騒がしい昼休み、私が教室で一人参考書を開いていると、教室の前方で話をしていた男子たちからこんな会話が聴こえてきた。
「渚ってほんと頭いいよな!」
「いや、そんなことはねーから」
クラスメイトの三上渚がはにかみつつそう答える。いかにも人生が充実していそうなオーラを纏った彼は私からしたら思わず目を細めてしまうくらい眩しい。
ぐっと胸が痛む。こういう系の話は好きじゃない。しかし、ただの傍観者にすぎない私を気に止めるはずもなく彼らは話を続ける。
「いや!絶対頭良い」
「っていうか、渚ってあの塾に通ってるんだよな?」
「マジ!?あそこって成績良い人しか入れねぇんだよな?」
そうだ、あの塾は入塾でさえ難しい。その狭き門を通り抜けたということは、彼は頭が良いに違いないのだ。それに、この高校はそれこそ頭の良い人たちが通う高校だが、それでも入塾できる実力があるのはほんの一握りだろう。
彼は照れくさそうに口にする。
「そんな大したもんじゃない。入るときだって、ちょっとしたテストがあるくらいだし。それに、上には上がいる」
「おぉー。さすが、成績上位者常連は次元が違うな」
周囲の人たちは口々に彼を称賛する。しかし彼はそんなおだてに調子に乗ることもなく終始謙遜を貫いていた。
しばらくして彼は先生に呼ばれて教室をあとにした。なんでも、生徒会で活動しているらしい。まだ一年生なのに先輩方に混じって活動しているなんて、その行動力は一体どこから来るのだろうか。絵に描いたような優等生すぎてめまいがする。
教室から出ていったあと、残された彼らのうち一人がため息混じりに呟いた。
「にしてもすげぇよなぁ。羨ましい」
「だよなぁ。渚の両親弁護士らしいし、やっぱり多少遺伝はあるんだろうな」
「それマジ!?あいつの家、超エリート一家だったのか」
両親が弁護士。その現実にぐっ、と心が痛む。私とは住む世界が違いすぎる。私は今もこうして参考書を開いていないとそこに食らいつくことさえできないというのに。
でも私にとって、才能があること自体は羨ましいことではない。天才との間の足りない才能は案外努力でどうにかなる。
私が本当に羨ましいのは、生まれながらに裕福なことだ。これは個人の努力では簡単には覆らない。
考え事をしていたら、休憩時間はとっくに終わってしまっていた。途中で集中が途切れたのか、結局、参考書は一ページも進まなかった。