「――【物理防護結界(マテリアル・バリア)】ッ!!」

 (ウィンド)(ドラゴン)が、僕の頭にかぶりつく――その寸前で、目の前に白く輝く結界が生じた。
 これは――お師匠様の声だ!
 目の前では、(ウィンド)(ドラゴン)が結界に牙をはじかれ、のけ()っている。
 そして、視界の外から走り込んできたノティアが(ウィンド)(ドラゴン)の首に両手を向け、

「――【風神(ノトス・)の刃(ブレード)】ッ!!」

 ギャリギャリギャリッ!!

 ノティアの手から飛び出した風の刃が(ウィンド)(ドラゴン)の首に襲い掛かる!
 金属の軋むような音とともに、(ウィンド)(ドラゴン)の首からパッと血が噴き出す!

「クリス君を怖がらせるような悪い子には、お仕置きが必要ですわ――【風神(ノトス・)の刃(ブレード)】ッ!!」

 さらに、数倍の量の刃が一斉に切りかかり、(ウィンド)(ドラゴン)の首が千切れ飛んだ!

「【治癒(ヒール)】……ったく、だから足元を見ろと言ったさね」

 背後からお師匠様の声。
 全身の痛みが引いていく。

「大丈夫かい? 頭は打っていないさね?」

 頭を撫でさすってくるお師匠様。
 途端、体がようやく恐怖を思い出したかのように、全身が震え出した。

「ご……」

「ご?」

「ご、ご、ご、ごめ”ん”な”さ”い”ぃ”~~~~ッ!!」

「あぁもう、泣きなさんな! 大の男がみっともない!」

「あらあら、泣き虫な男はモテませんわよ? ――もっとも、私は逆に好きですけれど」

 恥も外面もなく、泣きじゃくった。


   ■ ◆ ■ ◆


 ……本当、死んだかと思った。

「アリスさん、この(ウィンド)(ドラゴン)はわたくしがもらってしまってもよろしくて?」

「構わないよ。戦果からして、十・(ゼロ)が妥当さね」

「では遠慮なく」

 (ウィンド)(ドラゴン)の首と体が、ノティアのマジックバッグに吸い込まれていく。
 小型魔導船を単騎で叩き落とし、大型魔導戦艦をすら集団で襲って墜落させるという空の覇者・(ウィンド)(ドラゴン)
 鉄製の武器ではそのウロコに傷ひとつ負わせることすらできず、大砲の直撃をも耐え得る怪物を、たったひとりで討伐して。
 そのことを誇るでもなく高揚するでもなく、淡々と取り分交渉をし、さっさと仕舞うその姿はまさに歴戦の冒険者。

 か、か、カッコいい…………。

 我知らず、じっとノティアを見つめていると、彼女がふとこちらを向いて苦笑した。

「ほら、これで涙を拭いてくださいまし」

「あっ、……ありがとう」

 差し出されたハンカチを受け取りながら、思わずまごまごする。

「あらあらあら」

 と、ノティアが朗らかに笑い、僕の頭を撫でてきて、

「ねぇ、クリス君。自分で言うのも何ですけれど……わたくし、いい女でしょう? 強くて美人で優しいだなんて、世界中探したってそうそう居ませんわよ? 結婚のこと、前向きに考えて頂ければ幸いですわ」

 ただでさえ妖艶な雰囲気を漂わせているノティアが、さらに艶めかしく微笑む。

「子供さえたくさん作ってくださったら、あとはやりたい放題! 好きなだけ贅沢させて差し上げますわ」

 ……ごくり。超絶美人のノティアと一緒になって、何不自由ない生活……いやいや待て待て、公女殿下と結婚するってことは、貴族になって色々と面倒な仕事が発生するわけで。
 この僕に、貴族の仕事なんで絶対無理だよ!?
 なんていう思考が顔に出ていたのかも知れない。ノティアが微笑んで、

「わたくしは公爵家でも末席ですから、管理すべき土地も持たない法衣貴族にでもなって、家のことは家令や執事や侍女たちに任せて、のんびりゆっくり暮せば良いですわ」

 なんとも、自堕落な男の人生の、理想像のようなことを言ってくる。
 一瞬、シャーロッテの顔が脳裏をよぎったけれど、正直めちゃくちゃグラついている。
 何よりさっきの、カッコいい姿が頭から離れない。

 シャーロットにしてもお師匠様にしてもそうなのだけれど、僕って自分が情けないって自覚がある所為(せい)か、頼もしい女性、カッコいい女性が好みなんだよね……。

「待て待て待て!」

 お師匠様が僕をノティアから引きはがす。

「お前さんが誰と結婚しようが、そりゃお前さんの勝手だが……その前に、儂の望みは果たしてもらうからね?」

「お師匠様の、望み?」

「そうさね。そのために、儂ゃお前さんを弟子にしたのだから」

 そういえば僕は未だに、お師匠様が僕を拾ってくれた理由を知らずにいる。

「……お聞きしてもいいんですか?」

「うん? あぁ、儂の望みのことかい。――()()()()()を、【収納】してもらいたいのさ」

「とあるもの? それは――…何ですか?」

「…………」

 お師匠様は微笑むばかりで、それ以上は何も言わない。
 また、これだ。
 まぁ、お師匠様が話したがらない以上、詮索はすまい。
 言ってもらえるときになれば、きっと言ってもらえることだろう。

「とは言え、いまのお前さんじゃあまだまだ無理そうだねぇ。竜の首くらい、さくっと【収納】してもらわないと! こりゃ、夜の『魔力養殖』をますます厳しくしなくちゃならないねぇ」

「ヒッ……」

「え? え? え? 『夜の』って何ですの!? いったい何をしてますの!?」

「ほら、川はあっちの方だ。行くよ」

「無視しないでくださいまし!!」