……彼らは、着の身着のままといった様相で、誰も彼もが信じられないほど痩せていた。
急ごしらえのテントの中でひしめき合っている『難民』を見て、僕は言葉を失う。
「ふえ、ふえぇ……」
ふと、赤ん坊の力のない泣き声が聞こえた。
見れば母子ともに痩せこけていて、母親は母乳を飲ませようとも、あやそうともしない……お乳も出ないほどに衰弱しているのだろうか。
「百数十人……正確には、赤子も含めて135名です」
困り果てた様子で、ミッチェンさんが言う。
「【収納空間】」
虚空から毛布を取り出し、女性の方にかける。
「これ、赤ちゃんにもどうぞ」
さらにもう1枚、毛布を渡す。
「あとは――【目録】」
机を出し、その上に水で満たしたコップ、肉と野菜たっぷりのシチューと白パンを出す。
「「「「「なっ……」」」」」
一斉に、周りの視線が食べ物に集まる。
「どうぞ、食べてください」
「い、いいのですか……?」
震える声で聴きつつも、母親の目は食べ物にくぎ付けだ。
「はい」
「あ、あぁ……ありがとうございます」
言って、シチューを赤ん坊の口に運ぼうとするので、
「ちょっ、待ってください! それはお母さんが食べてください。赤ちゃん用のミルクもすぐに用意しますので」
目に涙を浮かべながら、シチューを食べ始める母親。
それを見た周囲の人たちから、生唾を飲み込む音が聞こえてきた。
「お、俺にも分けてくれ!」
「この子たちの分もお願いします!」
周りの人たちにすがりつかれる。
僕は彼らの鬼気迫る顔に圧倒されつつも、
「わ、分かりましたから落ち着いてください! 【収納空間】!」
とりあえず、そばにテーブルを出し、その上に常備しているだけの白パン数十個とあるだけの食器を出し、テーブルの横に水で満たした樽を出す。
「とりあえず、これを。すぐに追加の食べ物を持ってきますので、ケンカはしないでくださいね!?」
途端、難民の皆さんが、目を血走らせながら白パンに殺到する。
僕はもみくちゃにされながらもその中から脱出し、
「ひぃっ、ひぃっ……み、ミッチェンさんはできるだけ多くのパンを買い集めてきてください。代金は僕が支払いますから」
「え……いいのですか?」
「急いでください。この人たちを飢えたまま放っておいたら、それこそ暴動が起きますよ。それと、猫々亭のシャーロッテに、『お乳の手配をお願い』と伝えてもらえますか?」
「乳……? あぁ、赤子用の!」
「はい」
お乳と言えば孤児院御用達。
母乳や山羊ミルクをいつでも欲しいときに欲しいだけ集められる独自ネットワークを、院長先生はいつも自慢していた。
実際、院長先生の働きのおかげで孤児院はもちろん城塞都市全体の乳幼児食事情がよいらしく、その功績が認められて院長先生は毎年相応の報奨金を得ている。
そのおかげで物心つく前に二親を失くした僕は拾われ、こうしていまも生きているというわけだ。
母乳調停官と言えば、どこに行っても恐れられていたものだ。
おかげで僕ら孤児院の子供は、お使いのときに不当な扱いを受けることもなかった。
そして、孤児院時代のシャーロッテこそが、院長先生の手となり足となり、お乳を城塞都市中から集める実行部隊の隊長だった。
『次代の母乳調停官』の名をほしいままにしていたとかいないとか。
だから、難民の赤ちゃんたちのお乳問題は、シャーロッテに任せれば大丈夫。
さて、じゃあ僕は――
「ノティア、悪いけど、西の森まで連れてってくれる?」
「何をしますの?」
「お肉の確保だよ」
■ ◆ ■ ◆
ノティアふたりで西の森の中へ【瞬間移動】。
「ノティア、一角兎の位置を探査できる?」
「いいですけれど、クリス君がそこまでする義理なんてないじゃありませんの。しかも彼らはルキフェル王国民ですらないんですのよ?」
「でもさ、僕も赤ん坊のころ、餓死寸前のところを孤児院の院長先生に拾われたらしくって、あの赤ん坊を他人事だと思えないんだよね」
「本当、お人よしですわね」
「そんな僕に付き合ってくれてるノティアもね」
「はぁ~……わたくし、自分のことをもう少しドライな人間だと思っていたのですけれど――クリス君に感化されてしまったのかも知れませんわ」
「ごめん」
「うふふ……【赤き蛇・神の悪意サマエルが植えし葡萄の蔦・アダムの林檎――万物解析】」
木々の間から、空を覆う真っ赤な魔方陣が見え、数秒して消える。
ノティアが僕のまぶたに触れて、
「【視覚共有】」
ノティアがぐるりと周囲を見る。
ノティアの視界越しに、白く輝くホーンラビットの影が見える。
僕にはその数や位置なんてまったく把握できていないけれど、これは僕の【収納空間】とノティアの【万物解析】を接続する為の手順に過ぎないので、僕自身が兎たちの正確な位置を知る必要はない。
「――【無制限収納空間】ッ!!」
丹田がきゅっと痛み、相応の魔力を消費した感覚。
「ノティア、ありがとう――【目録】」
果たして、【収納空間】の中には数百匹の兎が【収納】されていた。
急ごしらえのテントの中でひしめき合っている『難民』を見て、僕は言葉を失う。
「ふえ、ふえぇ……」
ふと、赤ん坊の力のない泣き声が聞こえた。
見れば母子ともに痩せこけていて、母親は母乳を飲ませようとも、あやそうともしない……お乳も出ないほどに衰弱しているのだろうか。
「百数十人……正確には、赤子も含めて135名です」
困り果てた様子で、ミッチェンさんが言う。
「【収納空間】」
虚空から毛布を取り出し、女性の方にかける。
「これ、赤ちゃんにもどうぞ」
さらにもう1枚、毛布を渡す。
「あとは――【目録】」
机を出し、その上に水で満たしたコップ、肉と野菜たっぷりのシチューと白パンを出す。
「「「「「なっ……」」」」」
一斉に、周りの視線が食べ物に集まる。
「どうぞ、食べてください」
「い、いいのですか……?」
震える声で聴きつつも、母親の目は食べ物にくぎ付けだ。
「はい」
「あ、あぁ……ありがとうございます」
言って、シチューを赤ん坊の口に運ぼうとするので、
「ちょっ、待ってください! それはお母さんが食べてください。赤ちゃん用のミルクもすぐに用意しますので」
目に涙を浮かべながら、シチューを食べ始める母親。
それを見た周囲の人たちから、生唾を飲み込む音が聞こえてきた。
「お、俺にも分けてくれ!」
「この子たちの分もお願いします!」
周りの人たちにすがりつかれる。
僕は彼らの鬼気迫る顔に圧倒されつつも、
「わ、分かりましたから落ち着いてください! 【収納空間】!」
とりあえず、そばにテーブルを出し、その上に常備しているだけの白パン数十個とあるだけの食器を出し、テーブルの横に水で満たした樽を出す。
「とりあえず、これを。すぐに追加の食べ物を持ってきますので、ケンカはしないでくださいね!?」
途端、難民の皆さんが、目を血走らせながら白パンに殺到する。
僕はもみくちゃにされながらもその中から脱出し、
「ひぃっ、ひぃっ……み、ミッチェンさんはできるだけ多くのパンを買い集めてきてください。代金は僕が支払いますから」
「え……いいのですか?」
「急いでください。この人たちを飢えたまま放っておいたら、それこそ暴動が起きますよ。それと、猫々亭のシャーロッテに、『お乳の手配をお願い』と伝えてもらえますか?」
「乳……? あぁ、赤子用の!」
「はい」
お乳と言えば孤児院御用達。
母乳や山羊ミルクをいつでも欲しいときに欲しいだけ集められる独自ネットワークを、院長先生はいつも自慢していた。
実際、院長先生の働きのおかげで孤児院はもちろん城塞都市全体の乳幼児食事情がよいらしく、その功績が認められて院長先生は毎年相応の報奨金を得ている。
そのおかげで物心つく前に二親を失くした僕は拾われ、こうしていまも生きているというわけだ。
母乳調停官と言えば、どこに行っても恐れられていたものだ。
おかげで僕ら孤児院の子供は、お使いのときに不当な扱いを受けることもなかった。
そして、孤児院時代のシャーロッテこそが、院長先生の手となり足となり、お乳を城塞都市中から集める実行部隊の隊長だった。
『次代の母乳調停官』の名をほしいままにしていたとかいないとか。
だから、難民の赤ちゃんたちのお乳問題は、シャーロッテに任せれば大丈夫。
さて、じゃあ僕は――
「ノティア、悪いけど、西の森まで連れてってくれる?」
「何をしますの?」
「お肉の確保だよ」
■ ◆ ■ ◆
ノティアふたりで西の森の中へ【瞬間移動】。
「ノティア、一角兎の位置を探査できる?」
「いいですけれど、クリス君がそこまでする義理なんてないじゃありませんの。しかも彼らはルキフェル王国民ですらないんですのよ?」
「でもさ、僕も赤ん坊のころ、餓死寸前のところを孤児院の院長先生に拾われたらしくって、あの赤ん坊を他人事だと思えないんだよね」
「本当、お人よしですわね」
「そんな僕に付き合ってくれてるノティアもね」
「はぁ~……わたくし、自分のことをもう少しドライな人間だと思っていたのですけれど――クリス君に感化されてしまったのかも知れませんわ」
「ごめん」
「うふふ……【赤き蛇・神の悪意サマエルが植えし葡萄の蔦・アダムの林檎――万物解析】」
木々の間から、空を覆う真っ赤な魔方陣が見え、数秒して消える。
ノティアが僕のまぶたに触れて、
「【視覚共有】」
ノティアがぐるりと周囲を見る。
ノティアの視界越しに、白く輝くホーンラビットの影が見える。
僕にはその数や位置なんてまったく把握できていないけれど、これは僕の【収納空間】とノティアの【万物解析】を接続する為の手順に過ぎないので、僕自身が兎たちの正確な位置を知る必要はない。
「――【無制限収納空間】ッ!!」
丹田がきゅっと痛み、相応の魔力を消費した感覚。
「ノティア、ありがとう――【目録】」
果たして、【収納空間】の中には数百匹の兎が【収納】されていた。