ぞうさんの歌なんて十年ぶりかもしれない。耀は中瀬と手を繋いで童謡を歌う自分が信じられない。どこまで突き進んでしまうのか、ドキドキとそれが癖になってきている。
おぼろげに幼稚園のことを思い出し、中瀬と一緒にゾウの絵を描いていた記憶が蘇ってきた。
絵を描くことが好きで、イメージが膨らむと我を忘れてしまう耀。想像したことは実際に見ているように感じてしまう。想像力の中に飲み込まれて、しばらくは現実に帰ってこられないことがよく起こっていた。
ピンクのゾウが見えるといったのは自分の感覚のことを言ったに違いない。子供のときの脳ってありえないことを本当のことのように思い込める純粋さがあった。それが例え周りが嘘といっても、耀は一度信じたものを否定するなんてありえなかった。
耀はその時のことをはっきりと思い出せないけど、それを中瀬が覚えていてくれたことが嬉しかった。耀は中瀬を庇っていた、男らしく……そこまでは言い切れるかわからないけど。だけど、今それが誇らしくなってくる。
ずっと自分は価値がないと思って生きてきた耀。そこに少しだけ日が差して役に立っていた自分を見出せた。
『いつからそんなおどおどするような人になったの?』
中瀬のいった言葉が後になって突き刺さってくる。
それは小学生のとき、友達が耀の悪口を言っているのを聞いてしまったからだった。
「坂内ってつまらないよな」
「自分の世界に入り込んで馬鹿みたいだし」
「あいつ時々何を考えてるのかわかんないときがあって、気持ち悪いよな」
学校の帰り、後ろに耀がいるのを知らないで話していた。
子供たちにはよくあることかもしれない。ひとりが言えばチェーンリアクションで同じように悪く言ってしまう。
それでも言われた方はとても傷つく。そして次の日、普通に耀と接してくる。だけど心の中では耀を嫌っていると思えば、耀は怖くなってしまう。今どんな風に思われているのだろう。もしかしたら嫌なのを我慢しているのかもしれない。自分は嫌われている。一度そう思ってしまうと耀は不安になってまともに人と接することができなくなっていった。
気がつけば自ら殻に閉じこもり、自尊心も傷ついて、誰ともかかわりたくないと人付き合いを嫌がるようになってしまった。それがおどおどと呼ばれる要因だった。そうなると、初めて合った人にも印象が悪くなる。また嫌われたと思い込む。そんなことを幾度と繰り返してきた。
中瀬にそのことを言ってみようかと視線を向けると、向こうから先に話しかけてきた。
「ねぇ、ぞうさんの歌の意味を知ってる?」
「ぞうさんの鼻が長くて、お母さんが好きっていうただのぞうの歌でしょ?」
「私ね、お母さんをお父さんに変えて歌ったことがあるんだ。だってなんか不公平でしょ。お父さんぞうだって鼻が長いし、好きって言ってもらいたいじゃない」
中瀬は主張する。
「それはそうだけど」と戸惑う耀。
「じゃあ、なんでお母さんだけなんだろうって思うでしょ」
「それはぞうさんの側にお母さんがいつもいたってことじゃないの?」
「じゃあ、なんでお父さんは側にいてくれないのよ!」
中瀬は納得がいかなさそうだった。
「だってそういう歌だからじゃないのかな」
どう答えていいかわからない耀は恐々と中瀬の様子を窺う。
「屁理屈だと思ったでしょ。そこは私の問題だからいいんだけど、本当はね、ぞうさんの歌には深い意味があるんだよ」
「深い意味? どんな?」
「じゃあ、もう一度、ぞうさん歌おうか。せーのー」
中瀬につられて、意味を考えながら耀も歌う。
礼子先生は誇らしげに耀たちを見つめ楽しそうにしていた。中瀬もいつもと感じが違っている。中瀬ってこんなにかわいかったっけ?
いつも目が合うと睨まれて怖いと思っていた耀にとって、子供っぽく無邪気に笑う中瀬が別人のように見えていた。
そして自分もすんなりと中瀬と話していることに気がついた。中瀬のあんな笑顔を見たら世界がファンタジーに変わった気分だ。
ピンクのゾウが見えるのだから、きっと今だけはファンタジーの中で過ごしているのかもしれない。
これはもしかしたら礼子の世界で、耀も中瀬も幼稚園児に戻ってピンクのゾウと冒険している途中だ。
二番目のぞうさんの歌詞で、誰が好きかと聞かれたら、耀は『モモちゃんが好きなのよ♪』歌ってみたくなった。
そういえば、幼稚園のとき耀は中瀬をモモちゃんと呼んでいたことを思い出した。
「どう、歌詞の深い意味がわかった?」
歌い終わったあと、中瀬に聞かれ耀ははっとした。
「あれ? えっとなんだっけ?」
自分の世界に入り込むと周りが見えなくなる耀。
「だから、ぞうさんの歌の本当の意味」
「えっと、それは……」
雑念が入り、歌詞の奥深い意味など耀にはわからない。
「坂内君のことだよ」
「えっ? 僕のこと?」
鼻が長い? もしかして中瀬のことを考えて鼻の下が伸びていたとか?
耀は急に恥ずかしくなって下を向いてしまった。
おぼろげに幼稚園のことを思い出し、中瀬と一緒にゾウの絵を描いていた記憶が蘇ってきた。
絵を描くことが好きで、イメージが膨らむと我を忘れてしまう耀。想像したことは実際に見ているように感じてしまう。想像力の中に飲み込まれて、しばらくは現実に帰ってこられないことがよく起こっていた。
ピンクのゾウが見えるといったのは自分の感覚のことを言ったに違いない。子供のときの脳ってありえないことを本当のことのように思い込める純粋さがあった。それが例え周りが嘘といっても、耀は一度信じたものを否定するなんてありえなかった。
耀はその時のことをはっきりと思い出せないけど、それを中瀬が覚えていてくれたことが嬉しかった。耀は中瀬を庇っていた、男らしく……そこまでは言い切れるかわからないけど。だけど、今それが誇らしくなってくる。
ずっと自分は価値がないと思って生きてきた耀。そこに少しだけ日が差して役に立っていた自分を見出せた。
『いつからそんなおどおどするような人になったの?』
中瀬のいった言葉が後になって突き刺さってくる。
それは小学生のとき、友達が耀の悪口を言っているのを聞いてしまったからだった。
「坂内ってつまらないよな」
「自分の世界に入り込んで馬鹿みたいだし」
「あいつ時々何を考えてるのかわかんないときがあって、気持ち悪いよな」
学校の帰り、後ろに耀がいるのを知らないで話していた。
子供たちにはよくあることかもしれない。ひとりが言えばチェーンリアクションで同じように悪く言ってしまう。
それでも言われた方はとても傷つく。そして次の日、普通に耀と接してくる。だけど心の中では耀を嫌っていると思えば、耀は怖くなってしまう。今どんな風に思われているのだろう。もしかしたら嫌なのを我慢しているのかもしれない。自分は嫌われている。一度そう思ってしまうと耀は不安になってまともに人と接することができなくなっていった。
気がつけば自ら殻に閉じこもり、自尊心も傷ついて、誰ともかかわりたくないと人付き合いを嫌がるようになってしまった。それがおどおどと呼ばれる要因だった。そうなると、初めて合った人にも印象が悪くなる。また嫌われたと思い込む。そんなことを幾度と繰り返してきた。
中瀬にそのことを言ってみようかと視線を向けると、向こうから先に話しかけてきた。
「ねぇ、ぞうさんの歌の意味を知ってる?」
「ぞうさんの鼻が長くて、お母さんが好きっていうただのぞうの歌でしょ?」
「私ね、お母さんをお父さんに変えて歌ったことがあるんだ。だってなんか不公平でしょ。お父さんぞうだって鼻が長いし、好きって言ってもらいたいじゃない」
中瀬は主張する。
「それはそうだけど」と戸惑う耀。
「じゃあ、なんでお母さんだけなんだろうって思うでしょ」
「それはぞうさんの側にお母さんがいつもいたってことじゃないの?」
「じゃあ、なんでお父さんは側にいてくれないのよ!」
中瀬は納得がいかなさそうだった。
「だってそういう歌だからじゃないのかな」
どう答えていいかわからない耀は恐々と中瀬の様子を窺う。
「屁理屈だと思ったでしょ。そこは私の問題だからいいんだけど、本当はね、ぞうさんの歌には深い意味があるんだよ」
「深い意味? どんな?」
「じゃあ、もう一度、ぞうさん歌おうか。せーのー」
中瀬につられて、意味を考えながら耀も歌う。
礼子先生は誇らしげに耀たちを見つめ楽しそうにしていた。中瀬もいつもと感じが違っている。中瀬ってこんなにかわいかったっけ?
いつも目が合うと睨まれて怖いと思っていた耀にとって、子供っぽく無邪気に笑う中瀬が別人のように見えていた。
そして自分もすんなりと中瀬と話していることに気がついた。中瀬のあんな笑顔を見たら世界がファンタジーに変わった気分だ。
ピンクのゾウが見えるのだから、きっと今だけはファンタジーの中で過ごしているのかもしれない。
これはもしかしたら礼子の世界で、耀も中瀬も幼稚園児に戻ってピンクのゾウと冒険している途中だ。
二番目のぞうさんの歌詞で、誰が好きかと聞かれたら、耀は『モモちゃんが好きなのよ♪』歌ってみたくなった。
そういえば、幼稚園のとき耀は中瀬をモモちゃんと呼んでいたことを思い出した。
「どう、歌詞の深い意味がわかった?」
歌い終わったあと、中瀬に聞かれ耀ははっとした。
「あれ? えっとなんだっけ?」
自分の世界に入り込むと周りが見えなくなる耀。
「だから、ぞうさんの歌の本当の意味」
「えっと、それは……」
雑念が入り、歌詞の奥深い意味など耀にはわからない。
「坂内君のことだよ」
「えっ? 僕のこと?」
鼻が長い? もしかして中瀬のことを考えて鼻の下が伸びていたとか?
耀は急に恥ずかしくなって下を向いてしまった。