「じゃあお師匠様、この調子でどんどん掃除していきましょう!」

 うきうきと提案する僕に、

「いや」

 お師匠様が首を振る。
 あ、でもニヤニヤ笑ってる。
 この顔は、何かを企んでいる顔だ。僕にもだんだん、この人のことが分かってきた。

「この辺り一帯を見下ろせる場所はないかい?」

「へ? 見下ろせる……と言えば、城壁の上がありますけど」

「儂らでも登れるのかい?」

「ええ。一般に開放されてますので」

「一般人を城壁に上げるなんて……この国は西の国と戦争中なんじゃなかったのかい?」

「休戦中ですよ」

暢気(のんき)なことさね。まぁ、儂に取っちゃ都合が良い。行くよ」

「はい!」


   ■ ◆ ■ ◆


 というわけで、一重目の壁――通称『内壁』の西にそびえ立つ尖塔へと登ってきた。

「はぁっ、はぁっ、お、お師匠様、早いです!」

「お前さん……冒険者なのに体力なさすぎやしないかい?」

「うわぁ~……ッ!!」

 壮大な景色だった。
『内西地区』が丸々望めて、その先には領主様のお屋敷でもある砦がそびえ立っている。
 眼下に広がる街並みに、『中央通り』と呼べるような一本道は存在しない。
 城壁の門から砦に向かうまでの道はジグザグと複雑になっているのが、上から見るとよく分かる。
 この街は戦時の最前線……つまり、砦に攻め込みにくくする為に、あえて道を複雑にしてるというわけだ。

 ここからは見えないけれど、二重目の城壁の内側は、二重目の城壁の門から一重目の城壁の門へ、貫くような中央通りがある。
 二重目の壁の内側には何で真っ直ぐな通りがあるかというと、それは休戦後に作られた道だからだね。

「登ったのは初めてなのかい?」

「はい。来る機会がなかったもので……」

「たまにはこうして、広い景色を見るのも悪くはないさね」

「はい」

「それじゃあ、始めよう」

 お師匠様が眼下の街に向けて杖を掲げ、

「【赤き蛇・神の悪意サマエルが植えし葡萄の蔦・アダムの林檎】」

 と、ここまで言って結びの句を唱えず、

「【隠蔽(ハイド)】」

 おもむろに、別の魔法を挟んだ。それから、

「【万物解析(アナライズ)】」

 なぜか、いつもの真っ赤な魔法陣が発生しなかった。

「あれ……?」

「当たり前さね。たとえ一瞬でも、ここら一体を魔法陣で覆ったりしたら騒ぎになるだろう?」

「あ、ナルホド……」

隠蔽(ハイド)】は魔法の発動準備時に発生する魔法陣なんかを隠蔽する魔法。
 それにしても、(せい)級魔法を待機させながら別の魔法を挟むなんて、お師匠様は本当にすごい。

 たぶん……街の冒険者の中では、最強なんじゃなかろうか。

「よし。じゃあ失礼するよ」

 お師匠様が僕のまぶたに触れて、

「【視覚共有(シンクロナイズド・アイ)】」

 眼下を見下ろすお師匠様の視界では、『内西地区』のおよそ半分――今回の依頼範囲である壁側の至るところが青白く輝いている。

「あとは、さっきと同じさね」

「……………………え?」

「だから、さっきと同じことを唱えな」

「えぇぇぇえええええッ!?」

 今から一ヵ所ずつ歩いて回るものとばかり思っていた。

「いやいやいやいや、いくらなんでも、あ~んな遠くのところにあるドブなんて遠隔【収納】じゃ届きませんって! それにここからじゃゴマつぶみたいにしか見えないし……間違って別のものを【収納】したりしたら大変だし……」

「大丈夫だ。知覚しているのはあくまで儂であって、こうやって視覚を共有させているのは、お前さんの【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】と儂の【万物解析(アナライズ)】を連結(リンク)させる為に過ぎない。お前さんは何も考えず、詠唱するだけでいい」

「ほ、本当に大丈夫なんですか!?」

「大丈夫さ」

「し、信じますからね?」

 お師匠様の命令には絶対服従。

「【万物解析(アナライズ)】によりて導き出されし、『除去すべき汚れ』を【収納】せよ――」

 丹田からずるずると魔力が吸い出されていく感覚。

「――【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】ッ!!」



















 ――お師匠様の視界から、『汚れ』を示していた輝きが一掃された。




















「信じ……られない…………」

「あはははっ! これだ! これさね!! これでこそ【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】だ!!」

 お師匠様が興奮した様子で笑っている。

「お前さんも見ただろう!? これだけ広範囲のものを一瞬にして【収納】する――まさに神の御業さね。【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】は最強の魔法! 儂の言った通りだったろう!?」