長く嫌な夢を見ていた気分だ。今まででぶっちぎりで最悪な寝起きだ。
廃墟の崩落で瓦礫が頭にぶつかったかなんかで、今まで意識を失っていたようだ。首を巡らせ、見渡す限り目に映るのは暗闇。地面はひんやりと固いコンクリーのようだ。上を見上げても光が全く見えない。
あそこからかなり下へ落ちたみたいだが、よく転落死しなかったものだ。物理防御のお陰か。この廃墟、まだまだこんなに地下深い場所があるのか。
だが、ここはモンストールが巣食う場所。危険極まりないことに変わりない。目に映るのは果てしない闇。だが、先程と違い、何か、臭い。腐った肉の臭いがする。もしかして、これが死体の臭いなのか、そんなことを考えながら、さっきから全く動かせない両脚を引きずって、這って進む。
*
そして、今俺は、前後左右モンストールに囲まれている。血を流し過ぎて、頭が回らない。落下のダメージも合わさって、全身ズタボロで逃げるどころか立つことも困難だ。いや、仮に無傷で疲れていない状態でも、ここから逃げることなど俺のステータスでは不可能だっただろう。
「こいつら、よく見れば、一緒に落ちたあのトゲトゲの奴と同じGランクじゃねーのかよ...?」
どいつもこいつもサイズがトゲトゲのと同じくらいで、ヤバいオーラだだ洩れだ。......もう、ゲームオーバーか。元の世界では、まだ、やり残してること、山積みだというのに。陸上競技も、趣味も、たくさん、残ってるのに!!
ふと、怒りと憎しみが沸々と。それにより意識がはっきりしていく。今の俺の動力源が、こんな黒い感情だとは。諦められない。あのクズどもを、苦しめて痛めつけて絶望と恐怖でぐちゃぐちゃにしてやりたい。
目の前に俺の命を奪おうとする者がいるにもかかわらず、俺の頭の中は、復讐と殺意で埋め尽くされていた。その直後、無性に走り回りたい衝動に駆られて、下半身に力を入れると...
「―ッ!?えっ??」
動かなかった脚が突然軽くなり、気付けば、全速力でモンストールたちの股下を駆け抜けていた。突然の俺の行動にモンストールたちも反応しきれずにいる。
「血は減ってるのに、フラフラしない、アドレナリンが分泌されているから...?だとしても、こいつらが気付かないくらいのスピードが出るものか?」
不審に思った俺は、走りながら、あの落下でも傷一つついていないステータスプレートを取り出し、確認する。
カイダ コウガ 17才 人族 レベル11
職業 片手剣士
体力 5/400
攻撃 390
防御 350
魔力 160
魔防 200
速さ 400
固有技能 全言語翻訳可能 逆境強化
逆境強化?いつの間にか、固有技能が発現し、効果が分からない技能が発動しているらしい。この単語に触れると、画面が技能の解説に切り替わる。
『逆境強化』:体力が1割未満になると、体力が回復するまで全能力値が数倍上昇する。
名前通りの技能だ。現在俺の能力値は、上昇前の約10倍に跳ね上がっている。小型の奴らを倒したことでレベルアップしたことと、トゲトゲの奴の攻撃で死にかけていたお陰で、後天性の固有技能が発現したのだろう。この絶体絶命の状況で。
それにしても、体力が残り5って...マジで風前の灯火の体じゃねーか。普通なら、立つこともできないくらいの瀕死状態のはずだが、この技能によって痛覚とか、倦怠感とかが全て遮断されているかのように、体が軽い。力も溢れ返るくらいだ。まさに、火事場の馬鹿力というやつだ。
だがそれでも、今相手している敵は、そんな俺をはるかに上回るヤバさを感じられる。倒せる気がしない。しかも4体もいる。ここは戦うよりも逃げることが賢明だ。普通の思考なら、逃げることに徹する道を選んだだろう。
しかし、この時の俺は、怒りと憎しみのあまり、俺の前に立ち塞がるものは全て目障りな敵としか認識できず、戦力の差など度外視で、目の前にいるモンストールに剣を突き刺しにいく。
結果は分かり切っていた。ゴリラの何十倍も太い腕と厚い胸板をもつムキムキなモンストールにブン殴られる。剣は折れ、俺は瓦礫の山に吹き飛ばされる。全身の骨にひびが入る。折れてないだけ、頑丈になったといえる。だが、災害レベルの化け物の一撃は、10倍の能力値を持つ俺をまたも瀕死にさせる。
「あーあ。今度こそ終わりかぁ...。力もう入らない、逃げれば良かったのになぁ」
今の一撃で死ななかったのが不思議なくらいだ。けど、本能が、俺はもう死ぬ、と告げている。あと数分すれば、この小さな命の灯火も消えて無くなるだろう。
俺に止めを刺そうと、ゴリラ型モンストールが拳を振り上げ狙いを定める。
その時、ゴリラに横槍を入れるものが。
(あいつは、さっきのトゲトゲ...の)
そこには、俺と一緒に落ちてきたトゲトゲのモンストールが。よく見ると、ハリネズミに似た姿をしている。
さらに、残りのモンストールたちも俺の近くに集まり、お互い睨み合う形に。
(俺を殺すのは自分だ、とでも言いたそうだな。こっちはもう死ぬっていうのに...ふざけてやがる!)
やがて、5体もの災害レベルのモンストールがその場で争い始める。その余波で俺は瓦礫ごとまた吹き飛ばされる。そして、暗くて気付かなかったが、あいつらの中の誰かが放った光線の光で周りが明るくなったことで、ここが崖っぷちの場所で、俺は今まさに落下するところだ、しかもこの下には今までに無いくらい濃くて禍々しい瘴気が充満していて、ヤバい気しかしない。
(あれ吸ったらもう死ぬのかな...。結局、復讐できずに、元の世界に帰れずに、人生終了するのか...。)
悔しい。憎い。怖い。死にたくない。様々な感情と思いが去来する中、俺の頭の中に出てくるのは、家族や部活仲間、高園、藤原先生、そして、あいつら...。
(生まれ変われるのなら、今すぐこの世界に転生して、チート能力授かって、あいつらに復讐したい。来世があるなら、そうしたい。無理なら、悪霊にでもなって呪い殺しにいこうか。とにかく、あいつらがこの先楽しく異世界を過ごすことなど赦せるか!!!全員殺す。王子も国王も王女も大西も片上も山本も安藤も鈴木も高園も藤原も兵団も!!)
次第に意識が闇に落ちていく。もう二度と光が差さない永遠の闇へ吸い込まれていく。
(皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆殺す!殺す!!絶対殺す!!!!!)
死んでもクラスメイトと王族に復讐することを心に刻み誓いながら、闇と瘴気の中へ落ち、やがて地面に激突し、体の色んなところが砕ける音がした。
こうして、俺は、異世界の闇の底で命を落とし、18才に差し掛かる前にその生涯を終えたのだった―――