「え………コウガ一人で、二つの勢力と戦うの...?」
 
 アレンは驚いた顔で俺にそう問う。どうやら彼女は俺についていくつもりだったようだ。
 カミラも同じ気持ちだったらしく、本当ですかって言いたげにしていた。他の鬼族たちも以下同文。

 「魔人族の勢力に対抗するべく、世界中の大国が連合軍を編成して団結したらしい。対する魔人族側も、世界中のモンストールどもを従えて一気に蹂躙する気でいる。人族と魔人族による全面戦争が勃発されるそうだ。
 ちなみに魔族の大国は、その戦争に関わることは無いそうだと。少なくともサラマンドラ王国は不干渉を貫くつもりらしい。人族の大国との不可侵条約で、一方が敵国に侵略されそうになっても関わらないって決めているから…だったか?」

 カミラのほうを見て確認すると、彼女はその通りと頷いてくれた。

 「亜人族のパルケ王国も、戦争には参加しないと、ディウル国王から聞いてます」

 それからカミラはさらに、魔人族軍の勢力について補足説明してくれた。モンストールはもちろん、奴らは魔物をも軍の戦力として使うとのこと。
 魔族で唯一、魔物を従わせることが出来るのが魔人族の元々の認識だったことに気付かされた。
 世界中のモンストールと魔物を従えた魔人族軍、これもまた連合国軍に引けを取らないのは予想される。

 「そんな両軍と戦うんだったら、コウガ一人じゃ厳しいんじゃない?私も一緒に戦いたい…ダメ?」

 俺の力になりたいと言ってくれたアレンに、俺は嬉しく思う。だけどその申し出はやんわりと拒むことにする。
 
 「いや、やっぱり俺一人が良い。これから起こる戦争は、人族と魔人族との争いになる。アレンたち鬼族には無関係な争いだ。
 だけど魔人族はどうやら、人族だけでなく、この世界全てを滅ぼすつもりでいるそうだ。つまりは戦争中に魔族をも滅ぼしにくるだろうな。もちろん、鬼族もな」
 
 俺の予想にカミラも同意する。アレンと鬼たちは戦慄していた。

 「あの時と同じことを、また...!」
 「けど、今のアレンたちなら、魔人族軍が攻めに来ようが多少は大丈夫だ。その為に、この俺がいる。
 俺の考えはこうだ。俺は一人で戦場へ、アレンやカミラ、鬼族全員はここに残る。
 アレンたちは、魔人族軍がここに攻めに来たら徹底抗戦するんだ。
 今度は、全員団結してあいつらを返り討ちにしてやれ。復讐、してやれ...!」
 「復讐……」
 「そして俺は俺で、遊軍として戦場を駆け回ってやる。もちろん、復讐が第一の目的として。
 まずは、いちばんの脅威になり得る魔人族軍の本拠地を潰しに行こうと思う。あいつらも戦力を各地へ分散させるだろうから、本拠地に主戦力が勢揃い…ってことにはならないはずだ。そうだようなカミラ」
 「はい、その考え方で大丈夫かと。私が魔人族のトップならきっと戦力を分散させることでしょう」

 カミラに大丈夫と許しをもらえれば、この作戦は上手くいくだろう。

 「......分かった。ここでみんなを守る。みんなで戦って、魔人族たちを討つ...殺す!だから、コウガ。無事に帰って来て...!」

 納得してくれたアレンは、最後に俺がここにまた戻ってくるよう約束を求めた。
 当然、必ず戻るとしっかり約束して、カミラに再度確認する。

 「カミラはアレンたちの頭脳となってくれ。お前の戦略・知恵があればどんな状況にも対応できる。今度は頼もし過ぎる仲間がいっぱいいるからな」
 「はい...相手がかつてのコウガと同レベルの力を持つ集団が相手では、私の能力は使えそうにないでしょうから。悔しいですがコウガを一人にするのは正しい判断だと思います」
 
 俺の指示にカミラは悔しそうにするも、反対理由が無いため頷くこと以外できない。この半年で、カミラにも新しい固有技能が発現した。

 半年前に殺した元クラスメイトの鈴木保子と同じ特殊技能「叡智の眼」。
 あのクソ女と同じ能力が使えるようになったのだ。世界トップの軍略家であるカミラにこの固有技能。どんな敵でも丸裸同然に、情報が筒抜けに流れてくるってことだ。
 そして竜人族の精鋭たちと比肩するくらいまで強くなれた鬼族たち。ここに最強の武力に最高の頭脳が揃った。災害レベルの軍勢など恐るに足らず!

 「コウガ、私とも約束してください、必ず帰って来ると!」
 「ああもちろん。アレンたちのサポート頼む」
 
 俺の手を両手で強く握ったカミラに、残ってる方の手で軽く撫でて再会を誓った。センやスーロンたちにも激励の言葉をかけて士気を高めさせた。

 こうして俺とアレンたちとは一旦分かれて、それぞれの戦いへ赴いた。


 (半年...俺にとってはあっという間の時間だった。この時を楽しみにしていたのだから長く感じるものだと思っていた。自主トレ期間に入ってからは、ほぼ休み無しで修行していたからなー)

 修行期の最初の1~2ヵ月間は、アレンやエルザレスたちにそれぞれの武術を習って技を習得することに専念した。そのお陰で俺の格闘戦スキルが爆上がりした。どんな敵だろうと熟練された技で確定急所を突いて即殺。身体のあらゆる筋肉・関節・骨、さらには細胞の一つ一つまで自意識で思いのままコントロールして操れることも可能になった。

 これで以前は6000%くらいが身体の限界だった“リミッター”も、桁1つ以上解除しても耐えられるようになれた。身体のコントロールを知る知らないでここまで進化できるとは思わなかった。こればかりは竜人族たちに感謝せざるを得ない。

 その竜人族だが、いちばん成長したのがドリュウだ。以前は全戦士の中で10番目の実力だったのが、今では3番目...エルザレスとカブリアスに次ぐ強さを持つ戦士に格上げしていたのだ。
 実は伸びしろがいちばんデカかった彼は、一族間でのエースと的存在となっていた。あの尻尾使った斬術は凄かったなー。

 と、回想に耽りながら移動していく。なるべく各地の情勢を把握できる位置――めっちゃ高い場所へ。

 この世界でいちばん高いとされている山…「王山《おうざん》」の山頂(場所はパルケ王国付近、モンストールが棲息する危険地帯)で意識を集中させる。

 まずは近くのパルケ王国...亜人族どもだ。鬼族を迫害するのを良しとせず、憎みつつも不干渉を貫いた国王ディウル。
 “排斥派”として鬼族を連れて独立国を立ち上げようとしたダンク。
 両者相容れない思想を持っていたが、その実、国の為に動いていたことは同じだった。
 特にダンクは途中で鬼族に対する態度を変えて、虐げることを止めた。俺たちにスーロンたちを引き渡した後、国の為に、残り少ない命の火を燃やしてモンストールどもと戦いに出た...。

 あれから半年経った今、あいつらが生きている可能性は皆無だろう。病で死んだか、モンストールどもと戦って散ったか、結末はどうせ死に変わりない。
 ダンクたち主戦力が欠けた今の亜人族は、鬼・竜に大きく劣っている。魔人族に攻められれば、国は滅ぶだろう。

 「! あいつらもそう考えてか、一人パルケ王国に近づいてるな...」

 パルケ王国に接近する超濃密な魔力を持つ気配を感知した。間違いなく魔人族だ。他のモンストールの気配は無いところ、単独で攻めに来たみたいだ。ま、助ける義理は無いし、放っておこう。

 次は...アルマー大陸だ。あそこには2体の魔人族が向かっているな。サラマンドラ王国と、ドラグニア王国だったところに、か。後者の国には、人族の中で圧倒的な戦力を持つ奴が二人いる。
 恐らくどちらの方も魔人族と互角に戦えそうだ。あとは...はるか遠く、海洋国のところにも1体行ってるな。あの国には一人だけ突出した力を持つ気配がする。強いな......魔人族と互角に戦えるくらいに。あいつ本当に人族の兵士か?まぁ今はいいか。

 こうして各地に向かっていく魔人どもの動きを見たのだが、これにはもちろん意味がある。奴らの行き先が分かったところで、次は奴らがどこから出発したのかを探る作業に入るとする。
 レベルが上がったことで、固有技能「追跡」が「気配感知」に新たに追加された。これにより対象の移動の軌跡をも明らかにできる。対象の生息場所が丸分かりになるということだ。
 これがあれば、魔人族どもの本拠地が分かる、というわけだ。早速発動して、全員の移動履歴を調べる。数分かかって、全員の出発地点の共通場所を明かすことに成功。

 「そうか...あいつらはそこにいるのか。《《あいつ》》も、今はいるみたいだなぁ?いいぜ、今度はこっちから出向いてやるよ...すぐになっ!!」

 目的地を明確にした俺は、高く跳びあがってこれから向かう場所の方向へ滑空していった。

 その間で、ついに人族連合国軍と魔人族軍勢との戦争が各地で勃発した―――。