「――クゼーション】! 【精神安定(リラクゼーション)】ッ!!」

「っは――」

 気がついた。

「状況は!?」

 飛び起き、膝枕してくれていたらしいノティアに問う。

「変わっていませんわ。クリス君が気を失っていたのも数分のことです」

「ありがとう。――皆さんッ!!」

 依然としてアリス・アインスと交戦中の前衛職の方々へ、全力で呼びかける。

「アリス・アインスの動きを止めてくださいッ!!」

「よっしゃぁああああああッ!!」

 フェンリスさんの強烈なシールドバッシュ!!

「ゥゥォオォオオオオオオオッ!!」

 そこにアスモデウス様の、聞いているこっちが気を失いそうなほどの【威圧の咆哮(シャウト・オブ・プレッシャー)】!!
 体勢を崩したアリス・アインスを、前衛職の皆さんが羽交い締めにする!!

 僕は、走る。

「【無制限(アンリミテッド)ォォォオオオッ!!」

 右手の平の一点に全魔力を集中し、

「【収納(アイテム)ゥゥゥウウウウッ!!」

 その手を、アリス・アインスの丹田に打ち付ける!!

「【空間(ボックス)】ッ!!!!」

 ぎゅるぎゅると魔力が吸い出される感覚。
 お師匠様の腹の中に眠る魔石を、確かにつかんだという感覚。
 あとはそれを、【収納】するだけ。

 だというのに――…

「ふ……はつ……?」

 アリス・アインスが僕の腹を勢いよく蹴り飛ばす!

「うげっ」

「――【治癒(ヒール)】!!」

 すかさずノティアが駆け寄って来て癒してくれる。

「魔力だ、魔力が足りない!」

「【魔力譲渡(マナ・トランスファー)】! ――あぁ……でも、わたくしもこれ以上はありませんわ」

「バルベラさん!」

「もうありません!」

「ベルゼビュート様!」

「【魔力譲渡(マナ・トランスファー)】――これで最後だ」

「あぁ……くそっ」

 足りない!
 さっきつかんだ感覚だと、僕の魔力が満タン近くなければ【収納】できる気がしない。

「何か、何か――」

 前衛組の方は、再び死闘が始まっているし、レヴィアタン様はその前衛が命の危機に瀕したときに退避させ、治癒し、また前線に送り込むというギリギリの仕事で、こちらを見る余裕はなさそうだ。

「何か――…」





「ありますわッ!!」





 ノティアが叫んだ。

「魔石ッ!! 飛翔レースの優勝賞品!! 先王アリソンの魔力が詰まった奇跡の石ッ!!」

「――――あッ!! 【収納(アイテム)空間(・ボックス)】ッ!!」

 目の前に、一抱えほどもある巨大な魔石が出現する。
 宵闇の中で、魔石は燃えるように真っ赤に輝いている。

 ノティアが、右手を魔石に、左手を僕の丹田に添えて、

「【吸魔(マナ・ドレイン)】――【魔力譲渡(マナ・トランスファー)】ッ!!」

 体中が熱くなる。
 燃えるように、熱い。
 自分の魔力では感じられないほど、熱く、体中を循環しているのが感じられる。

 神の、魔力。
 それがいま、僕の体を循環している。

 魔力は、あっという間に満タンになった。

「――――いってらっしゃい、クリス君」

「うん!」

 走り出す。

「うぉぉおおおおおおッ!!」

 己を鼓舞する為に、叫ぶ。
 そうでもしなければ、泣いてしまうかも知れなかった。

 僕に気づいたフェンリスさんが再びシールドバッシュを敢行し、お師匠様の体勢が崩れたところを、前衛組全員が【威圧の咆哮(シャウト・オブ・プレッシャー)】を叩きつけた。





 あれほど猛威を振るっていた暴風雨が、ぴたりと止まった。





 ゆっくりと倒れながら、お師匠様がこっちを見ている。
 僕はお師匠様のもとに駆け寄り、いまや仰向けに倒れたお師匠様の丹田に、その手を打ち付ける。

「【無制限(アンリミテッド)――」





 …………さようなら、お師匠様。





「【収納(アイテム)空間(・ボックス)】ッ!!」