「……だ、大丈夫さね。第二の策がある」

 引きつり笑いのお師匠様が、両手の平をこちらに見せる。
 何とはなしに、その手に僕の両手を乗せてみる。

「うん、そのままで。右手に【魔力譲渡《マナ・トランスファー》】、左手に【吸魔(マナ・ドレイン)】」

 お師匠様が言うと同時、体内を熱い感覚――魔力が巡り始めたのが分かる。
 お師匠様の右手から、僕の左手にお師匠様の魔力が送られてきて、その魔力が丹田を通り、全身を駆け巡ってから、僕の右手からお師匠様の左手に吸い出されていく感覚。

「イメージは、血液だ。丹田は第二の心臓。心臓の脈拍とともに、全身に魔力が行き渡る(さま)を思い浮かべな」

「は、はい!」

「よし、いい子だ。じゃあ速度を上げていくよ?」

「え? ――うっぷ!?」

 いきなり、ものすごい勢いで体内を魔力が循環し始めた!
 魔力酔い、というのだろうか……頭がぼーっとなって、なのに猛烈な吐き気が襲ってくる。

「変なところに吐くんじゃないよ!? 【収納(アイテム)空間(・ボックス)】を使いな!」

「あ、あ、あ、【収納(アイテム)空間(・ボックス)】」

 言われて咄嗟(とっさ)に、目の前に亜空間への入り口を生成し、

「おぇぇえええええ……」


   ■ ◆ ■ ◆


 吐いた。吐いて吐いて吐きまくった。
 お師匠様は本当に容赦がなくて、僕が手を放そうとしてもつかんではなさず、僕の体内はまるで嵐のようにお師匠様の魔力が暴れ回り、苦痛のあまり気絶すらできず、本当にもう、胃液も出ないくらいまで吐いた。

「げほっ……げほっ……あぁぁ……【収納(アイテム)空間(・ボックス)】の中がゲロまみれに……」

「大丈夫さね。【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】がレベル2になれば、【目録】機能が解禁される」

「も、【目録】機能!?」

 聞いたことがある。(せい)級に至った【時空魔法】使いが使う【収納(アイテム)空間(・ボックス)】は、ウィンドウに【収納(アイテム)空間(・ボックス)】内の目録を一覧表示させて、好きなものを自由自在に選択し、取り出せるのだという。
 つまり、ゲロまみれになった物品を、ゲロを取り除いた状態で取り出せるってわけだ。

「でも、レベル2でですか……?」

「それは確かだよ。儂のマスターから聞いた話だから」

「あの……お師匠様のマスターってどなたなんです……?」

「んふふ……」

 お師匠様は微笑むばかりで答えてくれない。
 ……まあ、いいや。冒険者の心得その1、他人の詮索はすべからず、だ。

「すみません、忘れてください」

「ああ。じゃあ続けるよ」

「ひっ……」

 お師匠様が展開させる魔力の、そのあまりの巨大さに、思わず悲鳴を上げる。

「あはっ、今夜は……寝かさないよ?」

 かくして、地獄の門は開かれた。


   ■ ◆ ■ ◆


「えっ……えっ……ひふーっ、ひふーっ、ひふーっ」

 もはや一滴のゲロすら出ず、ノドが限界を迎えつつある僕に対して、

「うん。まぁ、初日はこんなものさね」

『初日は』とかいうものすごく不穏な単語とともに、お師匠様が終了宣言をしてくれた。

「ほら、【ステータス】を見てみな」

「う、うぅ……【ステータス・オープン】」


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【名前】 クリス
【年齢】 16歳
【職業】 冒険者
【称号】 (なし)
【契約】 魔王ルキフェル13世の従魔
     アリス・アインス・フォン・ロンダキアの弟子

【LV】 6 ←UP!!
【HP】 175/175 ←UP!!
【MP】 493/538 ←UP!!

【力】   27 ←UP!!
【魔法力】 49 ←UP!!
【体力】  30 ←UP!!
【精神力】 39 ←UP!!
【素早さ】 36 ←UP!!

加護(エクストラ・スキル)
  無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)LV1

【戦闘系スキル】
  短剣術LV1 弓術LV1 盾術LV1 体術LV1

【魔法系スキル】
  魔力感知LV1 魔力操作LV1 時空魔法LV1

【耐性系スキル】
  威圧耐性LV1 苦痛耐性LV5
  睡眠耐性LV3 空腹耐性LV5

【生活系スキル】
  ルキフェル王国語LV3 算術LV3 野外生活LV3
  料理LV3 野外料理LV3
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「……………………え?」

 眠気なんて吹き飛んだ。信じ、られない。

「あ、あぁぁ……」

 信じられない信じられない信じられない!!

「魔力――538!?」

 生まれてこの方ずっとずぅっと9だった最大MPが、数十倍に増えてる!!
 500越えと言えば――工房や商店で働く一般市民の魔力を越える量だ。つまり、生まれてこの方ずっとずぅっと落ちこぼれと言われ続けてきた僕が、一般市民を悠々に超えた魔力を持ったことになる。

 魔法の威力に関わる【魔法力】と、魔法の抵抗(レジスト)力に関わる【精神力】もがっつり上がっている。
 おまけにレベルが1つ上がって、HPその他も若干ながら上がった。

「よくがんばったさね。この調子で()()がんばれば、あっという間に魔力総量が数千くらいになるよ」

「え? ま、ま、毎日……?」

 こ、この地獄を!?

「さて、じゃあさっそく、遠距離【収納】の練習さね」

 お師匠様がベッドから降り、テーブルの上に置いてあるグラスを指し示す。

「こいつを、そこから、【収納】してみな」

「はい!」

 イメージする。
 1メートルほど離れたところにあるグラスを、僕が展開する亜空間へ【収納】するイメージを。



「――【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】ッ!!」



 ――――果たして。
 テーブルの上に置いてあったグラスは、その姿を消した。

「……あ、【収納(アイテム)空間(・ボックス)】」

 震える声で亜空間を展開しつつ中をまさぐると、いましがた【収納】したばかりのグラスが出てきた。

「お、お、お、お師匠様……」

 お師匠様がにこりと微笑む。

「おめでとうさん。これでお前さんは、【収納(アイテム)空間(・ボックス)】に関してのみ言えば、上級魔法使いだ」

「上級……お、お、落ちこぼれの、役立たずの、この僕が……ッ!!」

 冒険者になってから一年以上、無能だ愚図だと罵られ続けたこの僕が! 人々に誇れる、上級魔法使いだという。
 なんだろう、この感覚……感情は。心が震える。どうしようもなく、感情が高ぶる。
 泣いた。
 恥も外面もなく、僕は泣いて泣いて泣いて、泣きつかれて眠った。