人族の同盟国による連合国軍が結成されて以降、サント・イード・ラインハルツの3国間で互いの戦力や保有兵器の詳細などの情報を共有し合ってきた。
それらを基にして、どの戦場にどの兵士・戦士を配置するかの軍略、誰と誰とを汲ませるかの軍編成についても軍議に挙げられた。
軍略担当を務める主な人物は、連合国軍の総大将に任命されたガビル・ローガン。彼はサント王国の国王でもある。
そして主な軍略担当のもう一人は―――
「フミル様の強い推薦があったので、デルス大陸に滞在させる最高戦力枠の戦闘員は、ラインハートさんのみで決定。他の組み合わせについてですが、救世団の例の5名・ミワさんとクィンさんの2名とそれぞれ組ませることを考えてます」
「異論は無い。私自身も戦場へ出るが、この軍の司令塔の役目も担っている。各地へ指示をすぐにとばせる特殊道具がこの地にしか無い以上、私は自国の兵とともにここで配属ということにさせていただこう。
あなたもこの場で各地へ指示を出せるるよう、よろしく頼むぞ。ミーシャ姫」
「はい...!(私はもう王女じゃなくなったのに、まだ姫って呼ばれてるなぁ...言ってもまだ呼ばれてるし、もうそのままで良いか...)」
故ドラグニア王国の王女のミーシャ・ドラグニア。
彼女はこの半年間で軍略家としての才能が覚醒して、この連合国軍のブレーンとして活躍するようになった。その手腕は、現在行方不明とされているカミラ・グレッドに並ぶ程と評価されている。
さらに彼女はこの半年間であることを実現させることに成功したのだが、そのことを知ってるのは彼女自身にしか知られていない。
二人による最後の作戦会議が終わった後、ミーシャはサント王国内にある優待部屋を使っている美羽や縁佳たちのもとを訪れる。異世界召喚組の彼ら全員は同じ部屋にいて談笑している最中だった。
「ミーシャさん」
ミーシャに最初に気付いた縁佳が会話を
中断して声をかける。彼女たちには王女様呼びを止めさせて名前呼びを定着させている。
「陣地配置について最終確認をしてきました。ヨリカさん、ユウヤさん、ハルナさん、ミキさん、サヤさんのメンバーで組んで戦いに臨んでもらいます。ミワさんはクィンさんと一緒です。やっぱり意思疎通がしやすい者同士で組めば力を発揮しやすいだろう、とのことでこの組み合わせとなりました。これなら魔人族にも負けないだろうと見越してのことです」
「うんうん、私たちのチームワーク・コンビネーションは完璧だしね!もうどんな災害レベルの怪物が出たって、私たちがいれば怖くない、ってね!」
「そうだよね...!みんな強いし、私も、みんなの足引っ張らなくなれたし、きっと勝てる...!」
「モンストールも魔人族も、そしてあの野郎も俺の最強ガンでぶっ飛ばしてやる!誰も心配させねー!!」
中西晴美が5人の仲の良さを主張して団体戦で負ける気はないと言って。
半年間の時を経て実力と自信を大きく身につけて成長した米田小夜が、勝利を信じて。
堂丸勇也が自分がついていると自信満々にアピールする。彼の“あの野郎”という単語に縁佳とミーシャ、美羽が少し反応したが他のクラスメイトたちは気付かない。
が、縁佳の傍にいた曽根美紀はその反応に気付いて、縁佳の手を握る。
「大丈夫、私もいる!」
「......うん、ありがとう」
この時曽根は何かを根拠にしたわけも無しに、単に気休めでそう言ったに過ぎなかった。それを何となく察した縁佳も、意味の無い感謝を口に出した。
「......私とクィンはアルマー大陸の、ドラグニア駐屯地に配属でしたっけ?あそこには既に兵が整えられていると聞いてますが」
年齢が同じということもあってか、美羽とクィンはすっかり打ち解けて一緒にいる機会が増え、戦闘も息が合って組んで戦うことが多くなった。奇しくも一人の男を共通の話題となって会話が弾み、仲良くなれた、という経路だ。そこにミーシャや縁佳もよく入り、4人はかなり仲が良いと話題になっている。
美羽の確認にミーシャは肯定して、そのまま部屋でみんなとお話することにした。クラスメイトたちと色々話している中、ミーシャ・縁佳・美羽は様々な想いを抱いて心の中で呟いていた。
ミーシャ――
(この半年もの間、モンストールが各国に侵攻したという事例が激減していた。さらにはGランク以上のレベルの魔物の出現報告も全く入ってこなかった。恐らく魔人族は次の対戦に備えて力を蓄えるべく世界中のモンストールと魔物を集めていると考えられる…。彼らが動き出すならそろそろ……この数日中に…!
それに、あの人も、動くなら今かもしれない...!)
美羽――
(この半年間、私たちは地下の最深部まで潜ることができて、そこでいくつもの修羅場を超えてきた。それによって派遣され始めたあの時よりも格段に強くなれた!今ならあの子の面と向かって話し合える、止められるかもしれない...いいえ、止めてみせる!!)
縁佳――
(やっと、ここまで来れた...。災害レベル相手に臆することなく単独でも倒せるくらいのレベルにまで上って来られた...!魔人族の力は未知数だけど、一人じゃない皆がいるからきっと彼らにも負けない!だから、もの凄く強くなったと聞いてる彼とも向き合える!
あの実戦訓練で落ちてしまって以降会えなくて、生きていると知ったと同時にクラスのみんなを殺したことも知って悲しく思った。だからちゃんと向き合ってちゃんと話し合う!もう失敗はしない...!)
強く決心をした彼女たちの準備は整っている。あとはその時を待つだけであった。
同国、国王の執務室。仕事時間で二人がこうして向き合って話すのは珍しかった。
「明日にはここを発ってドラグニア駐屯地に滞在だったな。ミワ殿と一緒なら安心できる。あの回復能力には最初は度肝を抜かれたものだ」
「はい、今ではミワとは信頼し合える仲です。大切な、友です...」
「...そうか。クィンにそこまで言ってもらえる彼女なら、もう心配は不要だな、相手が未だ謎に満ちた魔人族であろうとも、だ」
ガビルと、その実孫でサント王国副兵士団長であるクィンがちょっとした団らんを築いていた。友と発言してからクィンはやや照れくさそうに俯いた。顔が少し赤くなったのを隠している。
「今のクィンとミワ殿が揃えば、どんなモンストール・魔物は勿論、魔人族一人なら確実に勝てるだろう。だが無理だと悟れば、駐屯地を捨ててでもこの地へ戻るのだぞ?死んでしまえばそこで全て終わりだ。そして、例のあの男だが...分かっていると思うがくれぐれも注意するのだぞ」
「......はい。心得ております」
やや間を空けてしまうも、クィンはその場で敬礼ポーズをとって了解の返事をした。
「国王様も戦う場合は、無茶をして倒れないで下さいね?あなたが落ちてしまえば、軍は総崩れしてしまいますから」
「ああ、私も心得ている。というより、ここは私たち二人だけだ。今だけは立場を忘れて家族として接してくれないかクィン?必ず、帰って来るのだぞ...!」
「...!!はい、必ず、おじい様!!」
ガビルにそう指摘されて、かしこまっていた態度を解き、彼と軽い抱擁を交わして再び元気のまま帰って来ると誓う。かつてのモンストールによる侵攻で実の両親を亡くしたクィンにとって、このガビルだけが最後の家族なのだ。少し涙を流しながらも再会を強く誓って、執務室を出た。美羽がいるであろう部屋に向かう途中、クィンは家族のことを考えつつも、別の人のことも考えていた。
(あなたには、もう誰にも殺させません!救世団の方たちも、ミーシャ様も...!あなたの復讐はもう終わるべきなのです。あなたを止める為には、実力を見せなければならない!次の戦いで、全て終わらせてみせる!!)
もう誰一人とも復讐の凶刃に倒れることは許さない。悲しき犠牲者を絶対に増やさせない。そういった決意をクィンはしていた...。
デルス大陸にあるラインハルツ王国。ここでは既に次の戦いへの準備ができており、いつでも出陣できる状態にある。が、それは一般の兵たちだけであって、戦闘員がピリピリしている中、 “彼”だけはいつも通りの、日常と変わらない姿勢でいた。
平常心を保って過ごすのは大切だとは言うが、この時期になって尚も戦の準備をしないでいるのは、誰が見ても大丈夫か?と問いかけずにはいられなかった。
現にフミル国王はほぼ毎日彼...ラインハートに対してあれこれ言っている。が、国王の言葉通りにすることは一度もなかった。
小心者で心配性のフミルなどお構いなしに通常運転でいるラインハートに、一人の女性が話しかける。
「兵のみんなも国王様もあなたのこと気になっているみたいよ?形だけでも良いから戦準備したらどうなの?」
「だから前にも言っただろ?コレが俺の戦に対する姿勢だって。いつ敵が襲い掛かっても良いようにしていること。何でもないようにしているが、俺は既に戦闘態勢に入っているんだぜ?これでも」
「へぇ―」
ラインハートの返答に軽く相槌した刹那、女は彼の頸動脈目がけて氷を纏った手刀を放った。
が、
「!?」
ラインハートの首に触れる直前、彼が音も無く目の前から消えた。と思ったら、うなじにチクリとした感触がして、しばらく呆然としたのち、女は降参の意を表した。目に見えない速さで、ラインハートは攻撃してきた女の背後に回り、刃物を彼女の首に当てた、という形だ。
「まぁこういうこった。いつ如何なる時でも同じようにやってのけるぜ?お前らと違ってな。
...ちったぁ勉強になったか?マリス」
「はぁ...。本当に人間離れ、いえ魔族でもあんな反応・動きが出来る戦士いなかったわ。複数人で攻めてもきっと同じ結果になったのでしょうね?流石は人族最強ってところね。勉強になったわ。もう何も言わないわ...」
マリスと呼ばれたこの女兵士、人族ではなく絶滅したと言われていた海棲族である。
国を滅ぼされて逃げた先にこの国に着き、そこでラインハートに救われて以来、彼女は兵士団長でもあるラインハートの側近に任命された。他でも無いラインハートの名指しによってだ。類稀なる戦闘能力を彼に見いだされてのことである。
その身体には、エラがあり、腹部分には鱗があって、背びれもついている。髪は青みがかった黒髪で背もラインハートと変わらない。
「というより、どうしていつもそんな姿勢でいるの?疲れない?」
武器を収めたラインハートに改めて単純な疑問をぶつけると、彼はどこか遠くを見据えながら呟くように答える。
「こういう技術を身につけていないと、いつどこでどんなタイミングかで敵に不意を突かれて命を落とす。こういう何でもない時を狙って突然刃を突き立ててくる...魔人族にはそんな攻撃手段を用いてくる奴がいるかもしれない。その対策としてこういう技を身につけた。それだけだ」
そう答えて、ラインハートは王宮へ帰りだした。それについて行きながらマリスは胸中で呟く。
(......何それ?意味が分からなすぎる。この男は時々こういうことを口に出すことあるのよね...ついていけないわ)
心中でそう毒づきながらも彼の元を離れないのは、命を救ってくれた恩があるのと、その謎のカリスマ性もある。実際この国の兵士たちは皆彼を慕っている。
「......この戦いが、俺にとって最後になるだろうなぁ」
マリスに聞こえない声量でそう呟く彼の脳裏には、とある異世界人の男が浮かんでいた。
(復讐を望んでいる屍族人間...。その男も異世界から来た人間。同じく召喚された人間たちを殺した、復讐として。理由はどうあれ、そいつは人族も魔人族も敵に回した。どう動くのか、見物だな...)
まだ見ぬ異世界人に興味を湧かしながら、彼もまた来る戦に備える。
三大勢力その1、人族連国合軍。
主戦力
異世界人(救世団):藤原美羽、高園縁佳、堂丸勇也、中西晴美、米田小夜、曽根美紀
サント王国:ガビル・ローガン(連合国軍総大将)、クィン・ローガン(副兵士団長)、コザ・イアイアン(兵士団長)
ラインハルツ王国:ラインハート(兵士団長)、マリス(副兵士団長)
連合国軍参謀:ミーシャ・ドラグニア
その他兵士総勢10万