故カイドウ王国では、二人の乙女による激闘が未だ続いていた。


 「まだ、粘るんだ...クィン凄く強くなってるね」
 「コウガさんと戦う為の鍛錬をしてきましたから、これくらいは、当然です!はぁはぁ...!」


 アレンはまだ余力があり、クィンは呼吸が乱れている。体力的にはアレンに分があるが、クィンが退く様子は全く見られない。気力、精神でくらいついている状態だ。
 しかしクィンがこうしてくらいついていられるのは、それだけが理由じゃない。アレンは「限定進化」を発動していないのだ。アレンは今すぐにでも皇雅のもとへ駆けつけたいと考えている。普通なら早急に進化してクィンを退けてれば良いのだが、彼女はそうはしなかった。 
 否...出来ないでいた。ここで進化すれば、今のクィンを簡単に殺してしまうと悟ったからだ。


 「...まだ魔石で強化はしないでいるの?」
 「これは全てコウガさんとの戦い用で使うと、戦う前から誓ったので。彼がここにいない以上、これ以上戦いに使うことはありません。アレンさんこそ、進化して私を倒してコウガさんのところに行かなくて良いのですか?私を殺してでも...!」
 「...!そんなこと......やっぱりできない!!コウガには覚悟したって言ったけど、今になってクィンを殺すことに抵抗が出てきた。コウガには悪いけど、本気でクィンを殺すなんて、できない...!」
 「アレンさん...」
 「だから、戦わずに退いて!! “限定進化”」
 
 そう叫んで進化して超スピードでクィンの横を駆けようとするが―

 「させません」

 クィンが一瞬で追いついて剣を振るってアレンの進行を止めた...魔石で強化された身体を駆使して。

 「......魔石は使わないって言ったじゃん?」
 「戦いには使わないっていったはずです。こうしてあなたを止める為だけに使います!」
 
 不機嫌な顔をしながらアレンが進化を解除すると同時に、クィンも魔石の強化を解いた。クィンレベルの戦士になると、魔石強化の時間を自在にコントロールできるようになっている。

 「コウガなら皆殺すよきっと。自分の復讐に妥協しない人だから」
 「絶対そうはなりません...ミワや彼の同期生たちは、強いですから」

 そう言い合って何回かぶつかり合う。しかしその勢いもだんだん落ちていってる。お互いに殺す気は無い為、最早泥試合の展開になろうとしている。
 両者再び睨み合っていると、クィンの傍で光が突如出現する。驚愕しながら剣と杖を構えて警戒するクィンだが、次の瞬間、彼女の顔は意外なものを見たというものに変わっていた。


 「おじい様...!?」
 「クィンか...ぜぇぜぇ...」
 
 その光から出てきたのは、連合国軍総大将・サント王国国王にして、クィンの実祖父であるガビルであった。かなり憔悴している彼をクィンは慌てて介抱する。それを好機と見たアレンが「限定進化」して一気に突破した。


 「あ...!?」
 「私は行くから。クィン、もうコウガの邪魔はしないでね?あなたが殺されるのは、やっぱり嫌だから」

 そう言い残してアレンはサント王国へ向かって行った。悔し気に歯噛みするクィンにガビルが謝罪した。

 「すまない、私のせいで...。あの鬼族を止めてくれていたのだろう?カイダコウガと接触させない為に」
 「いえ、気にしないで下さい。それよりもこんなに消耗して...無茶はしないでと言ったのに...!しかしどうやってここに?」
 「優秀な兵士たちの魔法で、私だけここに転送されたのだ。カイダコウガの恐ろしい魔法から逃がす為に、転移魔法でここに飛ばされたというわけだ。おそらく彼らはもうやられた。彼らのお陰で私は救われたのだ...!」
 「そんなことが...!」
 「行くのだクィン...お前もあそこへ行くべきだ。カイダコウガを――!?」

 途中でガビルが何かに驚いている。不審に思ったクィンが後ろを...否、周りを見てみると...


 「...ゾンビたちが、倒れていく...!?」

 今まで兵士たちと戦っていたゾンビたちが、糸が切れるように倒れ出し、動かなくなった。

 「まさか...術者が、カイダコウガが解除したのか?考えられることは、戦争が終わったということ。では...」

 ガビルがそう推測したのを聞いて、クィンは何故か、この戦争は自分たちの勝利だと確信していた。動ける兵士たちに頼んでガビルを運んでもらって、クィンはサント王国へ向かった。

 (コウガさん......もう終わったんです。あなたの復讐は誰も幸せになれない。私もミワたちも.........あなた自身も!!)





 米田の魔術でできた鎖に縛られて身動きできないでいる俺を、藤原と米田は黙って見降ろしている(米田は少し距離をとっている)。殺意を込める気も失せた俺は、感情の無い人形のような目をしたまま俯いている。こちらに近づく気配がして見てみると八俣が無表情で見降ろしてきた。


 「そういや聞いてなかったな?カミラの目や俺の感知、さらに俺の兵たちからどうやってくぐり抜けてここまで来た?どれだけあんたの妨害策を敷いたと思ってやがんだよ、ったく」
 
 しばらく黙っていた八俣が、やがて短く笑って質問に答えてくれた。

 「本当に厄介だったよ。斬っても死なないお前のゾンビ兵の大群にお前の軍略家の視線、そしてお前の固有技能による感知。全て掻い潜るのは本当に無理だったと思える難易度だった。
 が、相手が悪かったな。百年以上の鍛錬で、俺の「気配遮断」は存在自体をも遮断して姿を隠蔽できるまで熟練された。それを以てお前たち全員の目を誤魔化してここまでバレないように来たってだけだ。この技を“朧霞”って呼んでいる。...以上だ、俺と話すことはもうあるまい?」

 「ああそうだな、回答どうも。百年の差か...そら俺も、カミラも勝てるわけないよな...。あんたの行動を予測出来れば勝てたが、そうはさせてくれなかったか...」

 あまりにも途方ない経験の差にとほほと嘆いていると、通信からカミラの悲痛に満ちた声が入ってきた。


 『コウガ...私がいながら、あなたを敗北させてしまいました!本当に、ごめんなさい!世界トップの軍略家と言われておきながら、敵の策を読み切れず負けてしまった...。コウガに救われた恩を返すことが出来ずに、貴方をそんな目に遭わせてしまった私は、専属軍略家失格です...!!』
 「カミラ...お前のせいじゃない。俺自身どこか慢心を抱いていたせいだ。それにカミラは十分よくやってくれた。お前の情報のお陰で3人復讐出来たし、敵の包囲網も比較的楽に突破できた。カミラがいて良かったって思ってるぜ...。ごめんな、敗けちゃって」
 『コウガ、さん...!!う、うう......』

 カミラの嗚咽混じった泣き声を聞きながら、視線をさまよわせて、ソレを見つけた俺はそのまま話しかける。

 「そういうわけでテメーの軍略の勝ちだ。あのカミラを上回ったんだ、文句無しの勝利だ。テメーは俺を倒したんだ、スゲーよ......お姫さん」
 『コウガさん......もう、終わりで良いのですよね?』
 「ああ、敗けた俺には何もできない。後はテメーらの好きにすれば良い」
 『そう、ですか......』

 一方の勝者の軍略家は、安堵した様子の口調だった。まぁ殺されずに済んだのだし、安心するわな。

 「でも、こうして私たちが勝てたのは...君のお陰でもあるよね...甲斐田君?」

 ミーシャの水晶が消えたと同時に、黙っていた藤原が俺に話しかけてきた。その顔は、俺の全てを見切ったと言いたげに。

 「......何のことやら」

 目を逸らしてそう返すが、相手には通用しなかったようで、真っすぐ見つめられる。その藤原だが、かなり弱って見える。切り札魔法はかなりリスクあるものだったのか、重症患者レベルの顔色の悪さ、死にかけに近い状態だ。最初から万全じゃなかったそうだし、前の戦争でも使っていたのだろう。
 5日経っても全快しないくらいに消耗する魔法だ、不調のままでまた回帰などすればただでは済まないわな。

 「......惚けても良いけど、私は気付いてるからね?君がその気になっていたら、私は...ううん、米田さんも早い段階で殺されていた。それくらいに私たちと君との戦力差は歴然だった。

 ねぇ甲斐田君...。君は......私たちを殺す気は無かったんだよね...?」

 「.........」
 「え...?」

 黙ったままの俺に代わり、米田が驚きの声が上がった。とても意外そうでいるところ、俺が全員殺すつもりだったと思い込んでいたようだ。俺自身も......そのつもりでいるのだが......。

 「ミーシャ様の情報によれば、君は格闘戦を得意として、それが切り札だそうだね?私は魔法攻撃には強いけど、近接戦闘、特に直接物理攻撃には凄く弱い。だから殺す気でいたなら、君は早々に格闘技で私の首をとっていたはずだよ?」
 「買い被り過ぎだ。あんたがそうならないように、周りの兵士どもや高園の狙撃で対策してきただろうが。事実あんたを何度も殺そうとしたが、あいつらのせいで失敗した」
 「そうかもしれなかったけど、甲斐田君だったらできたんじゃないの?何より、甲斐田君は私と戦ってた時、魔法攻撃で戦っていたよね...?それはどうして?」
 「それは、簡単だ。周りの兵士どもが邪魔だから、あんたを攻撃するついであいつらを消していたんだよ。あんたを殺しやすくする為に...何より切り札をくらわないように」
 「そう...君がそう言うのなら、そういうことにしておくわ...(ありがとね?)」
 
 最後に小声で礼を言われて、戸惑うばかりだ。思わず舌打ちする。米田の魔術は未だ強いままだ。あいつまだ「限定強化」解いてねーし。


 「私はまだ君と話したいことあるけど、それは後にするね?後は...君と話したいと思っている子に交代するわ」

 俺の後方を見つめてそう言った美羽は、米田のところへ行った。次いで後ろからコツコツと足音がする。今まで奪った固有技能が消えたため、誰が来たのかが全く分からない。だが、状況からしてたぶんあいつだろうな...。やがて俺の顔の方へ回り込んでその正体を現しに来た。予想通りの人物だった。



 「よぉ......最後に顔合わせたのは、あの実戦訓練の時だったっけな......
 高園」
 「うん...本当に久しぶり。7か月振り、だね甲斐田君」
  
 この戦争のいちばんの功績を上げた者であり、かつて体育委員長で弓道部部長だった元クラスメイト......高園縁佳と再会した。


 ――7か月振りの、再会だ......。