11月に入ると、本格的な寒さが身に染みる。

海猫堂で大友さんに講義をしてから、僕らは週に1度海猫堂に集まることが定常化していった。

テーマをいくつか考え、それをもとに大友さんが簡単な文章を書いてきて、それを添削する。

いまだに物を教える立場の自分への嫌悪感は拭えていないが、大友さんを利用して自分自身を成長させる為だと自分に言い聞かせると、意外とすんなり受け入れることができた。

遅番で出勤してすぐ、レジを担当している大友さんに声をかける。


「大友さん、バックヤードで返品作業をしてくるね」

「わかりました」

「藤野店長は休憩に出てるから、何かあったらすぐに呼んで」

「お客さん少ないんで、多分あたし一人で捌けますよ」


遅番で入る午後4時になると、藤野店長は一時間の休憩に入るため、店内には僕と大友さんの2人だけになる。平日のこの時間帯はあまりお客さんが訪れないため、僕らだけでも十分対応できるのだ。

基本的に大友さんがレジを担当し、僕が早番の人から引き継いだ品出しや返品などを担当する。

レジが混んできたり、お客さんが混んできた時は、レジ下に設置されたボタンを押せば店内にチャイムが鳴り響き、僕が大友さんのところに駆けつける体制となっている。

平日のシフトに入っている山井さんが腰を痛めて長期離脱をすることになってから、僕と大友さんは勤務時間が被ることが増えた。

最初はぎっくり腰だと聞いていたが、後に入院が必要になるくらい重症だと連絡があった時は、もう戻ってこないかと本気で心配した。

幸い山井さんは数日で退院することができたが、重い荷物を運ぶ書店での仕事をすぐに復帰できるわけでもなく、僕とベテランスタッフの五十嵐さんで山井さんの分のシフトを埋めることになった。

たかだか本ごときでと思うかもしれない。たしかに文庫本やコミックなどは1冊の重みなんて知れたものかも知れないが、ハードカバーの単行本や専門書になると、手に取った瞬間それなりの質量を感じるはずだ。分厚い辞書なんて、軽い鈍器と言っても良い。

そんな本を段ボール一杯に詰め込むと、その重さは軽く10キロ以上を超える。バックヤードでは、そんな書籍が詰め込まれた段ボールが山積みにされている。

今からこの段ボールひとつひとつを紐で縛り、伝票を貼り付けていく。これがなかなの重労働で、気をつけなければすぐに腰を壊す。


「あ、五十嵐さん。お疲れ様です」

「お疲れ」


バックヤードに行くと、早番で入っていた五十嵐さんが空の段ボールを片付けていた。


「その段ボール、返品で使うので、そのままで大丈夫です」

「そう。じゃ、あとはよろしく」


必要最低限の言葉を残して、五十嵐さんはすぐにバックヤードを後にする。

五十嵐さんは藤野店長よりさらに歳が一回り上のスタッフだ。

細身で長身、白髪の見た目と、必要最低限のことしか話さない寡黙な人だから、初対面だとかなり身構えてしまう。

実際五十嵐さんは、大友さんや一ノ瀬さんからはかなり距離を置かれているのも事実だ。無愛想な人間は、敏感な人間から敬遠されがちなのが残念なところでもある。

ただ、五十嵐さんはこちらから話しかけると割と丁寧に答えてくれたり、さり気なく仕事を手伝ってくれたりする気配りができる人でもある。だから僕は仕事でわからないことは基本的に五十嵐さんに尋ねるようにしている。

五十嵐さんは元々大学を卒業して別の書店で働いていた。店長経験もあるため、この業界の大ベテランだ。そんな大ベテランがなぜ今このお店で働いているのかと気になっていたら、以前働いていた書店が倒産してしまったからだと藤野店長がこっそりと教えてくれた。

直接年齢を尋ねることは恐れ多くて出来ないが、見た目から推測すると、おそらく僕の父親と同じくらいの年齢だろう。

大変失礼だが、無口な五十嵐さんを見ていると、数十年後の自分の姿なのではないかと思うことがある。