「日替わりお待ちどうさまです!
いらっしゃいませ! 1名様? 少々お待ちくださいませ――――……お相席でもよろしいですか? はい、ではこちらへ――」
今日も今日とて大繁盛だ。
席という席が埋まり、シャーロッテは嬉々として働き、僕は皿を洗い、ノティアは野菜の下準備をしている。
お師匠様はと言えば、
「儂ゃもう二度と給仕なんてしないさね!」
と言って、宿に引きこもってしまった。
尻を触られまくったのがよほど堪えたらしい。
そして、僕が顔を上げると、
「……何見てんだよ、クリス」
カウンター席についているオーギュスが睨みつけてきた。
……商人でもないのに、なんで居るんだ、オーギュス。
僕としては顔も見たくない相手だけれど、注文して食事している以上は客としてあつかわなくちゃならない。
「……別に」
僕は目を伏せて皿洗いに集中する。
■ ◆ ■ ◆
夕方になると、客足がぴたりと途絶えた。昨日と同じだ。
「これが、悩みのひとつなのですよ」
食事に来ていたミッチェンさんがため息をつく。
「悩み?」
僕はテーブルを拭きながら尋ねる。
「はい。ここには宿がないでしょう? だから自然、行商人の方々は夜になる前に城塞都市で宿を取るわけなんです」
あー、だから昨日も今日も、この時間帯になってぴたりと客足が途絶えたのか。
「もしここに宿があれば、夕方から夜までの時間も交易に使えるし交易量も増える。
この場所と森の向こう、ロンダキア側の交易所とは馬車で5、6時間ほど離れておりましてね。朝いちに向こうを出てもこちらに着くのはお昼過ぎ。そこからここで少し商売をして、夕方になったらせわしなく宿を取る。
そんな悪条件でも商売に来てくれるような腰の軽い方々がこうしていま、この場所を盛り上げて下さっているわけですが、逆に言えば彼らは、そうでもしないと生きていけない駆け出しというわけなんです」
言われてみれば、そこかしこでゴザを開いて科学王国の珍しい物品を売っている人たちは、みな一様に年若かったように思う。
「宿と厩さえ潤沢にあれば、もう少し腰の重いベテラン行商人も呼び込めるかも知れません。この場所は――道神様が敷いてくださったあの道は、無限の可能性を秘めているのです!! ――だから!!」
熱弁するミッチェンさんが、僕の両肩をつかんできた。顔が近い。
「道神様――いえ、宿神様! 宿を、大量の宿をこの場所に移築して頂けませんか!? その――【無制限収納空間】の力でもって!!」
「はぁ~!? や、宿って!?」
「ピロピロピロッ!!」
そのとき、店先で可愛らしい鳥の鳴き声が聞こえてきた。
「失礼」
ミッチェンさんが外に出る。
見れば、
「ぶ、ブルーバード!?」
真っ青な小鳥――可愛い姿をしているけれど、れっきとした魔物が、ミッチェンさんの指に止まっている。
「安心してください。商人ギルド付きの従魔です」
ミッチェンさんは、ブルーバードの足にくくりつけられている手紙を外す。
「ピロピロピロッ!!」
ブルーバードはどこかへ飛んで行ってしまう。
「よし、また1軒追加だぞ!」
ミッチェンさんは、嬉しそうにこぶしを握りしめている。
■ ◆ ■ ◆
「ほ、本当に大丈夫なんだろうな……?」
王都『アリソン』郊外、街道沿いの宿屋にて。
宿の主人が不安そうな様子で問いかけてくる。
奥さんと子供たちも同様だ。
「大丈夫ですよ」
僕は努めて笑顔で微笑む。
「ご安心頂けるように、実際にやって見せましょう――【無制限収納空間】!」
宿屋の隣、何もない場所に、急に民家が現れる。
「「「「うぁああああああッ!?」」」」
びっくり仰天する宿の主人とご家族。
「【無制限収納空間】」
今度は家を【収納】して見せる。
「「「「な、ななな……」」」」
「とまぁこんな感じで、宿をまるまる移築することができます」
「わ、分かった……お願いする!」
「はい。では――【無制限収納空間】!」
■ ◆ ■ ◆
ミッチェンさんの仕事は、それはそれは見事なものだった。
僕に移築の話を持ち掛けてきた時点ですでに、彼は十数軒もの宿屋と話をつけていた。
いずれも厩つきかつ従業員つき。
ミッチェンさんは商人ギルドの情報網を駆使して、ギルドに借金をしている宿屋の中から行商人が泊まるにふさわしい厩付きの宿屋を選りすぐり、その主人にここへの誘致の話を持ちかけたわけだ。
知らない土地、それも少なからず魔物の住む森のそばってことで難色を示した人も多かったそうなのだけれど、一家ともども首をくくるくらいなら……と、話に乗ってきたのが十数軒。
さらには、西の森の市場で商売をやりたがっている人たちの店――行商人の補給を目当てにした食料や日用品、それに、最近護衛の仕事で数を増やしつつある冒険者たちを目当てにした鍛冶屋などなど、たくさんの店や工房も移築対象としてリストアップされていた。
本当、信じられない。
僕が薪集めのために森を貫いたのが道になり、市場になり、いまや街になろうとしている。
いらっしゃいませ! 1名様? 少々お待ちくださいませ――――……お相席でもよろしいですか? はい、ではこちらへ――」
今日も今日とて大繁盛だ。
席という席が埋まり、シャーロッテは嬉々として働き、僕は皿を洗い、ノティアは野菜の下準備をしている。
お師匠様はと言えば、
「儂ゃもう二度と給仕なんてしないさね!」
と言って、宿に引きこもってしまった。
尻を触られまくったのがよほど堪えたらしい。
そして、僕が顔を上げると、
「……何見てんだよ、クリス」
カウンター席についているオーギュスが睨みつけてきた。
……商人でもないのに、なんで居るんだ、オーギュス。
僕としては顔も見たくない相手だけれど、注文して食事している以上は客としてあつかわなくちゃならない。
「……別に」
僕は目を伏せて皿洗いに集中する。
■ ◆ ■ ◆
夕方になると、客足がぴたりと途絶えた。昨日と同じだ。
「これが、悩みのひとつなのですよ」
食事に来ていたミッチェンさんがため息をつく。
「悩み?」
僕はテーブルを拭きながら尋ねる。
「はい。ここには宿がないでしょう? だから自然、行商人の方々は夜になる前に城塞都市で宿を取るわけなんです」
あー、だから昨日も今日も、この時間帯になってぴたりと客足が途絶えたのか。
「もしここに宿があれば、夕方から夜までの時間も交易に使えるし交易量も増える。
この場所と森の向こう、ロンダキア側の交易所とは馬車で5、6時間ほど離れておりましてね。朝いちに向こうを出てもこちらに着くのはお昼過ぎ。そこからここで少し商売をして、夕方になったらせわしなく宿を取る。
そんな悪条件でも商売に来てくれるような腰の軽い方々がこうしていま、この場所を盛り上げて下さっているわけですが、逆に言えば彼らは、そうでもしないと生きていけない駆け出しというわけなんです」
言われてみれば、そこかしこでゴザを開いて科学王国の珍しい物品を売っている人たちは、みな一様に年若かったように思う。
「宿と厩さえ潤沢にあれば、もう少し腰の重いベテラン行商人も呼び込めるかも知れません。この場所は――道神様が敷いてくださったあの道は、無限の可能性を秘めているのです!! ――だから!!」
熱弁するミッチェンさんが、僕の両肩をつかんできた。顔が近い。
「道神様――いえ、宿神様! 宿を、大量の宿をこの場所に移築して頂けませんか!? その――【無制限収納空間】の力でもって!!」
「はぁ~!? や、宿って!?」
「ピロピロピロッ!!」
そのとき、店先で可愛らしい鳥の鳴き声が聞こえてきた。
「失礼」
ミッチェンさんが外に出る。
見れば、
「ぶ、ブルーバード!?」
真っ青な小鳥――可愛い姿をしているけれど、れっきとした魔物が、ミッチェンさんの指に止まっている。
「安心してください。商人ギルド付きの従魔です」
ミッチェンさんは、ブルーバードの足にくくりつけられている手紙を外す。
「ピロピロピロッ!!」
ブルーバードはどこかへ飛んで行ってしまう。
「よし、また1軒追加だぞ!」
ミッチェンさんは、嬉しそうにこぶしを握りしめている。
■ ◆ ■ ◆
「ほ、本当に大丈夫なんだろうな……?」
王都『アリソン』郊外、街道沿いの宿屋にて。
宿の主人が不安そうな様子で問いかけてくる。
奥さんと子供たちも同様だ。
「大丈夫ですよ」
僕は努めて笑顔で微笑む。
「ご安心頂けるように、実際にやって見せましょう――【無制限収納空間】!」
宿屋の隣、何もない場所に、急に民家が現れる。
「「「「うぁああああああッ!?」」」」
びっくり仰天する宿の主人とご家族。
「【無制限収納空間】」
今度は家を【収納】して見せる。
「「「「な、ななな……」」」」
「とまぁこんな感じで、宿をまるまる移築することができます」
「わ、分かった……お願いする!」
「はい。では――【無制限収納空間】!」
■ ◆ ■ ◆
ミッチェンさんの仕事は、それはそれは見事なものだった。
僕に移築の話を持ち掛けてきた時点ですでに、彼は十数軒もの宿屋と話をつけていた。
いずれも厩つきかつ従業員つき。
ミッチェンさんは商人ギルドの情報網を駆使して、ギルドに借金をしている宿屋の中から行商人が泊まるにふさわしい厩付きの宿屋を選りすぐり、その主人にここへの誘致の話を持ちかけたわけだ。
知らない土地、それも少なからず魔物の住む森のそばってことで難色を示した人も多かったそうなのだけれど、一家ともども首をくくるくらいなら……と、話に乗ってきたのが十数軒。
さらには、西の森の市場で商売をやりたがっている人たちの店――行商人の補給を目当てにした食料や日用品、それに、最近護衛の仕事で数を増やしつつある冒険者たちを目当てにした鍛冶屋などなど、たくさんの店や工房も移築対象としてリストアップされていた。
本当、信じられない。
僕が薪集めのために森を貫いたのが道になり、市場になり、いまや街になろうとしている。