「これが、マスターの誇る七大奥義のひとつ、【お料理(クッキング)収納(・バイ・)空間(アイテム・ボックス)】さね」

 た、確かにこれは奥義かも。世の中の料理人たちを敵に回しそう……というか、絶望させそう。
 っていうか『マスター』とやらの奥義、また出てきたな。

【首狩り収納(アイテム)空間(・ボックス)
洗浄(クリーンナップ)収納(・バイ・)空間(アイテム・ボックス)
お料理(クッキング)収納(・バイ・)空間(アイテム・ボックス)

 あとの4つは何なんだろう?
 まぁ、お師匠様が適当にふかしてる可能性も十分にあるんだけど。

「あの、これ調理させて頂いてもよろしくって!?」

 と、目を輝かせてノティアが言った。

「儂ゃ構わないが、お前さんは?」

「え、僕ですか!? も、もちろん構いませんよ!」

 というか、パーティー解消云々、結婚云々はともかくとして……そのくらいの頼みなら、公女殿下相手に断ることなんて無理だ。

「ではお言葉に甘えて……【念力(テレキネシス)】」

 2枚の半身がふわりと宙に浮く。
 半身はゆっくりと回転しており、ノティアがマジックバッグから取り出した塩と香辛料(コリアンダー)で彩られていく。
 香辛料の王様と言えば黒胡椒だけれど、あれは南方でしか育たないから、この辺りでは超高級品なんだ。
 かく言う僕は、香辛料にうるさい猫々(マオマオ)亭に勤めるシャーロッテから聞きかじったことがあるくらいで、食べたことがない。
 ちなみに猫々(マオマオ)亭で出てくる香辛料はコリアンダーでも胡椒でもなく、花椒とか山椒とかだ。

「【火炎(ファイア)の壁(・ウォール)】」

 ノティアの両手から発生した極小の炎の壁が、ニジマスの半身を両面から熱していく。
 たちまち、ものすごくおいしそうな匂いが漂ってきた。
 ノティアはマジックバッグからお皿を出して、ニジマスの塩焼きを【念力(テレキネシス)】で盛り付ける。
 ナイフとフォークを添えて、

「召し上がれ」

「え、いいんですか? 頂きます!」

「あー……悪いが儂は遠慮しておくよ」

「もぐもぐ……うっま!? あ、ノティア、気を悪くしないでくださいね。お師匠様は小食なんです」

「あら、そうなんですの。じゃあわたくしが頂きますわ。――ぱく。こ、こ、これは美味しいですわ!」

 ノティアが僕の手を取ってくる。

「クリス、わたくしの伴侶兼専属料理人になってくださいまし!」

「えぇぇ……いやいや、料理したのはノティアじゃないですか」

「わたくしは焼いただけですわ。やはり、小骨や鱗はおろか『臭み』まで分離できてしまうあなたの【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】がすさまじすぎますわ!」

「…………ごほんっ!」

 お師匠様が不機嫌な様子で咳払いをした。

「お前さん、ここに来た目的を忘れちゃいないだろうね? 魚はあくまで、【目録(カタログ)】による分離の練習代だ。さっさと水の精製をするよ!」

「は、はい! すみませんでした!」

 お師匠様の命令は絶対服従。
 僕は直立不動で返事をする。

「よし、じゃあ儂の【万物解析(アナライズ)】影響下にある状態で、『水』の詳細を見てみな」

「はい! ――んげっ」

『水』『水中昆虫』『寄生虫』『細菌』『小石』『砂』『その他有機物』『その他無機物』……。
 川の水は煮沸させないと飲んじゃいけない、ってのは冒険者の間じゃ常識だけれど……ここまで気味悪いものだったとは!
 なんだよ、『寄生虫』って……。

「じゃ、虫と虫と細菌と小石、砂、その他有機物は捨てちまいな……遠くに」

「はい!」

 森の中の方へ射出した。

「お師匠様、この『その他無機物』? っていうのは捨てないんですか?」

「これがねぇ、水精製におけるキモなのさ」

「はぁ」

「じゃあその『水』を両手の指で長押しして、片方の指を動かしてみな」

「はい? お、おぉおお!?」

『水』が『水』と『水』に分離した。
 分離元の『水』の量は『計測不能』って書いてるんだけど、分離した方の『水』は『1リットル』と書いてある。

「そんなふうにして【目録(カタログ)】の中で好きな量だけ分けることができるのさ」

「すごいですねぇ!」

「お前さんの加護(エクストラ・スキル)さね。んじゃ、少ない方の水から、『その他無機物』を取り除いた上で、飲んでみな」

「はい――【収納(アイテム)空間(・ボックス)】」

 言われた通り1リットルの水から『その他無機物』を地面に捨て、コップをテーブルの上に取り出し、その中に水を注ぎ込む。
 嗅いでみる。匂いは――しない。
 飲んでみる。……ん? んんん?

「なんか変わった味……味? いや、これは味が……しない?」

「超純水だからねぇ!」

「超純水?」

「そう。普通の水ってのは、ミネラル――超微細な鉱物が含まれていて、水の味ってのはその、ミネラルの味なんだよ。ミネラルの中にはナトリウム――塩が入っているからね」

「へぇ……?」

「この国の知識水準じゃあ、ちと難しかったかねぇ。まぁとにかく、ミネラルの入っていない水は美味しくないし、何より飲み続けているとミネラル不足になって、体調を崩しちまうんだ」

「――え!?」

「あぁ、一口飲んだくらいじゃ何も影響はないから心配しなさんな。儂がお前さんの体調を害するようなことをするわけないだろう?」

「――――……」

 毎晩の『魔力養殖』でしこたま吐かされてるんですが……。
 おかげで最近は、お風呂とご飯の前に魔力養殖の時間を持ってくるようになった。

「というわけで、その水はもう捨ててしまって、残りの方の水を長押ししてみな」

「はい」

目録(カタログ)】の『水』を長押しし、『その他無機物』をさらに長押しすると、果たして『ミネラル』と『その他』と表示された。

「よし、『その他』を捨てれば最高の飲み水の完成さね」

 こうして僕は、一生困らない量の飲み水を手に入れた。