……戦場に、静けさが戻る。
 つんざくような射撃音は無くなり、軍人たちの姿もない。

「や、やった!! これで――…」





「何が、『やった』なんだい?」





 目の前に、アリス・アインスが立っていた。
 アリス・アインスはその手に持つ拳銃を僕に向け、

 タァーンッ!

「ぎゃあッ!」

 右の太ももが、焼けるように熱い!

「戦いは、これからが本番だって言うのに」

 また、目の前の景色が変わる。

「クリス君!?」

 ノティアの声が聞こえる……レヴィアタン様が【瞬間移動(テレポート)】で助けてくれた……?

「【赤き蛇・神の悪意サマエルが植えし葡萄の蔦・アダムの林檎――万物解析(アナライズ)】! あぁ……弾丸が入り込んでいる! 【視覚共有(シンクロナイズド・アイ)】! クリス君、弾丸を【収納】するのよ、頑張って!」

「はぁッ、はぁッ……【収納(アイテム)空間(・ボックス)】ッ!!」

「【大治癒(エクストラ・ヒール)】ッ!!」

 急速に痛みが引いていく。

「――相変わらず弱虫だねぇ、お前さんは!」

 アリス・アインスが敵陣から悠然と歩いてくる。
 前衛組が一斉に斬りかかるけれど、アリス・アインスにはまるで効かず、拳銃による逆襲を受けてしまう。

「取って置きを見せてやろう――【星降り(メテオ)】ッ!!」

 アリス・アインスが両手を振り上げた。
 途端、空の一点が真っ赤に燃え上がる!

「あぁ……あぁぁ……」

 燃え盛る星が、雲を割って落ちて来た。
 星はぐんぐんと大きくなる。ここ目がけて降ってくる!

「【収納】だ! 早く!」

 ベルゼビュート様の声で我に返り、無我夢中で魔力を振り絞る。
 星に向かって両腕を掲げ、

「【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】ッ!!」

 ――――果たして、星は姿を消した。
 頬は星が発していた熱の余韻を感じている。
 急に丹田が軋むような痛みを発し、

「がふッ……」

 吐血、した。
 全身が震える。

「あっははは!」

 金髪の魔女が嗤った。

「ほらほら、どうしたバカ弟子!? この通り、儂を殺さない限り、儂は止まらない! 儂を止めなければ、血みどろの戦争へ一直線さね!」





 …………こいつを殺さなければ、戦争になる。





 こいつは、敵。僕の敵だ。
 敵を……アリス・アインスを……殺す。
 その覚悟を、決めた。

「【首狩りぃ――」

 右手の平にありったけの魔力を乗せ、

「――収納(アイテム)空間(・ボックス)】ッ!!」

 ――――バチンッ!!

 アリス・アインスの首が輝く――抵抗(レジスト)された!
 まだだ!
 こいつは確か、『体表は【自動(オート・)魔法(マジカル)防護結界(・バリア)】が掛かっている』と言った。
 だったら頭部の内側をくり抜くまでだ!

「【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】ッ!!」

 ――――バチンッ!!

 やはり、抵抗(レジスト)される。

「あははっ! 内側からとは考えたねぇ! だけど残念。儂の体は全身がオリハルコン入りの特製超合金――それも、マスターたる魔法神アリスが直々に魔力を込めて強度を高めた一本さね。恐らく世界で最も固い物質だ。ただ、儂の体の中で唯一【収納】可能とすれば」

 トントン、と臍の下――丹田を()ついて見せ、

「ここ。ここにある、儂の(コア)たる魔石くらいだね。とは言え、未だ神級にも至っていないお前さんの【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】で、神の創造物たる儂の魔石を【収納】できるかな?」

 言って、アリス・アインスが銃口をこちらに向ける。

「させるかよッ!!」

 フェンリスさんの強烈なシールドバッシュ!!
 小柄なアリス・アインスの体が跳ね飛ばされる――が、すぐに飛び起きて、まるでダメージはなさそうだ。
 そんなアリス・アインスを取り囲みながら、前衛組が攻撃を加えていく。

「あははっ! 効かない言っているだろう! ――【竜巻(トルネード)】!!」

 アリス・アインスを中心に発せられる強風で、前衛組が吹き飛ばされる。

「ノティア!」

「【赤き蛇・神の悪意サマエルが植えし葡萄の蔦・アダムの林檎――万物解析(アナライズ)】! 【視覚共有(シンクロナイズド・アイ)】!」

 僕の求めにノティアが即座に応じる。
 目を閉じれば、ノティアの視界の中で、アリス・アインスの丹田――魔石が光り輝いている。

「【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】ッ!!」

 ――――バチンッ!!

 これでもダメか!!
 どうすれば……どうすればッ!!
 アリス・アインスは、『未だ神級にも至っていないお前さんの【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】で』と言った。
 敵の言うことだ。信じるに値するかどうかは分からない――…けれど!

 もし仮に、僕の【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】のスキルレベルが9――神級――に至れたとしたら?





 ――――たったひとつ、未だに謎なままのことがある。
 アリス・アインスが僕に【収納】させたがっていた『悲願』が、何なのか、ということだ。





「皆さんッ! 時間を稼いで下さい!!」

「何か策があるのかい?」

 僕の叫びに、ベルゼビュート様が即座に反応してくれる。
 話している間にも、前衛組はアリス・アインスの歩みを止めるべく波状攻撃を仕掛けている。

「【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】のスキルレベルを、いま、この場で、9にまで――神級にまで、上げます!」


   ■ ◆ ■ ◆


「【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】――【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】――【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】――」

 戦場はアリス・アインスの【大嵐(テンペスト)】による暴風雨が吹き荒れ、時折、まともに触れれば手足が吹き飛びかねない強烈な風の刃がアリス・アインスから放たれる。
 それを前衛組が死力を結して押し留め、バルベラさんが前衛組の傷を癒している。

 僕は少し離れた場所から、アリス・アインスの体――あいつの言うことが本当ならば、世界で最も固い物質――の【収納】を試み続けている。
 何度やっても抵抗(レジスト)される。
 その都度、ごっそりと魔力を失い、丹田が傷つく余り僕は吐血し、ベルゼビュート様とノティアに【魔力譲渡(マナ・トランスファー)】と【(エクストラ)治癒(・ヒール)】を掛けてもらう。
 でも、これでいいんだ。
 スキルは負荷をかければかけるほど成長する。
 いまの僕の、スキルレベル8の【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】をもってしても【収納】できないアリス・アインスを【収納】し続けようと試みることで、僕のスキルは空前の負荷を受け続ける――スキルが成長する。

 …………どのくらい、そうしていただろうか。
 そのときは、来た。

「【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】――あぐっ!!」

 頭を内側から殴りつけられたみたいな猛烈な痛みとともに、目の前が真っ暗になった。