「……何でついて来ていらっしゃるんですか?」
冒険者ギルド会館を出て、城塞都市の西門に続く大通りを通り、西門から出て北の山へ向かう道すがら。
たまらず、僕は後ろを歩くノティア様に尋ねた。
僕らの後ろをずぅ~っとついて来ていたノティア様が、悪びれもせずににっこり微笑み、
「それはもちろん、クリス君の魔法を見る為ですわ」
「あの……いくら頼まれても、お師匠様とパーティーを解消するつもりはありませんからね? ま、ましてや、け、け、結婚なんて……」
「そのことなんですけれど」
ノティア様が僕とお師匠様の間に割って入って、僕の腕に絡みついてくる。
胸が腕に当たる。
鎖帷子やらでガチガチに守られたお師匠様の胸と違い、メチャクチャ柔らかい……ッ!!
「実は、伴侶のお話の方こそ大本命なのですわ。無論、実際に結婚に踏み切る前には、クリス君のことを、ちゃんと見極めさせて頂きますけれど」
「僕のことを……あぁ、【無制限収納空間】が有用かどうかってことですね?」
「うふふ。貴方は、あくまで自分のことを加護の付属品として見ている……謙虚な男性は大好きですわ」
お師匠様からは『しゃんとしろ』とか『自信を持て』とかさんざん言われているのに、相手が変われば意見も変わるものだなぁ。
「まったく、この国の男性ときたら!」
と、ノティア様が憤慨して見せる。
「どいつもこいつも驕り高ぶっていて、女と見れば性欲を満たす道具か、自分の面倒を見させて子供を産ませる道具くらいにしか見ていないんですもの」
「あ、あははは……」
……まぁ確かに、荒くれ冒険者たちには、そういうところがある。
かなり、ある。
「でも」
ノティア様が、ずずいと顔を近づけてきて、
「貴方は随分と違いますわね、クリス君」
僕は生まれてこの方ずぅ~~~~っとオーギュスや他のイジメっ子たちにイジメられてきて、その度に幼馴染のシャーロッテに助けてもらってきた。
僕が『女性』と言われて真っ先に思い浮かべるのはシャーロッテなわけで、でもそんな強くて頼もしいシャーロッテですら、猫々亭で男性客にお尻を触られたり罵倒されても、文句のひとつも言わずに粛々と働いているんだ。
そういう光景を目の当たりにして、そして上、冒険者になってからの一年以上、あらゆる男女の冒険者から徹底的に虐げられてきたものだから……僕の中では『僕以外の人は全員僕より上』という感覚が染みついてしまっていた。
『いた』というのは、近頃はそういう――お師匠様が言うところの――『負け犬根性』を矯正するように、お師匠様に鍛えてもらっているからだ。
貧しくて危険で毎日が死と隣り合わせのここ、辺境では、腕っぷしの強い男が一番偉く、それ以外の人たち――特に女性は、息を潜めて生きている。
もっとも、有能な女性冒険者に限ってはそうじゃない。彼女たちはちやほやされて引く手あまただ。
それもまぁ、当然と言えば当然だろう。
いつ大怪我を負うとも、死ぬとも知れない冒険者家業で、命を預けるに足る、命を賭すに足る女性を追い求めるというのは、冒険者の性なのだから。
「パーヤネン公国はそうではないのですか?」
「我が国は魔力至上主義ですから。たとえ夫婦でも、妻の方が魔力が高ければ妻が家父長になりますの」
「なんと……」
エルフ族が魔力至上主義なのは知っていたけれど、まさかそこまでとは。
「ですから、まぁ……わたくしのように魔法に秀でた女性というのは、公国では煙たがられるのですわ」
「――――……」
「そういう意味でも、あなたのように女性を蔑視せず、かつ自分より魔力が高くても忌避しない男性というのは貴重なんですの」
ノティア様が、ますます体を密着させてくる。
「これで【無制限収納空間】が我が国の血脈に取り入れるに足る魔法でしたら、是非とも子を成したいですわね」
「か、か、からかうのもいい加減にしてください!!」
僕が遠慮がちに体を押し返すと、果たしてノティア様は腕を離してくれた。
「本気なのですけれどねぇ」
「……………………終わったかい?」
空気に徹していたお師匠様が、ものすごく不機嫌そうな声で言った。
「さっさと山に行って水を汲んでこなきゃ、日が暮れちまうんだがねぇ」
「あら、これは失礼しましたわね、お嬢さん。でも、急いでいるなら【瞬間移動】を使えば良いのではないですの?」
「え、ノティア様、【瞬間移動】が使えるんですか!?」
【瞬間移動】は、遠いところに瞬時に移動できる奇跡のような聖級時空魔法だ。
「わたくしからすれば、お嬢さんが使えない方が意外なのですけれど」
お師匠様はぷいっとそっぽを向いている。可愛い。
「まぁいいですわ。あの山の――」
ノティア様が、北の方角にそびえ立つ山々を指差して、
「川がある場所でよいのですわよね?」
「あ、はい」
「では――【赤き蛇・神の悪意サマエルが植えし葡萄の蔦・アダムの林檎――万物解析】」
山の上空が、数秒ほど巨大で真っ赤な魔法陣で覆われる。
「見つけましたわ。ではお二方とも、私の腕なり服なりをつかんでくださいまし。【地獄の君主セアルよ・三千世界を瞬く間に移ろう翼の主よ・我を望む場所へ転送し給え】」
足元に白い魔法陣が浮かび上がり、すさまじい量の魔力が巻き上がる風となる。
「――瞬間移動】!」
――――気がつけば、僕らは山中に立っていた。
「……こ、これが【瞬間移動】!」
かなりの魔力を消費したはずだろうに、隣に佇むノティア様は顔色ひとつ変えていない。
水の音がする方を見てみれば、目の前に大きめの川が流れていた。
「ほれ、呆けてないでさっさと水を酌むよ」
お師匠様もまた、急に景色が変わったことに戸惑うでもなく、いつもの調子でそう言った。
冒険者ギルド会館を出て、城塞都市の西門に続く大通りを通り、西門から出て北の山へ向かう道すがら。
たまらず、僕は後ろを歩くノティア様に尋ねた。
僕らの後ろをずぅ~っとついて来ていたノティア様が、悪びれもせずににっこり微笑み、
「それはもちろん、クリス君の魔法を見る為ですわ」
「あの……いくら頼まれても、お師匠様とパーティーを解消するつもりはありませんからね? ま、ましてや、け、け、結婚なんて……」
「そのことなんですけれど」
ノティア様が僕とお師匠様の間に割って入って、僕の腕に絡みついてくる。
胸が腕に当たる。
鎖帷子やらでガチガチに守られたお師匠様の胸と違い、メチャクチャ柔らかい……ッ!!
「実は、伴侶のお話の方こそ大本命なのですわ。無論、実際に結婚に踏み切る前には、クリス君のことを、ちゃんと見極めさせて頂きますけれど」
「僕のことを……あぁ、【無制限収納空間】が有用かどうかってことですね?」
「うふふ。貴方は、あくまで自分のことを加護の付属品として見ている……謙虚な男性は大好きですわ」
お師匠様からは『しゃんとしろ』とか『自信を持て』とかさんざん言われているのに、相手が変われば意見も変わるものだなぁ。
「まったく、この国の男性ときたら!」
と、ノティア様が憤慨して見せる。
「どいつもこいつも驕り高ぶっていて、女と見れば性欲を満たす道具か、自分の面倒を見させて子供を産ませる道具くらいにしか見ていないんですもの」
「あ、あははは……」
……まぁ確かに、荒くれ冒険者たちには、そういうところがある。
かなり、ある。
「でも」
ノティア様が、ずずいと顔を近づけてきて、
「貴方は随分と違いますわね、クリス君」
僕は生まれてこの方ずぅ~~~~っとオーギュスや他のイジメっ子たちにイジメられてきて、その度に幼馴染のシャーロッテに助けてもらってきた。
僕が『女性』と言われて真っ先に思い浮かべるのはシャーロッテなわけで、でもそんな強くて頼もしいシャーロッテですら、猫々亭で男性客にお尻を触られたり罵倒されても、文句のひとつも言わずに粛々と働いているんだ。
そういう光景を目の当たりにして、そして上、冒険者になってからの一年以上、あらゆる男女の冒険者から徹底的に虐げられてきたものだから……僕の中では『僕以外の人は全員僕より上』という感覚が染みついてしまっていた。
『いた』というのは、近頃はそういう――お師匠様が言うところの――『負け犬根性』を矯正するように、お師匠様に鍛えてもらっているからだ。
貧しくて危険で毎日が死と隣り合わせのここ、辺境では、腕っぷしの強い男が一番偉く、それ以外の人たち――特に女性は、息を潜めて生きている。
もっとも、有能な女性冒険者に限ってはそうじゃない。彼女たちはちやほやされて引く手あまただ。
それもまぁ、当然と言えば当然だろう。
いつ大怪我を負うとも、死ぬとも知れない冒険者家業で、命を預けるに足る、命を賭すに足る女性を追い求めるというのは、冒険者の性なのだから。
「パーヤネン公国はそうではないのですか?」
「我が国は魔力至上主義ですから。たとえ夫婦でも、妻の方が魔力が高ければ妻が家父長になりますの」
「なんと……」
エルフ族が魔力至上主義なのは知っていたけれど、まさかそこまでとは。
「ですから、まぁ……わたくしのように魔法に秀でた女性というのは、公国では煙たがられるのですわ」
「――――……」
「そういう意味でも、あなたのように女性を蔑視せず、かつ自分より魔力が高くても忌避しない男性というのは貴重なんですの」
ノティア様が、ますます体を密着させてくる。
「これで【無制限収納空間】が我が国の血脈に取り入れるに足る魔法でしたら、是非とも子を成したいですわね」
「か、か、からかうのもいい加減にしてください!!」
僕が遠慮がちに体を押し返すと、果たしてノティア様は腕を離してくれた。
「本気なのですけれどねぇ」
「……………………終わったかい?」
空気に徹していたお師匠様が、ものすごく不機嫌そうな声で言った。
「さっさと山に行って水を汲んでこなきゃ、日が暮れちまうんだがねぇ」
「あら、これは失礼しましたわね、お嬢さん。でも、急いでいるなら【瞬間移動】を使えば良いのではないですの?」
「え、ノティア様、【瞬間移動】が使えるんですか!?」
【瞬間移動】は、遠いところに瞬時に移動できる奇跡のような聖級時空魔法だ。
「わたくしからすれば、お嬢さんが使えない方が意外なのですけれど」
お師匠様はぷいっとそっぽを向いている。可愛い。
「まぁいいですわ。あの山の――」
ノティア様が、北の方角にそびえ立つ山々を指差して、
「川がある場所でよいのですわよね?」
「あ、はい」
「では――【赤き蛇・神の悪意サマエルが植えし葡萄の蔦・アダムの林檎――万物解析】」
山の上空が、数秒ほど巨大で真っ赤な魔法陣で覆われる。
「見つけましたわ。ではお二方とも、私の腕なり服なりをつかんでくださいまし。【地獄の君主セアルよ・三千世界を瞬く間に移ろう翼の主よ・我を望む場所へ転送し給え】」
足元に白い魔法陣が浮かび上がり、すさまじい量の魔力が巻き上がる風となる。
「――瞬間移動】!」
――――気がつけば、僕らは山中に立っていた。
「……こ、これが【瞬間移動】!」
かなりの魔力を消費したはずだろうに、隣に佇むノティア様は顔色ひとつ変えていない。
水の音がする方を見てみれば、目の前に大きめの川が流れていた。
「ほれ、呆けてないでさっさと水を酌むよ」
お師匠様もまた、急に景色が変わったことに戸惑うでもなく、いつもの調子でそう言った。