダコウガを殺しに行く。父上を殺した奴を殺さなければならない。全員で奴を殺すぞ...復讐だ)
ネルギガルドの呼びかけに応じたベロニカとジース、そして僅かな数の屍族たちを待っていたのは、魔剣を手にしているヴェルドだった。
まるで別人かのような彼の変わり様に、二人は困惑していた。それも当然、今の発言をしたヴェルドは、父のザイートの死によって心あらずの様子で戦意を完全に喪失していたはずだ。誰が見ても終わりに見えた様子だったのだが、魔人族らの前に立っている今の彼は...そんな要素が微塵も感じられない。
見たこともない邪悪なオーラを放ち、自信を漲らせているその姿は、歴戦の覇者...かつての魔神を思わせるくらいに変貌していた。
(ヴェルド...様?本当にあなたなの?)
(......この魔力に戦気。格段に上がっているけれど間違いなくヴェルド様よ。それにしても凄い上昇よ。あの“成体”されたザイート様と同等、もしくはそれ以上にまで...!?この短い時間で何が...)
ネルギガルドが戸惑いながら問いかけるのに対し、ベロニカがヴェルドの戦気を確認してから答える。3人の魔人が何よりも目を向けたのは、ヴェルドから出ている禍々しいあの邪悪なオーラだ。同胞の彼らさえ畏怖するオーラだが、何故か惹かれもする。
(これは、あのザイートちゃんと同じオーラ、強い悪のカリスマ性...!!)
ネルギガルドが心中で死んだザイートのことを思い出して戦慄した。そう同じなのだ。あの時突然人が変わったザイートが放っていた邪悪で強いカリスマ性に満ちたオーラ。今のヴェルドもそれと同じものが出ていた。
(今を以て魔人族の新しい長は、この俺ヴェルドとなる。この4人の魔人と残りの屍族たちで、我が父ザイートの仇であるカイダコウガを討ち滅ぼす!
そして今度こそ完全に世界を滅ぼして支配する!全員俺に従え!!)
(((......!!)))
ヴェルドの言葉には、逆らうことを許さないような強い力が感じられた。思わずその場でここにいる全ての同胞が瞬時にかしずく程の圧が、彼にはあった。
この時を以て、魔人族の新たなる族長が完全に君臨して、魔人族軍が再結成された。
(ヴェルド様にいったい何が...)
ネルギガルドだけは心中、ヴェルドの急変化に疑問を抱いていた...。
*
「魔人族の生き残りか...。だがなんだこの強い殺気と禍々しいオーラは...?こんな奴がまだいたとはな」
いち早く臨戦態勢に入った八俣が冷や汗を垂らしながら1人ごちる。やや遅れて高園と米田も武器を構えて警戒する。
「あなたは、ここに来た魔人族...!」
「また会ったわね。だいぶ消耗しているようね、これならサクッと殺せそうだわ」
「...!縁佳、ちゃん...」
高園がスリム体型の女魔人族を見て敵意を向ける。対する女魔人は嗜虐的に笑って睨み返す。どうやら先日の戦争で面識があったみたいだな。
「あらぁ?そこで縛られているのが、あのカイダコウガって子?何だか妙な状況ね?あ、あたしはネルギガルドよー!よろしくねっ」
俺を見て自己紹介してきた巨漢のオカマ野郎は...ネルギガルド?そうか、こいつがアレンの家族と里を滅ぼした魔人族。こんなオカマ野郎に、アレンの両親が殺されたってのか...。
「父上を殺した男、相手に不足は無い男だと確信して、準備もして集団で来てみれば、なんだその様は?こんな雑魚どもに、まさか敗けたとでも?
まぁいい、そういえば紹介がまだだったな。俺は序列元2位のヴェルド。貴様が殺した父ザイートの息子にして、現魔人族の長だ」
「テメーが...。俺は...見ての通りこいつらに敗けた。特殊な回復魔法でステータスが大幅に弱体化されて身動きとれない様だ。ゾンビ性質はそのままだから殺しても死なないけどな」
黒髪の男魔人...ヴェルドの問いに答えてやったが、内心かなり焦っている。さっきからこの魔人は俺のことばかり睨みつけてもの凄い殺気を浴びせてくる。おそらく父の敵討ちってところだろう。
しかも...さっきから目に見えるレベルのあの邪悪なオーラは何だ...!?何だアレは?正直ヤバい。
目の目にいるヴェルドって奴は、ザイート級にヤバい奴だ...!
「本当に弱体化されているようですね。どういう魔法でああなったのか不明ですが...いずれにしろ彼を確実に消せるチャンスです。これでヴェルド様の復讐はすんなり達成できますね......少々あっけないですが」
褐色肌の女魔人族...ベロニカがヴェルドにそう伝えて、俺に嗜虐心込めた視線を向けてくる。あの女には地底で散々追い詰めたからなぁ......あの時の恨みを晴らしに来たんだろうなぁコイツも。うわぁ、あの女こっちを見て笑ってやがる...。絶対何かしてくるわー。
「要は、テメーら...特にヴェルド。ザイートを殺した俺を殺しに来たってところか...。良いのか?この連合国軍に無力化されて雑魚となった俺なんかを消したところで、テメーらの復讐心は満たされるのかよ?」
一か八か、ヴェルドに話を振ってみた。もの凄く弱くなってしまった復讐対象を潰しても、果たして満足するのか...と。奴らが戦闘民族の精神を持ってくれているなら案外見逃してくれて......
「貴様の容態などどうでもいい。俺はただ、貴様の存在が赦せない。貴様を完全に消さなければ俺の溜飲が下がることはない。魔人族の野望である、この世界を俺たちのものにする。
まずは父ザイートの仇である貴様からだ、カイダコウガ...!」
「ぐっ...!」
交渉失敗。ヴェルドの剣で突き刺してくるような殺気を浴びせられ怯まされる。参ったなぁ...頭だったザイートを潰したことで残党が戦意喪失して、あとはこいつらが再び穴倉生活に戻るか、人族たちに後始末で消されるかって思ってたのに。おそらくこのヴェルドが、魔人族たちを再起させたのだろう。
つーか本当に何なんだこの男は?初めて会う男だが、以前はこういう性格じゃなかっただろう、って何故か思わされる...。
「さて...では貴様を完全に排除する...!」
......って、考え事している場合じゃない。いよいよ魔人族どもが俺の首をとりに来る...!
「っ!ヴェルド様、強力な戦気を放つ何者かがこちらに――!?」
「 “雷槍”!!」
ベロニカの警告と突然の乱入攻撃が入ったのはほぼ同時だった。だがその奇襲も失敗に終わる。ベロニカと同じタイミングで察したオカマ野郎によって防がれた。
「アレンっ!」
奇襲してきた人物...アレンは拳に雷の鎧を纏わせたまますぐに魔人たちから距離をとって俺のところまで退がる(高園たちがアレンに警戒するがそれどころじゃない)。
「遅くなってゴメン。まさかコウガが敗けるなんて...!」
「ああ...ゴメンな、ドジっちまった。それよりも魔人族の残党なんだが......アレン?」
「......あいつは!!」
俺を助けに現れたアレンだが、魔人族の...さっき攻撃を防いだオカマ魔人を見て態度を一変させた。そうだ...あいつはアレンの仇、いちばん復讐したいと思い続けてきた相手がいる。無理もない、か。
「お前...ついに見つけた!!お前が、私の家族と里を...お前が、お前があああああああ!!」
「あら...?金角鬼の娘?こんなところで会うなんて偶然ね~!生き残りがいるって聞いてたけど、そっちから来てくれるなんてね~生き残りがいる以上、殺さなければね~」
今度はアレンが強い殺気を放つが、オカマ魔人は大して動じていない。言動はアレだが、実力はかなりあるようだ。
「アレン。今からあのオカマ...ネルギガルドとかいう魔人とガチで戦えるか?」
「......悔しいけど全力は厳しい。クィンとの戦いで体力まあまあ消耗したから。あ、クィンは殺してないよ?たぶんここに来ると思う」
「そうか...なぁアレン、不本意かもしれないが...」
「うん。今はコウガを守るのが優先。逃げよう」
ネルギガルドに激情を向けたのはほんの数秒で、すぐに冷静になってくれたアレンが俺を連れて撤退しようとする。が、それを許す奴らじゃない。
「カイダコウガちゃんは消えてもらうわ!もちろん鬼のあなたもね!!」
「ここまで来て逃がすわけがないだろう!死ねぇ!!」
ネルギガルドとスリム女魔人が拳と剣を向けて突進してきた!女の剣をアレンが防いだが、オカマの攻撃がこっちにくる――!
ギンッ!
「あらぁ...?」
「俺を無視しないでくれるか、魔人族ども...!」
...と思ったら、奴の拳は八俣の刀に防がれた。俺を...守った?こいつが?
「はああっ!!」
直後、裂帛の声とともにネルギガルドに剣を振り下ろす戦士が現れた...クィンか!
「コウガっ!!」
スリム女を蹴りで吹き飛ばした隙にアレンが再度俺を抱えて撤退しようとする(高園が援護狙撃してスリム女をさらに足止めした。こいつも何故か助太刀してくれた)。
「神速」で一気にトップスピードに入り駆けていく。果たしてうまく逃げきれるか―
「ここで消すと言ったはずだ」
(ザシュ!)「が...あぐっ!」
一瞬でアレンに追いついたヴェルドの攻撃に、アレンが血を吐いて倒れる。次いで俺も、奴の黒い稲妻をくらって体が分断された。
「くそっ!アレン...!お前だけでも逃げろ!こうなった以上俺を連れて撤退は無理だ。俺は不死だ、そう簡単に消えない。一旦態勢を整えてからあいつらに挑んで...」
「ダメ!コウガも絶対連れ帰る!!あいつからは嫌な感じがいっぱいする。多分コウガでもタダでは済まない何かマズイ力が、ある。ここで置いていったらコウガが、いなくなる、きっと...!私は絶対見捨てないよ...《《コウガと同じ異世界人たちと違って》》!!」
「―――!!」
アレンの最後の一言に俺の心は大きく揺らいだ。
“見捨てない”か...。初めて会った時、あの洞窟で話した俺の生前について。元クラスメイトどもに見捨てられて死んだ俺を想って、この女の子は俺を絶対に見捨てて逃げたりしないときた。
「ったく、お前は本当に優しくて、俺を想ってくれる女なんだな...。ありがとう。その言葉で十分救われたよ。だからこそ、俺を置いて逃げてくれ。アレンはここで死ぬべきじゃない。あのオカマ魔人に復讐するんだろ?ここであのヤバい魔人に殺されるべきじゃない...!」
「コウガ...!で、も...!!」
どうにか諭すがそれでもアレンは俺を置いていく素振りを見せない。マズイな...。このままだとアレンが殺される。俺も消されるか捕まるかの仕打ちを受けて終わる。どうすりゃいいんだ...!?
“聖なる炎”
打つ手が無くて焦りまくっていると、ヴェルドの真後ろから眩い炎が出現して、奴を焼き尽くしにきた。俺の使ってきた激しく燃え盛る炎とは違う、どこか神々しさすら感じさせる炎だ。今この戦場でここまでの魔法が使える、魔人族に攻撃する奴といったら......彼女しか...!
「甲斐田君は消させないっ!私が絶対に、守る...!!」
今にも倒れそうで、顔色は最悪で、肩を激しく上下させて荒く呼吸をしながらも、藤原美羽は、魔人族の前に立ちはだかっていた...!