……どうしよう、全然集中できないな。私は諦めて手を止め、中庭を見つめる。私より頭のいい人が近くにいると思うとなんとなく気が散る。私はしばらく頭の中で考えを巡らせた。
三上君、私はあまり図書館で見かけることはないけど、今日はどうしたのだろう。
部活、入ってなかったっけ。生徒会とかないのかな。
そもそも、塾行ってるならそっちの自習室もあるだろうに、何であえてここの図書館に来ようと思ったんだろう。何か事情があるのかな。
「……水瀬さん?」
「……え、あ、えぇと。何ですか」
あ、考え事をしていて気が付いたら声をかけられていたから驚いて思考が停止してしまっていた。
しかし、彼はそんな私の様子を見て楽しそうにこう言った。
「水瀬さんって頭いいはずなのにちょっと抜けてて、面白いよね。あ、もちろんいい意味で」
「それは、どうだろうね」
「いや、俺今日も見てたよ、昼休みぼーっとしてたの。もう意識だけ別世界行っちゃってるみたいな感じだった」
「ほんとにいい意味で言ってますかそれ……」
確かに、友人に「沙弥ちゃんって天然だよね」と言われることもなくはないが、それは友達同士の軽いものだし、何より、彼からそんなことを言われるなんて心外だ。
「というか、『頭いいはずなのに』って言ったけど、私、三上君ほど頭良くないですよ」
「本当に?でも俺は水瀬さんが頭いいって知ってますよ」
「誰から聞いたんですか?」
「聞いたわけじゃないけど、なんとなく。授業中先生に当てられたときとか、あぁ、頭良いんだなって思うような解答ばっかりだから」
「それは……。ありがとうございます」
そうか、私、三上君から見てもちゃんと頭がいいって思ってもらえてるのか。
金銭的に塾に行くのが難しくて、遠回りしながらも地道にコツコツと自分で勉強してきたけど、私に自覚がなかっただけで、着実に成果は現れているのかもしれない。彼にそう言われると今まで私の努力を認められた感じがして、素直に嬉しかった。
「まあ、俺はむしろ水瀬さんのほうが勉強できる人だと思ってますよ」
「私が三上君より?それはいくらなんでも違うんじゃないかな」
何を言っているんだろう。私は決してすごくない。なんというか、私は彼とは違う気がする。彼には才能があるが、私はそうじゃないからこうしてたくさん勉強するのに。
しかし三上君の答えはいたって真面目なものだった。
「いいや、俺は水瀬さんはすごいと思うし、本当に尊敬してるよ。だって、水瀬さんはとことん努力をしている人だから」
すごい。尊敬。どうしてそんなに私のことを褒めるのだろう。私にそんないいところがあっただろうか。
もちろん、そう言ってもらえるのはありがたいし、嬉しいが、さすがに私も反論する。
「ありがとう。でも、私はすごくない。努力なんて誰でもできるよ。だから努力していることはそんなに尊敬されることじゃない」
私はそう言ったのに、彼はそんな私の考えをはっきり否定した。
「いいや、そんなことない。努力なんて誰にでもできるようなことじゃないと思う。……努力ってさ、終わりが見えねぇじゃん。やってらんないよなぁ。世の中、才能って言われるような、生まれながらにして一点集中型の強みを持った天才たちがたくさんいるわけだけど、水瀬さんはその中を『努力』っていう、すごく地道な積み重ねだけで対抗してる。それってめっちゃカッコよくね?でもそれはすごく根性がいることだし、簡単には真似できない。もちろん俺も。だから俺は水瀬さんのこと、尊敬してるって言ったんだ」
本日二度目の尊敬だ。さすがにここまで言われると照れくさくなる。私は自分の長所もろくに挙げられないのに、三上君はそれらをいとも容易く列挙する。
それに、私は今までずっと、自分なんて特別じゃないとか、自分は頑張ることしかできないとか、そんな自分が惨めだとか、そう思っていた。けど――。
「――ありがとう」
「こちらこそ、どういたしまして」
もしかしたら、私って案外カッコいいのかもしれないな。