「それじゃ、始めよう。【赤き蛇・神の悪意サマエルが植えし葡萄の蔦】――」
お決まりの魔法を唱え始めたお師匠様を、
「待ってくださいまし!」
ノティアが静止した。
「今日はわたくしにやらせて頂けませんこと? その為に、こうしてついて来たんですもの」
ノティアは最近、僕たちと同じ宿――『銀河亭』に泊まっている。
しかもご丁寧に、僕の部屋の隣に。
……正直言って、これほどの美人にここまで堂々と迫られて、僕は最近参っている。
とかくもノティアは、僕が起きる時間帯には大抵すでに下の食堂にいて、今日も今日もとて食堂にいた。
で、僕とお師匠様とシャーロッテの話を堂々と盗み聞きして、何食わぬ顔でついて来たわけだ。
「な、な、な……」
「……ん、あれ? シャーロッテ、どうかした?」
見れば、シャーロッテがノティアを見つめながら固まっている。
……そう言えば、さっきお師匠様を見たときも、こんな顔してたな。
「ま、また女……? それもとびきりの美人をふたり同時って……」
「別に構わないが、本当に大丈夫かい、小娘?」
「お嬢さんにできて、わたくしにできないはずがありませんわ」
「言うじゃあないかい。ああん?」
「ちょちょちょ! ケンカはよしてくださいよ!」
「ね、クリス君。クリス君もわたくしの方がいいですわよね?」
「わ、わかりました。今日は、きょ・う・は! ノティアにお願いしますから!」
「やりましたわ!」
「ちっ……」
……お師匠様、舌打ちしないでください怖いです。
「ではさっそく……【赤き蛇・神の悪意サマエルが植えし葡萄の蔦・アダムの林檎――万物解析】!」
猫々亭の屋根の上に真っ赤な魔方陣が展開し、数秒して消える。
「ふむふむ……【投影】!」
ノティアの目の前に、ステータス・ウィンドウや僕の【目録】によく似たウィンドウが表示される。
ちらりと見えたけれど、ウィンドウには家の見取り図のようなものが映し出されていた。
「店長さん、引っ越しさせたい店舗の範囲はここからここまででよいでしょうか?」
「あー……ああ、そうだ!」
「地下室は?」
「ねぇよ」
「井戸は?」
「それもねぇ」
「そのようですわね。では、クリス君――」
ノティアが僕のまぶたに触れてくる。
「【視覚共有】」
「あのー、ノティア? そんなにまぶたをさすらなくても効果はあるのですが」
「うふふ」
ダメだこりゃ。
「ノティア、僕の方を見てないで建屋を見てください」
「あらあら、これは失礼を」
ノティアの視界では、壁や床はもちろん建屋内の家具や装飾に至るまで、僕が【収納】すべきものが白く輝いている。
僕はノティアの【万物解析】を信じて、魔力の限り【収納】しさえすればいい。
「行きます! ――【無制限収納空間】ッ!!」
……果たして。
建屋の基礎の部分ごと、猫々亭がごっそりと姿を消した。
■ ◆ ■ ◆
そしてお馴染み、西の森。
街道が立派になって、ますます賑わっている市場へノティアの【瞬間移動】でやって来た。
「というわけでこちら、城塞都市『外西地区』で飲食店猫々亭を営んでいる店長兼店主兼料理長さんと、給仕のシャーロッテです」
さっそく僕らの為に時間を時間を作ってくれた商人ギルドのミッチェンさんへ紹介する。
「飲食店。欲しがっていらっしゃいましたよね?」
「うぉぉぉぉおお!? 店神様ぁ~~~~っ!!」
大興奮のミッチェンさん。
また、神様が増えた。
……何だよ、店神様って。
■ ◆ ■ ◆
ミッチェンさんから店を建てても問題ない場所を指示してもらいつつ、店長さんが希望する場所を見繕った。
結果として――
「一等地じゃないですか!!」
思わず僕は声を上げてしまう。
ミッチェンさんが許可し、店長さんが選んだ場所は、街道から出て徒歩数分ほどの場所。
「ここに宿屋を誘致できれば、疲れた商人たちを癒す一大歓楽街になるでしょうねぇ……じゅるり」
「ちょちょちょっ、歓楽街だからって色街はダメですからね!?」
目が金欲にまみれているミッチェンさんを窘める。
猫々亭ではシャーロッテも働くんだから!
「ちっ……」
「え? いま、舌打ち――」
「え、何のことですかね!? さぁさ、では人も馬車もいないいまのうちに、どどんと出しちゃってください!」
「――…………ノティア、お願いしてもいいですか?」
「おまかせあれ!」
嬉しそうにノティアがうなずき、そこからはいつもの流れだ。
ノティアの視界を借りて、猫々亭の敷地ぴったりの地面を【収納】し、石、砂利、セメント、石畳を敷き詰め、熱して、さらにその上に、
「【無制限収納空間】っ!!」
【収納】したときとまったくそのままの姿で、猫々亭を石畳の上に出現させる。
「お、おぉぉぉ……うぉぉおおおお!?」
店長さんが大興奮して建屋の中に入っていき、しばらくしてから、
「ぉぉぉおおおおお!!」
出てきて、僕の肩をがしっとつかんだ。い、痛い。
「ありがとうよ、坊主! いやぁ、オーギュスの野郎が嫌なウワサばっか聞かせてくるんで、すっかり不安になっちまっていたんだが……見事な仕事だ!!」
「あ、あはは……」
……あぁ、なるほど、オーギュス、またお前か。
あいつは何度、僕の人生を邪魔すれば気が済むのだろう……。
高いはずの各種【耐性】スキルをすり抜けるようにして、胸の奥からもやもやとした、どす黒い怒りがにじみ出てくる。
「坊主、お前はこれから一生涯、この店でタダ飯食い放題だ!」
そんな僕の感情を払いのけるようにして、店長さんの大声が響いた。
「おおっ!?」
タダ飯食べ放題! お師匠様と出会う前の僕なら、泣いて喜んだだろうと思う。
けれど、無限の薪と水を手に入れてしまった今となっては……まぁでも気持ちは素直にうれしいし、ちょくちょく通うようにしよう。
シャーロッテにも逢いたいし。
「さて、あとは最後の問題さえ解決できりゃなぁ……」
と、店長が困った顔をしている。
「え、何か問題があるんですか?」
「あ、いや……これは俺が何とかすべき問題なんだが――いや、誰かに話したら、案外いいアイデアが見つかるかもしれねえもんな」
ぽつりぽつりと話し出す店長さん。
要は、水がないのだそうだ。
店長さんもシャーロッテも魔力が少ない方で、料理や飲料として毎日を賄えるほどの水魔法は使えないし、城塞都市の上水道や井戸から汲んで来るにしても、一日に何往復もしなければならない。
「ここでの成功を祈って、大枚はたいて大容量時間停止機能つきマジックバッグに手を出すってのも手なんだが……」
僕が手伝えば解決なんだろうけど、とはいえ僕も、毎日この店に水を供給しに来るわけにもいかないだろう。
「どうすれば……井戸を掘ってみる? でもうまく掘り当てられるかどうかなんてわからないし――…」
「簡単な話さね」
ふと、隣のお師匠様が自信満々な笑顔で言った。
「川を引いてくればいいのさ」
「川を……引く……ッ!?」
お決まりの魔法を唱え始めたお師匠様を、
「待ってくださいまし!」
ノティアが静止した。
「今日はわたくしにやらせて頂けませんこと? その為に、こうしてついて来たんですもの」
ノティアは最近、僕たちと同じ宿――『銀河亭』に泊まっている。
しかもご丁寧に、僕の部屋の隣に。
……正直言って、これほどの美人にここまで堂々と迫られて、僕は最近参っている。
とかくもノティアは、僕が起きる時間帯には大抵すでに下の食堂にいて、今日も今日もとて食堂にいた。
で、僕とお師匠様とシャーロッテの話を堂々と盗み聞きして、何食わぬ顔でついて来たわけだ。
「な、な、な……」
「……ん、あれ? シャーロッテ、どうかした?」
見れば、シャーロッテがノティアを見つめながら固まっている。
……そう言えば、さっきお師匠様を見たときも、こんな顔してたな。
「ま、また女……? それもとびきりの美人をふたり同時って……」
「別に構わないが、本当に大丈夫かい、小娘?」
「お嬢さんにできて、わたくしにできないはずがありませんわ」
「言うじゃあないかい。ああん?」
「ちょちょちょ! ケンカはよしてくださいよ!」
「ね、クリス君。クリス君もわたくしの方がいいですわよね?」
「わ、わかりました。今日は、きょ・う・は! ノティアにお願いしますから!」
「やりましたわ!」
「ちっ……」
……お師匠様、舌打ちしないでください怖いです。
「ではさっそく……【赤き蛇・神の悪意サマエルが植えし葡萄の蔦・アダムの林檎――万物解析】!」
猫々亭の屋根の上に真っ赤な魔方陣が展開し、数秒して消える。
「ふむふむ……【投影】!」
ノティアの目の前に、ステータス・ウィンドウや僕の【目録】によく似たウィンドウが表示される。
ちらりと見えたけれど、ウィンドウには家の見取り図のようなものが映し出されていた。
「店長さん、引っ越しさせたい店舗の範囲はここからここまででよいでしょうか?」
「あー……ああ、そうだ!」
「地下室は?」
「ねぇよ」
「井戸は?」
「それもねぇ」
「そのようですわね。では、クリス君――」
ノティアが僕のまぶたに触れてくる。
「【視覚共有】」
「あのー、ノティア? そんなにまぶたをさすらなくても効果はあるのですが」
「うふふ」
ダメだこりゃ。
「ノティア、僕の方を見てないで建屋を見てください」
「あらあら、これは失礼を」
ノティアの視界では、壁や床はもちろん建屋内の家具や装飾に至るまで、僕が【収納】すべきものが白く輝いている。
僕はノティアの【万物解析】を信じて、魔力の限り【収納】しさえすればいい。
「行きます! ――【無制限収納空間】ッ!!」
……果たして。
建屋の基礎の部分ごと、猫々亭がごっそりと姿を消した。
■ ◆ ■ ◆
そしてお馴染み、西の森。
街道が立派になって、ますます賑わっている市場へノティアの【瞬間移動】でやって来た。
「というわけでこちら、城塞都市『外西地区』で飲食店猫々亭を営んでいる店長兼店主兼料理長さんと、給仕のシャーロッテです」
さっそく僕らの為に時間を時間を作ってくれた商人ギルドのミッチェンさんへ紹介する。
「飲食店。欲しがっていらっしゃいましたよね?」
「うぉぉぉぉおお!? 店神様ぁ~~~~っ!!」
大興奮のミッチェンさん。
また、神様が増えた。
……何だよ、店神様って。
■ ◆ ■ ◆
ミッチェンさんから店を建てても問題ない場所を指示してもらいつつ、店長さんが希望する場所を見繕った。
結果として――
「一等地じゃないですか!!」
思わず僕は声を上げてしまう。
ミッチェンさんが許可し、店長さんが選んだ場所は、街道から出て徒歩数分ほどの場所。
「ここに宿屋を誘致できれば、疲れた商人たちを癒す一大歓楽街になるでしょうねぇ……じゅるり」
「ちょちょちょっ、歓楽街だからって色街はダメですからね!?」
目が金欲にまみれているミッチェンさんを窘める。
猫々亭ではシャーロッテも働くんだから!
「ちっ……」
「え? いま、舌打ち――」
「え、何のことですかね!? さぁさ、では人も馬車もいないいまのうちに、どどんと出しちゃってください!」
「――…………ノティア、お願いしてもいいですか?」
「おまかせあれ!」
嬉しそうにノティアがうなずき、そこからはいつもの流れだ。
ノティアの視界を借りて、猫々亭の敷地ぴったりの地面を【収納】し、石、砂利、セメント、石畳を敷き詰め、熱して、さらにその上に、
「【無制限収納空間】っ!!」
【収納】したときとまったくそのままの姿で、猫々亭を石畳の上に出現させる。
「お、おぉぉぉ……うぉぉおおおお!?」
店長さんが大興奮して建屋の中に入っていき、しばらくしてから、
「ぉぉぉおおおおお!!」
出てきて、僕の肩をがしっとつかんだ。い、痛い。
「ありがとうよ、坊主! いやぁ、オーギュスの野郎が嫌なウワサばっか聞かせてくるんで、すっかり不安になっちまっていたんだが……見事な仕事だ!!」
「あ、あはは……」
……あぁ、なるほど、オーギュス、またお前か。
あいつは何度、僕の人生を邪魔すれば気が済むのだろう……。
高いはずの各種【耐性】スキルをすり抜けるようにして、胸の奥からもやもやとした、どす黒い怒りがにじみ出てくる。
「坊主、お前はこれから一生涯、この店でタダ飯食い放題だ!」
そんな僕の感情を払いのけるようにして、店長さんの大声が響いた。
「おおっ!?」
タダ飯食べ放題! お師匠様と出会う前の僕なら、泣いて喜んだだろうと思う。
けれど、無限の薪と水を手に入れてしまった今となっては……まぁでも気持ちは素直にうれしいし、ちょくちょく通うようにしよう。
シャーロッテにも逢いたいし。
「さて、あとは最後の問題さえ解決できりゃなぁ……」
と、店長が困った顔をしている。
「え、何か問題があるんですか?」
「あ、いや……これは俺が何とかすべき問題なんだが――いや、誰かに話したら、案外いいアイデアが見つかるかもしれねえもんな」
ぽつりぽつりと話し出す店長さん。
要は、水がないのだそうだ。
店長さんもシャーロッテも魔力が少ない方で、料理や飲料として毎日を賄えるほどの水魔法は使えないし、城塞都市の上水道や井戸から汲んで来るにしても、一日に何往復もしなければならない。
「ここでの成功を祈って、大枚はたいて大容量時間停止機能つきマジックバッグに手を出すってのも手なんだが……」
僕が手伝えば解決なんだろうけど、とはいえ僕も、毎日この店に水を供給しに来るわけにもいかないだろう。
「どうすれば……井戸を掘ってみる? でもうまく掘り当てられるかどうかなんてわからないし――…」
「簡単な話さね」
ふと、隣のお師匠様が自信満々な笑顔で言った。
「川を引いてくればいいのさ」
「川を……引く……ッ!?」