翌朝。

「行くよ」

「どこへですか?」

「冒険者ギルド、さね」

 昨日と同じように、お師匠様に連れられて冒険者ギルドへ向かう。
 昨日もそうだったんだけど、朝食は宿でパンに肉とサラダを挟んだものを買って、道中歩きながら食べる。
 そして、これもまた昨日もそうだったんだけど、お師匠様は宿で既に済ませているらしく、道中は何も食べない。
 飲み水は、各々が持った水筒に、宿の水をたっぷり注ぎ込んである。


   ■ ◆ ■ ◆


 カランカランカラン……

 ギルドホールの扉を開くと、一瞬にして集まる視線。それらは、すぐに元の場所に戻っていく。
 お師匠様と二人して、壁際の掲示板のところへ行く。
 誰からも罵倒されず、話しかけられなかった。けど、くすくす笑いは周りから聞こえる。
 あぁ……きっと、昨日の勝負の結果をエンゾあたりが吹聴したんだろう。そしてお師匠様は、無能な僕を有能扱いしたバカ、みたいなレッテルを貼られたのだろうと思う。
 お師匠様に申し訳ない……。

「ふぅむ、これなんか、丁度よさそうだねぇ」

 そんな僕の内心を知ってか知らずか、お師匠様は掲示板から一枚の依頼書を引っぺがす。

「どんなお仕事ですか?」

「ドブさらい、さね」


   ■ ◆ ■ ◆


「あの……これ、おふたりだけで受けるんですか? 普通はもっとこう、子供――Gランクの見習い冒険者――が数十人で臨時パーティーを組んで受けるものなんですけど」

 と、昨日僕らに治癒一角兎(ヒール・ホーンラビット)のツノ取り合戦を提案した受付嬢。
 お師匠様は自信満々にうなづいて、

「大丈夫さね」

「当依頼は5日後までに完了できないと違約金が発生しますよ?」

「大丈夫さ。安心おし」

「わ、分かりました……はい、受け付けました」

「それであの、スコップを2本、お借りしたいのですが――」

「要らないよ」

「へ?」

 ドブさらいの道具を借りようとする僕を、お師匠様が止める。

「だって僕、そんな道具持ってませんよ?」

「持ってるじゃないか」

「……?」

「ここに」

 と言って、僕のへその下――丹田をつんつんと()ついてくる。

「まさか――」

「【収納】するのさ」


   ■ ◆ ■ ◆


 二重の壁に守られたこの街は、8つの区画に区切られている。一重目の壁の内側を4つに区切った、

『内東地区』
『内西地区』
『内南地区』
『内北地区』

 そして、二重目の壁の内側を4つに区切った、

『外東地区』
『外西地区』
『外南地区』
『外北地区』

 内側の地区の方は、その昔の戦争で守り切った名将の名が冠せられてたりもしてたそうだけど、いまじゃ忘れ去られてしまってる。
 今回僕らが掃除する地区は、内西地区――冒険者ギルド会館の、丁度壁向こうの地区の、さらにその外側半分。
 孤児院で習ったところによると、一重目の壁は半径500メートルほどの円形で、壁の内側には数千人が住んでいるらしい。
 つまり、5日間の間に、ええと……500 × 500 × 3 = 750,000平方メートルを8で割って――まぁ、ざっくり100,000平方メートル弱の地域に張り巡らされた側溝の、ドブを集めて回らなきゃならない。

「や、やっぱりいまからでも謝ってキャンセルさせてもらった方が……」

「大丈夫さね。お前さん、【収納(アイテム)空間(・ボックス)】の容量に限界を感じたことは?」

「な、ないですけど……」

「よし。じゃあここにお立ち」

「は、はい」

 手招きされて立ったのは、表通りの脇、側溝だ。見れば、ジメジメとしたドブが溜まっていて、側面にもこびれついている。

「えぇぇ……これを【収納(アイテム)空間(・ボックス)】内に入れるんですか? 【収納(アイテム)空間(・ボックス)】が腐りそう……」

「お前さんの【収納(アイテム)空間(・ボックス)】は時間停止機能つきなんだろう?」

「そうは言いましても……」

「ほら、さっさとやる! 手をかざして遠隔【収納】だ」

「は、はい……【収納(アイテム)空間(・ボックス)】!」

 一瞬のうちに、視界に移るすべてのドブが消え去った。

「魔力はどうだい?」

「【ステータス・オープン】! ええと、きっかり10減ってます」

「あははっ、さすがは【加護(エクストラ・スキル)】! 燃費の良さが半端じゃあないね!」

「あ、あはは……」

「けど、これじゃあA評価はもらえないんじゃあないかい?」

 お師匠様が依頼書と、こびれついた汚れまでは除去しきれなかった溝を交互に見る。

「う~ん……でも、固いですし無理ですよ」

「やってみな」

「えぇぇ……」

 しゃがみ込み、こびれついた汚れに手をかざして、

「【収納(アイテム)空間(・ボックス)】」

「ほら、【収納】できたじゃあないか」

「ほ、本当だ……」

「お前さんは何かにつけて自信がなくて、自分で勝手に己の可能性を縮めているのさ。ってことで、ほれ」

 お師匠様が、道端の石ころを投げて寄こしてくる。

「こいつの、半分だけを【収納】してみな」

「え? それってつまり――」

「【収納(アイテム)空間(・ボックス)】で、こいつを真っ二つに切断するのさ」

「そ、そんなのできるわけが――」

「いいから」

「うぅ……」

 手の平に乗っている石ころに、集中する。

「んんん……っ、【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】ッ!!」

 ――――果たして。

 石の上半分が、消えた。