「い、いやぁああッ!!」

「おらっ、逃げんじゃねぇ! 殺されてぇか!」

 洞窟の奥から、()()()()()()幼い少女と、短剣を手にした薄汚れた男の姿。

「【風の精霊よ・美しきシルフィードよ】」

 クロエが詠唱を始め、

「――――ふッ」

 エンゾが、大きな声を上げることもなく、鋭い吐息とともに盗賊へ(シールド)突進(・バッシュ)

「【いまだけはその囁きを・鎮め給え――】」

「がっ! だ――…」

「【消音(サイレント)】ッ!!」

『誰か』と助けを呼ぼうとしたその声は、音を打ち消す魔法に覆い隠される。

「【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】ッ!!」

 僕は無我夢中で盗賊の短剣を【収納】する。
 続いてエンゾとドナが、盾を振り上げ振り下ろし、何度も何度も盗賊を叩く。盗賊が地に伏してもなお叩き、

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

「た、倒した……? オレらが、盗賊を……?」

 死んでこそいない様子だが、ぴくりとも動かなくなった盗賊を見て、エンゾとドナがつぶやく。

「やった……やったぞ! オレたちでも盗賊を倒せた! これでオレたちもCランク候補だ!!」

 歓喜するエンゾとドナの後ろで、僕は虚空から取り出した毛布を少女の方にかける。
 少女の肩がびくりと震え、それから、(オーガ)悪魔(デーモン)でも見るような目で僕を見て、その目がみるみるうちに理性を取り戻してきて、

「助けてください!!」

 少女が、僕にすがりついて来た。

「お、おと、お父さんと、お母さんがッ!!」

 僕の、僕の所為で――――ッ!!

 頭の中がぐちゃぐちゃになって、僕は洞窟の奥へ向かって走り出す。

「こら、クリス! ――この馬鹿たれ!!」

 背後で、お師匠様の毒づく声。

「【念話(テレパシー)】ッ! ――【思考加速(オーバークロック・)4倍(スクエア)】ッ!」

 急に、自分の動きが遅くなる。
 この感覚は知っている。お師匠様による、思考速度が4倍に向上する支援魔法だ。
 さんざん訓練を重ねた感覚だ。今更転んだりなんてしない。
 遠く洞窟の奥の方から、薄汚れた複数の笑い声が聞こえてくる。
 僕は洞窟の奥、声と明かりのある方へ向かい、部屋らしきところへ駆け込み、





 そして、見た。





 ひとりの女性を犯しながら、その首を絞める男と、その様子を笑って見ている男たち。
 部屋の片隅に転がる、ぴくりとも動かない――生きている男たちとは違い、身なりの良い――男性。
 行商人、死んで――――……





 僕の、所為(せい)だ……――――ッ!!





 僕が調子に乗って街道なんて敷いたから、交易所が出来上がってしまった。
 その為に、護衛をつける余裕もない人が、一攫千金を夢見てこの交易路に参加するようになった。
 そして、盗賊団の餌食になった。

 僕が余計なことをしなければ、少なくともこの一家は、こんな目に遭わずに済んだ。

 ゆっくりと流れていく時間の中で、男たちがこちらに気づいた。
 声は引き伸ばされてよく聞こえないけれど、みな一様に、糞下らない罵倒を口にしたり、武器を手に取って威嚇して見せたりしている。

 ――――――――【収納】しなきゃ、と思った。

 こんな、人を不幸にしかすることのできない汚物は、さっさと【収納】してしまわないといけない、と思った。

 僕は盗賊たちに――――……その首に意識を差し向け、





「【収納(アイテム)――…空間(・ボックス)】ッ!!」





 盗賊たちの首から先が、消滅した。
 へその下――魔力を司る丹田が、鋭い痛みを発する。
 魔力の限界を迎え、僕はその場で気絶した。