洗い物を終える頃、田中さんは再び僕のもとにやって来た。


「ごめん、今日は早めにライブ配信があるんだ」

「わかった。明日の朝ご飯を作り置きしたら帰るよ」

「隣の部屋空いてるから、別に居てくれても構わないよ」


間違ってもそんなことはしてはいけない。

もし配信中に誰かが部屋にいることが見つかれば、動画の向こうにいる人間がどう反応をするかは大体想像できる。休職を全面に押し出している彼女の動画の視聴者の中にろくな人間なんていないだろう。


「いや、さすがに隣でも部屋に人がいるのはまずいんじゃないかな。雰囲気って伝わる人には伝わるし」

「そうかなあ」

「田中さんは”引きこもり”を売りにしてるんだから、気を付けないと。また何冊か漫画借りてくね」

「はーい」


田中さんはまるでお母さんに言いくるめられた五歳児のように自分の部屋へと帰っていった。

味噌汁を作り置きしてから炊飯器のスイッチを入れ、本棚にある読みかけの漫画を手に取る。玄関まで送ろうとしてくれる彼女を部屋で制止し、足早に退散する。

部屋に戻り、パソコンの画面を開く。

彼女のチャンネルを開いてみると、今日発売されたゲームの実況配信をしていた。ゲーム配信の時はアバターが彼女の代わりになって動いてくれているから、僕は少しだけ安堵する。

本人もアバターを使っている方が話しやすいのか、言葉使いが少し過激になっているのが気になったが、肩の力が抜けている証拠だと前向きに捉えておく。

容姿端麗な田中さんは画面に映るだけでも十分な需要があることはチャット欄を見てすぐにわかった。

彼女のトークは会社への不満を抱えている人の代弁の役割を果たしていたため、見る人によってはそれに快楽を感じることもあるだろう。

ただ、自分を弱者に仕立てて味方を増やすやり方は、何というか、見ているこちらが苦しくなる。

学生時代の田中さんの性格を知っている僕は、彼女は知らず知らずのうちに行き止まりの方向に進んでいるように見えてしまう。

けれど、それを否定することはできないし、止めることはできない。

動画配信は今の彼女が唯一()(どころ)にできる場所なのは間違いない。

それに、もし動画配信でまとまった収益を手に入れることができれば、きっと新しい選択肢も生まれるはず。

それまで今の状況や環境を利用すればいい。休職手当は考えようによっては有効活用できる。

休職は一定期間だけだと思うかもしれないが、手当の受け取り期間が終了する頃にリハビリ出社をし、その後再び症状が悪化したと診断書を提出すれば簡単に休職延長ができる。

職場の人間からは出社した際に白い目で見られたり、腫れものに触るような対応をされたりもするが、そういう経験も彼女のチャンネルで養分にしてしまえばいい。

配信は流したまま軽く部屋の掃除をして風呂に入る。入念に髪を乾かしてからすぐに布団に入り、彼女の声を聞きながら一日を終える。