「それでは、次は西の森に行けばいいんですの?」
ノティアの問いに、お師匠様がうなずく。
「ああ、頼む。恐らく人がいるだろうから、少し手前にね」
「分かりましたわ。【地獄の君主セアルよ・三千世界を瞬く間に移ろう翼の主よ・我を望む場所へ転送し給え】――瞬間移動】!」
僕らの足元に魔法陣が展開し、そして――
■ ◆ ■ ◆
「な、ななな……」
西の森、僕が木々を【収納】して道を作った場所に来て、僕は言葉を失った。
――――市場が、できていた。
僕が作った道の終着点辺りにいくつもの天幕や屋台が軒を連ねていて、そこかしこに馬車があり、行商人らしき人たちがござの上に商品を広げている。
たくさんの行商人がいて、それを目当てにした料理屋や即席宿屋、厩や馬車の修理人なんかが商売を始めている。
城塞都市の中央広場もかくやという賑わいっぷりだ。
ひときわ大きなテントには、
『商人ギルド 西の森支部』
という看板がかかっていた。
■ ◆ ■ ◆
「あ、あのぅ、水の納品に来たんですけれど……」
テントの外から声をかけると、
「水!? 冒険者の方ですか!?」
中から、随分と年若い――僕と同い年くらいの――男性が飛び出してきた。
身なりがよく、こんな辺境にあっても清潔そうな見た目。
人当たりがよさそうで、それでいてメガネの奥の瞳は抜け目がなさそう。
いかにも、『やり手の商人』って感じの人だった。
「あ、はい! Dランク冒険者のクリスと申します。このたび、飲み水の配達依頼をお受けしまして」
「お待ちしておりました!」
商人さんが、すっと姿勢を正して手を差し伸べてくる。
「わたくし、商人ギルド若手有志『西の森交易路権益確保の会』リーダーを勤めます、ミッチェンと申します。どうぞ、お見知りおきを」
「は、はい!」
握手する。
と、背後でお師匠様が『ぷぷぷぷっ』と吹き出し、
「あははっ、『権益確保の会』て! いっそ清々しいほどにあけっぴろげな団体名さね!」
お師匠様笑い、若き商人――ミッチェンさんが嗤う。
「商売が上手くいかずにワラをもすがる気持ちでいる商人が、思わず飛びつきたくなるような名前でしょう?」
一転、彼は爽やかな笑顔になって、
「ま、その程度の意図は、商人ならば誰でも容易く見抜くでしょう。いま、この場がこれほどまでに賑わっているのは、ひとえに貴方のおかげですよ――クリスさん」
「――――ふぇ!?」
……思わず、情けない声が出た。
「貴方様が、この鬱蒼とした森の木々を根っこから消滅させ、この広大な道を開通させて下さったのでしょう?」
「んなっ……どうしてそれを!」
「それはまぁ、商人は情報が命ですから。――それに」
ミッチェンさんが微笑む。
「冒険者と行商人を兼業している方っていうのは、意外と多いんですよ?」
■ ◆ ■ ◆
「こ、こ、これは……」
コップに注いだ一杯分の水を見て、ミッチェンさんは言葉を失った。
「他ならぬクリスさんの納品物ですから、報酬額に多少色をつけておこうかとか、そんなことを考えていた自分が恥ずかしいですね」
ミッチェンさんはむにゃむにゃと何か唱えてから、
「――【鑑定】!」
お師匠様の【万物解析】にこそ劣るものの、それでもいろんなものの性質や品質を判別できる上級魔法を行使した。
この若さで、商人としてこれだけの市場を取りまとめて、しかも上級魔法が使えるのか……なんか、お師匠様なしじゃ何もできない自分が恥ずかしくなってきた。
「な、な、な……」
おや? ミッチェンさんが固まっておられる。
「さ、『最高品質の飲み水』~~~~ッ!?」
ミッチェンさん、やおら絶叫してから、ウィンドウ――【鑑定】の付随機能かな? 分からないけど――を表示させ、
「え、え、え? 有害物質ゼロ!? 密閉空間ならば、長期保存しても腐る可能性なし!? あ、あぁぁぁ……アリソン様!」
と、魔王国の主神、魔法神アリソン神の名を叫ぶ。
どこまで本当かは分からないけれど、先王であらせられる勇者アリソン様は、当時悪逆の限りを尽くしていた魔法神マギカを倒して魔王国を恐怖から解放し、その穴を埋める為に自ら魔法神になったのだとか。
……まぁ、おかげで魔王国は数千年かけて荒廃し、いまに至るわけだけれど。
「く、クリスさん――いえ、クリス様!」
ミッチェンさんに、がしっと両肩をつかまれた。顔が近い。
「この水! どのくらい持って来て頂けましたか!?」
「え、ええと……たくさん、です」
「たくさん!? それは、この樽500個分以上ですか!?」
ミッチェンさんがマジックバッグから1個の樽を取り出す。
「あ、そのくらいなら全然余裕です」
「な、なんと……」
■ ◆ ■ ◆
というわけで、樽500個分の水を納品し、さらにミッチェンさんが中身を空にしたマジックバッグが満タンになるまで水を注ぎ込んだ。
また、大金が手に入り、お師匠様と山分けした。
ノティアに【瞬間移動】代としていくらか渡そうとしたんだけれど、『美味しいお魚が食べられただけで十分ですわ』と断られた。
■ ◆ ■ ◆
翌日は、お師匠様に引きずられるようにしてオーク討伐とオーガ討伐任務に従事させられた。
……本当に、死ぬかと思ったよ。
なぜかノティアもついて来ていて、地水火風色とりどりな攻撃魔法で魔物たちをばったばったとなぎ倒していく様子がものすごくカッコよかった!
『カッコイイです!』
って素直に言ったら、
『じゃあ結婚しましょう! そしたら毎日お見せできますわよ!』
って言われて、思わず退いてしまった。
隣では、お師匠様が苦々しい顔をしていた。
■ ◆ ■ ◆
そうして、さらにその翌日。
カランカランカラン……
朝、お師匠様とともにギルドホールに入る。
扉に備え付けられた鐘が鳴り、中の人たちが一斉にこちらを見て、ついっと視線を逸らす。
もう、僕に絡んでくる冒険者はいなくなった。
僕はもうすっかり、いっぱしの冒険者としてこの場に溶け込んでいる。
ほんの一週間ほど前、ここでエンゾたちからパーティーを追放され、そのことをオーギュスにからかわれ、ここにいる冒険者たちから大笑いされたのがウソのようだ。
「――あ、クリスさ~ん」
と、いつもの受付嬢さんがこちらに駆け寄って来て、
「クリスさん、お待ちしておりました!」
一枚の紙を渡される。
「クリスさんに、指名依頼です!」
「「…………指名依頼?」」
僕とお師匠様の声が重なった。
ノティアの問いに、お師匠様がうなずく。
「ああ、頼む。恐らく人がいるだろうから、少し手前にね」
「分かりましたわ。【地獄の君主セアルよ・三千世界を瞬く間に移ろう翼の主よ・我を望む場所へ転送し給え】――瞬間移動】!」
僕らの足元に魔法陣が展開し、そして――
■ ◆ ■ ◆
「な、ななな……」
西の森、僕が木々を【収納】して道を作った場所に来て、僕は言葉を失った。
――――市場が、できていた。
僕が作った道の終着点辺りにいくつもの天幕や屋台が軒を連ねていて、そこかしこに馬車があり、行商人らしき人たちがござの上に商品を広げている。
たくさんの行商人がいて、それを目当てにした料理屋や即席宿屋、厩や馬車の修理人なんかが商売を始めている。
城塞都市の中央広場もかくやという賑わいっぷりだ。
ひときわ大きなテントには、
『商人ギルド 西の森支部』
という看板がかかっていた。
■ ◆ ■ ◆
「あ、あのぅ、水の納品に来たんですけれど……」
テントの外から声をかけると、
「水!? 冒険者の方ですか!?」
中から、随分と年若い――僕と同い年くらいの――男性が飛び出してきた。
身なりがよく、こんな辺境にあっても清潔そうな見た目。
人当たりがよさそうで、それでいてメガネの奥の瞳は抜け目がなさそう。
いかにも、『やり手の商人』って感じの人だった。
「あ、はい! Dランク冒険者のクリスと申します。このたび、飲み水の配達依頼をお受けしまして」
「お待ちしておりました!」
商人さんが、すっと姿勢を正して手を差し伸べてくる。
「わたくし、商人ギルド若手有志『西の森交易路権益確保の会』リーダーを勤めます、ミッチェンと申します。どうぞ、お見知りおきを」
「は、はい!」
握手する。
と、背後でお師匠様が『ぷぷぷぷっ』と吹き出し、
「あははっ、『権益確保の会』て! いっそ清々しいほどにあけっぴろげな団体名さね!」
お師匠様笑い、若き商人――ミッチェンさんが嗤う。
「商売が上手くいかずにワラをもすがる気持ちでいる商人が、思わず飛びつきたくなるような名前でしょう?」
一転、彼は爽やかな笑顔になって、
「ま、その程度の意図は、商人ならば誰でも容易く見抜くでしょう。いま、この場がこれほどまでに賑わっているのは、ひとえに貴方のおかげですよ――クリスさん」
「――――ふぇ!?」
……思わず、情けない声が出た。
「貴方様が、この鬱蒼とした森の木々を根っこから消滅させ、この広大な道を開通させて下さったのでしょう?」
「んなっ……どうしてそれを!」
「それはまぁ、商人は情報が命ですから。――それに」
ミッチェンさんが微笑む。
「冒険者と行商人を兼業している方っていうのは、意外と多いんですよ?」
■ ◆ ■ ◆
「こ、こ、これは……」
コップに注いだ一杯分の水を見て、ミッチェンさんは言葉を失った。
「他ならぬクリスさんの納品物ですから、報酬額に多少色をつけておこうかとか、そんなことを考えていた自分が恥ずかしいですね」
ミッチェンさんはむにゃむにゃと何か唱えてから、
「――【鑑定】!」
お師匠様の【万物解析】にこそ劣るものの、それでもいろんなものの性質や品質を判別できる上級魔法を行使した。
この若さで、商人としてこれだけの市場を取りまとめて、しかも上級魔法が使えるのか……なんか、お師匠様なしじゃ何もできない自分が恥ずかしくなってきた。
「な、な、な……」
おや? ミッチェンさんが固まっておられる。
「さ、『最高品質の飲み水』~~~~ッ!?」
ミッチェンさん、やおら絶叫してから、ウィンドウ――【鑑定】の付随機能かな? 分からないけど――を表示させ、
「え、え、え? 有害物質ゼロ!? 密閉空間ならば、長期保存しても腐る可能性なし!? あ、あぁぁぁ……アリソン様!」
と、魔王国の主神、魔法神アリソン神の名を叫ぶ。
どこまで本当かは分からないけれど、先王であらせられる勇者アリソン様は、当時悪逆の限りを尽くしていた魔法神マギカを倒して魔王国を恐怖から解放し、その穴を埋める為に自ら魔法神になったのだとか。
……まぁ、おかげで魔王国は数千年かけて荒廃し、いまに至るわけだけれど。
「く、クリスさん――いえ、クリス様!」
ミッチェンさんに、がしっと両肩をつかまれた。顔が近い。
「この水! どのくらい持って来て頂けましたか!?」
「え、ええと……たくさん、です」
「たくさん!? それは、この樽500個分以上ですか!?」
ミッチェンさんがマジックバッグから1個の樽を取り出す。
「あ、そのくらいなら全然余裕です」
「な、なんと……」
■ ◆ ■ ◆
というわけで、樽500個分の水を納品し、さらにミッチェンさんが中身を空にしたマジックバッグが満タンになるまで水を注ぎ込んだ。
また、大金が手に入り、お師匠様と山分けした。
ノティアに【瞬間移動】代としていくらか渡そうとしたんだけれど、『美味しいお魚が食べられただけで十分ですわ』と断られた。
■ ◆ ■ ◆
翌日は、お師匠様に引きずられるようにしてオーク討伐とオーガ討伐任務に従事させられた。
……本当に、死ぬかと思ったよ。
なぜかノティアもついて来ていて、地水火風色とりどりな攻撃魔法で魔物たちをばったばったとなぎ倒していく様子がものすごくカッコよかった!
『カッコイイです!』
って素直に言ったら、
『じゃあ結婚しましょう! そしたら毎日お見せできますわよ!』
って言われて、思わず退いてしまった。
隣では、お師匠様が苦々しい顔をしていた。
■ ◆ ■ ◆
そうして、さらにその翌日。
カランカランカラン……
朝、お師匠様とともにギルドホールに入る。
扉に備え付けられた鐘が鳴り、中の人たちが一斉にこちらを見て、ついっと視線を逸らす。
もう、僕に絡んでくる冒険者はいなくなった。
僕はもうすっかり、いっぱしの冒険者としてこの場に溶け込んでいる。
ほんの一週間ほど前、ここでエンゾたちからパーティーを追放され、そのことをオーギュスにからかわれ、ここにいる冒険者たちから大笑いされたのがウソのようだ。
「――あ、クリスさ~ん」
と、いつもの受付嬢さんがこちらに駆け寄って来て、
「クリスさん、お待ちしておりました!」
一枚の紙を渡される。
「クリスさんに、指名依頼です!」
「「…………指名依頼?」」
僕とお師匠様の声が重なった。