「ブボォォォォォォオオオアアアアアアアッ!!」

 難民村に響き渡る、全身数メートルはあろうという巨大なオーク――オークジェネラルの【威圧の咆哮(オーバーロード・シャウト)】!
 僕は遠目に見ているだけなのに、心臓が鷲づかみにでもされたような恐怖に陥って、身動きも取れなくなる。

「ぉぉおおおおおおおらぁあああ!!」

 けれど、そんな【咆哮(シャウト)】なんてどこ吹く風。
 Aランク冒険者、『(ホワイト)(ファング)』フェンリス氏が大きな盾でもってジェネラルに吶喊(とっかん)し、ジェネラルが振り下ろす丸太のような棍棒を、難なく跳ねのける。
 棍棒が跳ね返り、ジェネラルがのけ反るようになって、

「――【風神(ノトス・)の刃(ブレード)】ッ!!」

 するりとジェネラルの前に飛び込んできたノティアの、風竜(ウィンドドラゴン)の首をすら切り飛ばす必殺の疾風が飛ぶ!!

 ――――果たして、オークジェネラルはその頭部を切り飛ばされ、ゆっくりと倒れた。
 生き残っていた十数体のオークが、慌てて森の方へと逃げ出す。

「ぉおおおおおッ!! さすがは『不得手知らず(オールマイティー)』だぜ!!」

「それより見たかよ、『(ホワイト)(ファング)』の鉄壁をよ!!」

 周りのB・Cランク冒険者たちが囃し立て、

「お前ら! ぼさっとしてねぇで追撃するぞぉ!!」

 フェンリス氏の号令とともに、

「「「「「おおおおおッ!!」」」」」

 逃げるオークの追撃に入る。
 難民村を見渡せば、畑は踏み荒らされ、家屋が破壊され、そこかしこに難民らしき人たちが倒れている。

「お師匠様!!」

 慌てて隣のお師匠様を見ると、

「……尊き生命の息吹とともに・光の神イリスの奇跡をここに示せ】」

 すでに詠唱に入っていた。
 ……いや、僕がおびえて何もできないでいるときからすでに、お師匠様は詠唱を開始しているようだった。
 省略詠唱や無詠唱の使い手たるお師匠様をして詠唱を必要とさせるとは――

「――【広域大治癒(エリア・エクストラ・ヒール)】ッ!!」

 まばゆい光があたり一面を包み込み、その光が、倒れている人たち――怪我人に集中していく。
 数秒ほどで光は消え、後には、怪我がすっかり治った人たちが残る。

「【赤き蛇・神の悪意サマエルが植えし葡萄の蔦・アダムの林檎――万物解析(アナライズ)】」

 お師匠様の声とともに、真っ赤な魔方陣がぱっと空を照らし、

「ふぅ……クリス、大丈夫だよ。安心おし」

 お師匠様が微笑みかけてくる。

「死者は出ていない」

「良かった――…」

 けれど、これで一件落着というわけにはいかないようだった。

「くそっ、冗談じゃない!! こんな危険なところに住めるか!!」

「そうだそうだ!! また魔物が襲い掛かってきたら――」

 オークに襲われたのだろう……衣服を血で濡らした難民の人たちが、半狂乱になってわめき散らしている。
 恐慌は瞬く間に広がっていき、怪我を負っていない人たちにまでも伝播する。

「お、お前たち!」

 村長さんが出てきた。

「町長様も見ておられるのだぞ!? もう少し落ち着いて――…」

「うるさい! こっちは死にかけたんだぞ――」

「そうだッ!! 増税か魔物かなんて、比べるべくもない――…」

「何を馬鹿な! いまさら戻ったって処刑されるだけだ! ここでやっていくしか――」

「女子供を奴隷として売り渡せば、農奴としてなら――」

 状況は、西王国に戻る派と戻らない派の対立へと加熱していく。

「ったく――【広範囲精神安定(エリア・リラクゼーション)】」

 お師匠様が、心を安定させてくれる魔法を使う。
 お師匠様の魔力が雪のようになって周囲に降り注ぎ、事実僕自身はさっきのオークジェネラルの【咆哮(シャウト)】による恐慌状態から回復できたんだけれど……難民たちの恐慌は、収まる気配を見せない。

「……ダメだ、興奮しすぎてる。よしお前さん、あいつらの『不安』を【収納】しな」

「…………え? はぁ? そんなことできるんですか!?」

「【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】の力をなめちゃぁいけない。【赤き蛇・神の悪意サマエルが植えし葡萄の蔦・アダムの林檎――万物解析(アナライズ)】! からのぉ【視覚共有(シンクロナイズド・アイ)】」

 いつものやつだ。
 目を閉じると、難民の人たちの胸や頭に何やらモヤモヤとした赤く光るものが見える。
 僕はそれに意識を集中し、

「【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】!!」





 ――ぴたり。





 と、狂騒が止んだ。

「…………あれ? 俺たち、何を――」

「怖くて怖くて、それで頭がいっぱいになって……」

 急に平静に戻って呆然とする難民たち。
 けれどお師匠様経由の視界の中では一組の夫婦だけが、なおも胸に真っ赤な不安を抱えている。

「――ど、どうかしたんですか!?」

 僕は目を開いて、その夫婦に駆け寄る――あっ、この人たち、ドナが一目惚れしたっていう女の子のご両親だ!
 あれ? そう言えば、エンゾ・ドナ・クロエをさっきから見かけない……。

「ちょ、町長様!!」

 旦那さんが僕へすがりついてくる。

「む、む、娘がっ、娘がオークにさらわれてしまって――…」