「......コウガは、今この大陸にいるの?」
「はい、少し前までは二人が移動しながら戦っていたので見失ってしまいましたが、どうにかこの地で捕捉できました!では、案内しますね?」
「うん......でも良いの?あなたにとってコウガは敵。コウガの仲間である私に、協力なんかしちゃって良いの?」
アレンが故ハーベスタン王国を出て30分経った頃、魔人族のいちばん強い戦気がする方向...海の向こうを見据えながら、どうしようかと考えていたところに、ミーシャの水晶玉と遭遇した。
皇雅の姿を見たと伝えるミーシャに、アレンは心配そうに彼の容態と居場所を聞いてきた。予想通りこの海を渡って、だいぶ進まなければいけない場所にいると知ったアレンは、渡る術がなく途方にくれていた。その間もミーシャは、水晶玉越しに二人の戦闘を見ていた。
そんな中、アレンは違和感を感じた。魔人族の戦気を感知できなくなったのだ。同時に水晶玉からミーシャの恐怖に震えるような声が聞こえた。ミーシャが言うには、魔人族が言葉に表せないくらい恐ろしく禍々しいオーラを放ち、空間が歪んで見えるくらいの存在感を放っていたとのこと。戦気が消えたから魔人族が死んだのかと思ったが違った。
何故感知できなくなったのかは分からないが、こうなってはアレンでは皇雅の居場所を知ることが出来なくなってしまった。故にこうしてミーシャの情報を頼りに、こうして同行する形になったのだった。
「私は......私個人としては、コウガさんのことを敵だとは思っていません。今この時は、理由はどうあれコウガさんはこの世界を脅かす存在と戦ってくれている。人族陣営ではどうすることもできない程の力を持つ化け物と...たった一人で戦ってくれている。そんな彼を、私は敵だなんて思ってはいません。だから、気にしないで下さい」
「そう...分かった。案内してくれて感謝してる」
アレンの短いお礼に短く返事しながらも、ミーシャは彼女に訊きたいことがいっぱいあった...主に皇雅のことで。
普段の彼はどう過ごしているのか、アレンとは仲間だけの関係なのか、半年間何を思って過ごしてきたか...など。
だが今はそれらを訊く状況ではないのでグッと堪えて戦いが終わるのを二人で待っていた。
そして、二人の死闘に決着がついて、ミーシャが場所がこの大陸だと知らせて、アレンは駆けていった...。
『......という成り行きです』
「(コク、コク)」
―と、ミーシャがこれまでの内容を説明し、アレンも同意するように頷いた。まず俺が注目したことは、この水晶玉がこうして現れていること自体だ。本人はサント王国かどこかの国にいるのだろう。そんなところからこの玉を遠隔操作しているのだ。並大抵の技術じゃない、というか魔力じゃない。
「へぇ?この半年間でこんなものを随分遠くから操られるようになったんだな?魔力をかなり上げたみたいだな?必死に、努力して修行を積んだんだな?あのステータスからよくここまでのことを可能にしたな...やるじゃん」
『...!は、はい!それはもう...!あれから私は......自分にできることを模索した結果、こうやって情報を逐一集めて多くの仲間に迅速に伝えられる能力を得ました。たとえ才能に恵まれていなくても諦めないこと。コウガさんから学んだことです。
あ、あと...褒めて下さって、ありがとうございます......』
国が滅んで家族を失い、魔人族という脅威にさらされても折れることなく、あれから日々探して、見つけて磨いて、得たということか。強いお姫さんだ。
『それはそうとコウガさん。私はこの水晶玉を通してあなたとあの時の魔人族との戦いを見させていただきました。その結末もこちらは把握してます。コウガさん、世界の脅威である魔人族の長を討伐したこの功績は、言葉では表せないくらいです。そして、コウガさんがこうして無事に存在していて、安心してます...!
本当に、ありがとうございます!!』
熱のこもったお礼を水晶越しから聞かされるが、俺はこの女がおめでたいこと思ってんなーと内心呆れていた。
「勘違いしないでよね!...とは言わないが。俺は自分の復讐の為に奴をぶっ殺しただけだ。人族の為とか一切考えていない。それに魔人族もまだ何体か残っているだろうからちっとも世界の脅威は去ってねーぞ。少なくとも俺は一人逃してしまってるし」
ベロニカとかいう女魔人だったか?幻術や召喚術を得意とする特殊戦法を扱う厄介者だ。他にも竜人族に攻めに出た奴一人と、アレンの仇である奴、だったか。少なくとも3人は残っているな。
『私たちが把握している範囲では3名魔人族が確認されていて、現在は1名残っています。今は...互角に戦っているようですが』
残り4人か。というかそんなのはどうでもいい、俺が言いたいのは...
「それにな?俺は復讐で動いてるって言ったろ?テメーらにとって脅威である魔人族はともかく、俺はテメーらの陣営にいるあいつらにも用があるんだよ。具体的には...ついさっき殺したアイツと同じ目に遭ってもらう...!」
数秒沈黙、水晶越しにお姫さんが息を呑んだ気がした。やがて俺を試すように質問した。
『救世団...コウガさんの残りの同期生の方々を、殺しに来る、と言ってるのですか?あの時言ったことを、この戦争中に決行するつもりですか?』
「愚問だなぁ、そう言ってるんだよ。戦争中だろうが関係無い...と言いたいところだが、弱ったテメーらを痛めつけて嬲って殺すだけってのは面白くない。そこでだ!今から俺が言うことを、テメーらの仲間どもに伝えてくれないか?もちろんあいつらにも」
『......お聞きします』
「今すぐは殺しには行かない。俺自身も今は万全じゃないし、あいつらもさぞボロボロだろう?だから今日は見逃してやるよ。そうだなぁ......五日だ。五日の間、傷と体力と魔力をしっかり回復しておけ。万全に回復したテメーらを、ぐちゃぐちゃに痛めつけて苦しめて死ぬまで嬲って、残酷に殺す...!ただし俺が殺す対象はあいつら5人だ。それ以外の人間にはこっちから殺すことは基本しない。
ただ、邪魔するってんなら...そいつらも容赦なくぶち殺す。兵一万人が邪魔しにくるなら一万人全員殺すし、お姫さん、テメーも立ち塞がるっていうなら...同様に殺して通るぜ?」
『コウガさん......』
お姫さんが悲痛な声を漏らすが無視。構わず言いたいことを言う。
「テメーらが俺と戦争したいっていうなら受けて立つ。その時は人族を絶滅させるまで暴れるとするよ...と、言いたいことは以上だ。ありのままをできるだけ伝えてくれな?あと、アレンを案内してくれてサンキューな」
アレンに手を置いて礼を言って締めくくった。アレンも頭を軽く下げて礼を示した。
『......承りました。では私からも良いですか?』
「うん、どうぞ」
『コウガさん、あなたには個人的に感謝しています、尊敬もしていますし...お慕いも、しています。だからあなたとは敵対したくないと考えています...が、私にとってはあの方々も大切な仲間で、尊い友人とも思っています。殺してほしくありませんし、死なせたくありません。画面越しでこんなことを言うのはあまり気乗りしませんが、この機を逃すとコレを伝えることができないかもしれないと思うので、今言います...。
あなたが好きです、コウガさん。
それではコウガさん......
戦場で、お会いしましょう』
そう言った後、目の前の水晶玉は音も無く消え去った。辺りに彼女の魔力の気配はしない、本当に消えたようだ。しばらくその場で黙って佇んでいた。その間、アレンは俺に何も話すことなくただ黙って一緒に居てくれた...。
*
「ザイート様が...敗れた?死んだ...?こんなことが、また起こるなんて...!」
ずっと傍受し続けていたザイート様の魔力・戦気、そして生命反応までもが消失して、私...ベロニカはしばらく呆然としていた。魔石によって強化された私たち魔人族。その中でも超圧倒的進化・強化を遂げたザイート様に、誰もあの方に敵うことはなかった。この世にザイート様に勝る生物など誰もいないだろうと確信し続けていた......。今日までは。
その信じていたものをあっさり壊したのが、よりにもよって異世界からきた人族の男。それも100年以上前の彼らとは比べ物にならない、ザイート様をも上回り得る異様で未知の力を以て、私たちを蹂躙して...私たちの長を、殺したのだ...。
信じたくない、受け入れたくない、認めたくない...!
だがこれは実際に起こり、現実だ。何よりそれを決定づけたのが、私自身の目だ。
召喚魔物の目を通して、カイダコウガが一瞬でザイート様を捕食したのを、確かに見てしまったのだ...。
何故あの方を喰ったのか...もしかすればあの行為で彼はあの次元の強さにたどり着いたのだろう。だとするなら、ザイート様を喰った今の彼に敵う生物など...絶対にいない。私たち残りの同胞全員がかかって行っても、瞬殺されて終わる。
この世界は、終わる...。
「――っ!とにかく、このことを、全員に報せなくては...。具体的な状況を知っているのは私だけだ」
ようやく頭が働くようになった私は、頬を張って、すぐさま同胞たちに思念をとばして伝える...。
*
「......!!まさ、か...父上、が...!?」
ヴェルドは地に伏したカブリアスの脳天に魔力光線を放とうとしたその時、ザイートの戦気が感知できなくなったことに違和感を感じて動揺した。その隙を突かれて負傷する。そしてその数分後、ベロニカから衝撃的な報告を受けて戦意を喪失した。
「?あいつ、様子が変だ。いやそれより...あのヤバい戦気が消えた?」
「数分前からそれには気付いていた。おかしいとは思っていたが...もしかしたら本当に、かもしれないぜ?」
「カイダの奴......ザイートを、破ったのか。そうか...」
欠損した右腕を押さえながら呟くエルザレスと全身斬り傷を負って出血がひどいカブリアスは、もう進化形態が解けてしまっている。二人とも瀕死状態だが、幸運にも相手に戦う意志は感じられなかった。どうやらただ事ではない何かが起こっているらしい。
戦闘どころじゃなくなったヴェルドは、生き残っている竜人たちを無視して上空へ飛んで姿を消した。
(...父上!嘘だろ!?あんたが敗れた?殺されただと?信じられるか...!)
「ザイート様が...!?戦気が感知できなくなっておかしいとは思ってたけど...まさかあの人がねぇ...!?」
同時刻、パルケ王国を滅ぼして一休みをしていたネルギガルドも、ベロニカからの急報を聞いた。亜人族の主戦力に特に苦戦することなく、一方的な殺戮を披露して、彼が侵入してから1時間程で滅んだ。ただ一人、彼に食い下がった強者がいたが、本気の彼には敵わず地に伏した。その男は、国王のディウルだ。
風前の灯火となったディウルに目を向けることなく、焦った様子で遠くを見据える。
「ちょっと休んでから、近くにある国にも行こうかと思ってたのだけど、それどころじゃないわねぇ...すぐに帰らなくちゃ!」
そう独り言を呟いたネルギガルドもまた、戦場を後にした...。
「ぐ......信じられない、な。ザイート様が...!!」
多数の人族の主戦力と相手していたジースもまた、予想していない展開に苛立ちを隠しきれずにいた。「限定進化」を解いて、相手に構わずその場を去った。
「あ!あいつ突然去りやがった。劣勢だと今更悟って逃げたのかよ!?追撃するか、高園!?」
「そうしたいけど、あの魔人族まだ余力残してるみたいだった。対するこっちはみんなかなり消耗してる。今追っても返り討ちにされる可能性が高いわ...放っておきましょう」
「だ、だよなぁ?いやー俺も実は立ってられるのもやっとなんだよ、あはは...」
堂丸の問いかけに縁佳は冷静に判断した。自分も含めて全員これ以上は厳しい状態だった。特にガビル国王の容態が深刻だ。いちばん消耗している。
兵士たちに介抱される国王と生き残ったことを喜び合う4人のクラスメイトを見つめながら、縁佳は先程偶然聞き取った魔人族のセリフを思い出す。“ザイ―ト” それは確か魔人族のトップである者の名であると聞いている。あの魔人族の焦燥からして、その人に何かがあったのだろうと予測した。
「...まさか......」
とある希望的観測を出した彼女は、小さく呟いた。
こうして魔人族全勢力が戦場から離脱・退却していった。人族陣営は多大な犠牲を払ったものの、どうにか種を滅ぼさずに済ませた。
この日魔人族にとってはまったく予測しなかった展開となり、彼らに大打撃を与える形となった。
戦争は、ひとまず終結した。
しかし、この物語はこれで終わらない......終わらせてはくれない――