人族連合国軍サイド

 サント王国の会議室に総大将と参謀を始めとする全世界の主戦力や要人が集まっていた。これまでの戦況や被害確認、戦果を全てこの場で報告をまず実施した。

 最後の報告...魔人族のトップが討伐されたという内容に全員が歓喜したが、参謀ミーシャの続く言葉に一転、沈んだ空気となった。

 「俺や...高園たちを殺しに来るだと!?あいつ、まだそのつもりで......!!」

 救世団の堂丸が、怒りと恐怖で声を震わせる。魔人族をもっとも多く討伐したと聞いて一瞬見直していたのだが、その評価はすぐに下落した。

 「私たちがそれを阻止しようとすれば、私やミワも含む全てをも殺す...そう言ってたのですか...彼は?」

 クィンが悲痛な面持ちでミーシャに問いかける。隣にいる美羽と縁佳、米田も曽根も中西も動揺している。

 「はい、画面越しですが確かにそう聞きました。そして私は、彼に堂々と、彼の復讐を阻止すると宣言しました!」
 「それって...!?」
 「宣戦布告ってことになるなぁ」

 驚愕する美羽に続いて、ラインハートが静かに言い放った。直後他の要人がざわめき出す。無理もない。相手は魔人族を圧倒した力を持つ異世界の怪物だ。
 周りがざわめく中、今まで黙っていたガビル国王が厳かな口調でミーシャに問いかける。

 「ミーシャ殿、貴方は何の為にカイダコウガの前に立ち塞がることを決意したのだ?彼を説得する為か?」
 「説得するという意図もありました...が、もう私一人では説得はほぼ不可能だと判断してます。けれど私は、私の勝手でこの世界に呼び出したミワさんたちを守る責任がある!いえ責任だけじゃない......大切な友として彼女たちを助けたい、殺されるのを阻止したい!その想いの為に彼の前で戦うことを宣言しました!」

 ミーシャの叫びにざわめきはいつの間にか消えて、誰もが彼女を注目していた。

 「ですが、これからの戦争にあなた方を強制させる気は一切ありません!コウ...カイダさんは、妨害をしない人たちは殺さないと言ってました。彼の前に立ち塞がらない限り、命が奪われることはないということです。ですから皆さんが私の勝手に従う必要は全く――」

 「そんなことを言わないで下さいミーシャ様」
 「全くです、見くびられては困ります」

 ミーシャの最後の一言を遮ったのは、美羽とクィンだった。二人とも大胆不敵に微笑んで、闘志に満ちた目を湛えて彼女を見つめる。

 「大切な生徒をこれ以上誰一人死なせない、殺させない。甲斐田君を止めるのは私の役目。こんな時に動かずして、みんなの先生なんて名乗れません!!」
 「縁佳さんたちと会ってまだ月日が浅いですが、この戦争も含めていくつもの死線をともにくぐり抜けてきた大切な仲間です!私ももう大切な人達を絶対に死なせません。たとえ敵わない相手だろうと、私も戦います...カイダコウガと!!」

 「ミワさん、クィンさん...ありがとうございます!」
 二人の啖呵にミーシャは心強く思った。誰かが一緒に付いて来てくれるのがこんなにも力になるのだと、実感していた。

 「ミーシャ殿...あなたが異世界召喚の責任を理由だけで動くことなら私は動かなかった。クィンを貴方のもとに行かせることも拒否していた。
 だが友の為!そういう訳であるなら別だ!是非私も参戦する!!」
 「おじい様...!」

 ガビルの力強い参戦宣言にクィンが嬉しそうに声を漏らしたが、内心では心配もしていた。先の戦争で魔人族と応戦した際にかなり消耗し、負傷もしていた。今は美羽に治してもらって大事には至ってないが、まだ顔色は優れない様子だ。次の戦いに参加すれば彼が無事にいる保障はない。できれば彼には戦場に赴いてほしくはないと思っている。

 「それに言ったはずだ。この連合国軍の目的は、救世団の彼らをカイダコウガから守る為でもあると。その言葉に偽りはない!たとえ魔人族より強い男だろうとも!」

 縁佳たちを見据えながらまたも力強く言い足すガビルに、縁佳は感謝せずにはいられなかった。到底敵うはずないだろう相手に命を狙われている私たちを、なお守ると宣言してくれたのだから。
 だが、守られてばかりで黙っている彼女ではなかった。

 「ガビル国王様、ミーシャさん、クィンさん、そして美羽先生。私たちの為に戦うと宣言してくれて、私はとても嬉しく思っています。けれど私もこの人族の切り札として選ばれた戦士。守られるだけじゃない、私自身も...甲斐田君と戦います!彼を...止めてみせます...!!」
 「縁佳ちゃん...良いのね?」
 「はい。覚悟は決めてます...!私のせいでもありますから、いえ私たちが彼をああいう風にしてしまったから...けじめとしても、甲斐田君と...!」

 縁佳自身もまた、皇雅と戦うことを決意した。美羽の確認にも、迷い無く答えた。

 「高園が戦うってのに俺が引っ込んでるわけにはいくかよ!俺も戦う!みんなが死なない為に、あの野郎をぶちのめす為に...というか、向こうが殺す気でいるならこっちだって...!!」

 堂丸が声を大にしてそう宣言した。彼はまだ皇雅に勝てる気でいる。実戦訓練のあの日から、変わり果て彼と一度も遭ったことはなく伝聞でしか彼の活躍を知らない堂丸には、皇雅の力をまるで分かっていないのだ。
 
 「ありがとう堂丸君、心強いよ。でも...殺しはしないでね?」

 皇雅の脅威をまだ把握しきっていないことに懸念を抱きつつも、縁佳はとりあえず礼と忠告をした。

 「(堂丸が戦う理由って大半が縁佳の為なんだよね...あいつ縁佳のこと好いてるみたいだし...)私も戦うよ。甲斐田に好き勝手させない。確かに訓練の時見捨てた私たちに非があったかもしれない。学校でのあの時のことも相まって、甲斐田の復讐心を強めてしまったのかもしれない。だからといって甲斐田のやったことは赦せない...!」

 続いて曽根も参戦発言をした。彼女にも皇雅を見捨てた責任・罪悪感がこの半年間で芽生えた。同時に彼の凶行を止めたいとも思っていた。

 「私も......守られてばかりじゃいられない。強くない私だけど皆を守るくらいはしたい。縁佳ちゃんたちは、私の魔術で守るから...!!」

 米田も意を決して宣言した。彼女も今や歴戦の戦士といっていいほどの強い目を持つようになった。ついでに中西も以下同文。
 彼らの成長に、美羽は内心感激していた。同時にそんな彼らを絶対に死なせないと決意した。

 たとえこの命に代えても...。

 「君達の覚悟、しかと受け取った!君達の力も是非借りたいと思う。ひとまずこの件については後日、連合国軍の全兵士に改めて委細全て話す。そこで彼らの参戦意志を確認する。戦力を確認次第、対カイダコウガの作戦を練る!
 
 同時に、たった今からカイダコウガを、Ⅹランクの超危険討伐対象とする!!」


 (Ⅹランク...コウガさんが、魔人族と同じ、それ以上の討伐対象に......)

 ミーシャも、美羽も、クィンも縁佳も、ガビルの決定に複雑な気持ちになる。だが彼女たちは決意した。皇雅と戦うことを。命を危険に晒してでも彼の前に立つことを決めた。もう引き返す気はない...。

 そんな彼女たちの様子を、ラインハートは静観しながら、とあることを考えていた。
 (カイダコウガ...《《甲斐田》》、《《皇雅》》、か?
 ついに、奴が来るか)

 彼が何を思って、何を企んでいるのかは、本人にしか知らない...。





 ザイートを討伐した翌日、カミラの家には俺とカミラ、そしてアレンが、丸テーブルにある文字がたくさんあるノート(カミラ著)を見ている。そこにはカミラが知り得る同盟国の有力兵士たちの詳細がまとめられていた。一人一人の職業、能力値、ステータス、戦闘スタイルなどある程度詳しく書かれていた。ただしこのデータはあくまで予測内容だ。
 ハーベスタン王国が滅んでからのカミラは、同盟国との接点がなかったため今の連合国軍の戦力は正確には把握できていない。過去のデータを基に成長度合いをシミュレートした結果を書いたに過ぎない。それでも分かりやすくまとめたこの有能さには、舌を巻いた。
 そしてラインハルツ王国のデータに目を移した時にとある兵士の名前に注目した。同時にカミラもその名を読み上げる。

 「ラインハート......ラインハルツ王国兵士団長。 “人族最強”と呼ばれているその実力は本物です。過去に単独でいくつもの災害レベルのモンストールや魔物を討伐してきています。いちばん侮れない戦士です...!」

 カミラは難しい顔をしてラインハートに関して警告した。だが俺は、《《ソイツの危険性についてはよく知っている》》...!

 「ラインハート...あーあいつね?そうか、あいつそんな名前を使ってたんだ」
 「コウガ...?知っているのですか?彼のことを」

 意外そうに聞いてきたカミラに首肯して、俺はここで衝撃の事実を明かした。




 「実は今回の戦争が起きる前に......修行中に俺は、そいつと遭ってたんだよね」







 「ラインハート殿、話があると要人たちをこうして集めたのだが、いったい何用で?」

 集められたことに理由が分からないでいる彼らに代表してガビルが質問を投げかける。救世団全員とクィン、ミーシャもラインハートに注目している。

 「今まであんたたちには黙っていた...隠していたことを、ここで明かそうと思ってな。今から明かす内容を既に知ってるのは、うちの国王さんと部下のマリスだけだ」
 「隠していたこと...?」

 クィンの問いとともにまわりも少しざわめき立つ。戦争を前に主戦力が隠していることがあるとしって騒ぐのも無理はない。ラインハートも本当はこういうことをする気はなかったのだが、そういうわけにはいかなくなったのだ。



 「まず先に黙っていたことから話す。俺は魔人族との戦争前に甲斐田皇雅と偶然遭っていた」

 その内容に全員が驚きの反応をした。中でも異世界人たちの反応は特に大きかった。

 「甲斐田君と!?」
 「戦ったのですかあいつと!?」
 「というより、甲斐田の発音が正しい...?」

 口々に問いかける彼らを静かにさせて続きを話す。

 「幸い奴とは戦闘にはならなかった。こちらから攻撃しなかったからもあるし、奴に戦意がなかったからな...少し話をしただけだ。
 ただ、奴に《《俺の正体》》を暴かれた。奴はバラさないと言ってくれたが、俺の全てを知られた以上、仮に俺が戦う場合は完全に対策を打たれてるだろう。ならばもうここで、全て明かしてあんたたちと本当の意味で連携を取ろうと思う。勝手なのは承知だが聞いてほしい。俺が隠していた真実を...」






 「ラインハートは偽名?しかも彼は、魔人族のことも知っていたのですか!?」

 ビックリ顔のカミラに苦笑しながら続きを話す。

 「ああ。本人から直接全てを話してくれたよ。100年前のこと、あいつらのこと、そして奴自身のことを。あいつはあの時代からずっと生き続けてきた超おじいちゃん戦士だったんだ。そして―」









 「俺の名前は 八俣倭《やまたわたる》。 職業は“侍”だ。
 俺はこの世界の人間じゃない――」





 「――あいつは、俺と元クラスメイトどもと同じ......日本という別の世界から来た男。
 100年前“最初の異世界召喚”された奴らの、最後の生き残りだ」