「別に文句ないよ。ってか普通に面白かったし」
素直な感想とともに渡されたスマホを返す。
いいね押しとくね、と自分のスマホでも同じページを開いた。
「面白いんだったら何でランキングが低いのよ!」
「他人の意見ばっかり気にしたらダメだって」
「……それは分かってるけど」
あからさまにしょげるので、私は良いと思うよ、と付け足した。
「すいませーん。ラテを一杯お願いします」
カウンターに向けて声をかける。
他にお客さんはいないので、私と優花の貸し切り状態だ。
「はーい。凛子ちゃん、いつも優花とありがとう」
「いえいえ、そんなお礼を言われるようなことはしてないです」
そして、この古民家カフェを経営しているのが優花のお母さんだったりする。
高台の上にある築七十年以上の建物を改造したこの建物は、温かみがあり、窓から見える景色がとても良い。
「なんかさぁー、最近お客さん少なくない?まあ、おしゃべりがしやすくて良いんだけど」
「あら優花、そんなこと思ってたの?全部聞こえてるわよ。お母さん悲しいわ」
優花のお母さんの顔は笑ってはいるものの、声は一切笑っていない。
優花は小さく身震いをした。
そして、当たり前の親子の会話に心が温かくなる。
「いいね、押せたよ」
とスマホの画面を優花に見せた。
「私、凛子とお母さん以外にいいねを押してもらったことないんだけど」
「まあ、日々の積み重ねじゃない?」
「日々の積み重ねって。これで投稿するの十作品目だよ。五十位以上のランキングになったことないんだけど」
「焦らない、焦らない。数撃ちゃ当たるの世界じゃないでしょ」
優花の将来の夢は小説家になることだ。新しいお話が出来ると一番に読ませてくれる。
「中学校の時に書いたのはアップしてるの?」
「ううん。あまりにもひどいからアップしてない」
「えー?面白かったよ。私が初めて読んだ、あの……」
「それ以上は言わないで!」
耳まで赤くなっている。相当な黒歴史のようだ。
中学生の時からの仲の私達。高校生になってから、ある小説投稿サイトに小説を投稿し始めた優花の唯一の悩みは順位が伸びないことだ。
花咲優というペンネームで活動している。
「あらすじの書き方とか題名とかがダメなのかなぁ」
「あらすじの書き方は改善しようがあるかもしれないけど、題名は自分が良いと思ったものでぶつけないと。そこ替えたら、優花の作品じゃなくなるよ」
「うーん……」
優花の脳がリフレッシュを求めたのか、テーブルに置かれていた冷たいウーロン茶を一気に飲み干す。
奥の方でゴソゴソと作業をする音がする。ラテを作ってくれているのだろう。ここのラテは格別だ。一人一人のお客さんにとっての黄金比で提供してくれる。
「私、小説よりも漫画派だから今どきの作品がどんなのかが分かんないんだけど、思ったこと言って良い?」
「もちろんでございますとも!」
改まった返事が少しおかしくて、プッと噴き出してしまった。
「本屋さんで漫画買う時、小説の新刊が置かれてるところの前を通るんだけど」
「あー、レジの横だから見ずには通れないだろうね」
「うん。でね、コミカライズ化されている小説の新刊が置いてあったの」
「あーそれ?確か実写化もされるんだよね。題名が……何だったけ?」
「うーんとね……私も忘れた」
お前も忘れとんかーい、と鋭いツッコミが入る。
「話題がそれちゃった」
一度小さく咳払いをすると、私は本題に入った。
「死がどうたらこうたら、とか余命がどうたらこうたら、みたいなお話が多いなって思って。優花の書くお話はアットホームで、最近の若い人が求めてるのとは違うのかなーって。自分達も若い人だけど」
優花は眉を下げて苦笑いする。
「そーなんだよね。それは自覚してる」
「だったらどうして書かないの?」
うーん、と優花が首をひねる。
もちろん、作者である優花が納得のいく作品を投稿してほしい。それでも、友達として良い結果を残して欲しいという思いはある。小説の世界はよくわからないけれど、デビューするのは簡単なことではないということぐらいはさすがに分かっているので、手放しで優花の作品を褒めているのではない。本当に優花の作品は面白いのだ。
初めて優花の作品を読んだのは、事故で起きたシチュエーションによってだった。
中学生の初めの頃。やっとクラス全員の顔と名前が一致した頃だ。
私の所属していた吹奏楽部は、過去に何度も優勝しており顧問の先生も本気で指導していた。
『疲れたー』
『校門までだけど一緒に行かない?』
『良いよ!荷物取ってくるからちょっと待ってて』
部活友達と仲良く話しながら教室に向かう。
中学校生活にも慣れてきた。部活帰りは眠たすぎて勉強どころではない日もあるけれど、何とかやっている。
ピロリロリン、と下校を促す音楽がなった。
少し急ぎ気味に教室のドアを開けた。
私以外誰もいない。
静かな教室が余計に私を急かす。
荷物を背負うと教室を後にしようとした。
前の席の机に、一冊のノートが開いたまま置かれているのを見つける。
『優花ちゃん、だったっけ』
そのノートにはぎっしり文字が詰まっている。視力が悪いので内容までは分からない。
近づいて書かれている文字を目で追った。頭の片隅では早く帰らないと、と思いつつ目を離すことは出来なかった。
『何これ?』
面白い。素直にそう感じた。
今流行りの内容ではないけれど、少ない文字数でここまで読んだ人を感化させることができるのは凄いことだと思う。
そういえば、優花ちゃんは授業中、一生懸命シャーペンを動かしている。もしかすると物語を書いているのかもしれない。
他にはないのかな、と興味本位でページをめくった、その時だった。
勢いよく教室の扉が開く。
『っ、もしかして見た?』
怒りというより、恥ずかしいという方があっているその表情。
ハンカチを手に握っていたので、お手洗いに行っていたのかもしれない。
『優花ちゃん、ごめん。見たらまずかった、かな?でも、面白かったよ』
私にずんずんと近づいて来ると、開かれていたノートを勢いよく閉じた。
『もっと詳しい感想、教えてよ!』
『う、うん』
勢いに負け、一緒に帰る約束をしたのに頷いてしまった。
そこで連れてこられたのが、優花のお母さんが経営している古民家カフェという訳だ。
新しいお話が完成するたび、ここで感想の尋問にあう。
「そういう余命系のジャンルを書かないのって理由があるの?」
「理由って言うよりも、どこか心に引っかかるところがあるんだよね。中学生の時、余命系のお話を書いたことあるんだ」
うん、と静かに相槌を入れた。
「でもなんかさぁ、そういう作品を簡単に書いちゃうのってどうなんだろう、って思ってるの。余命系のお話を書く作者さんを否定する訳じゃないよ。『命』って言う重いテーマで、読者の私達にとても心に余韻を持たせてくれるし。死んじゃった、悲しい、だけで終わらせるんじゃなくて、そこから考えさせられるものもある。私だってよく読むもん」
一度言葉に区切りをつけた。次に何を話すかを頭の中で整理しているのだろう。
優花はゆっくり口を開いた。
「でも自分が書くとなると、とっても重い『命』についてのお話を受け止めれるのかな。私はその自信がなかった。だからもうそのデータは残ってないよ。捨てちゃった」
「優花はそんなこと考えながらお話を書いてたの?大人になったわねぇ」
「お、お母さん⁉いつから聞いてたの?」
優花の質問に、優花のお母さんは笑うだけだった。
「はい、凛子ちゃん。ご注文のラテです。お得意様限定サービスで、今日は無料でーす」
「本当ですか?ありがとうございます!」
優花のお母さんに軽く頭を下げると、前に置かれたラテを一口飲んだ。
「美味しい!」
「凛子。思ってないこと言わないんで良いんだよ」
からかわれたことを根に持っているのか、不満そうな顔で私にそう言ってきた。
「嘘じゃないって。本当に美味しいもん」
カップを優しく包み込む。
窓の外に見える水平線。太陽が段々沈み始めた。
優花のお母さんが閉店作業に入る。
「どうしよう?今日中にこの悩み解決したかったんだけど」
「悩みは一日で解決させるものじゃないでしょ。優花は焦り屋さんだなぁ。優花は、優花の書きたいお話を書けば良いんだよ。自分が本当に書きたかったお話以外で人気が出たって、優花は嬉しい?私は嫌だ。モヤモヤするし。優花の書きたい話でしか輝けない、優花の文章力だってあるんじゃないの?」
優花の顔が明るくなったように見えた。
「そうだよね!分かった!凛子、今回もありがとう」
「楽しんで小説書いてね」
「もちろん!今いい案が浮かんだの!古民家カフェを舞台にしたお話。どうしよう、早く書きたくて仕方がない!」
優花は自分の荷物を持つと、隣接している家に帰って行った。
行っちゃった、と私は唖然と見送る。
「ごめんね、自由人で。自分がしたいと思った時に出来ないと気が済まないみたいなの」
「優花のお母さん、優花はあれでないと」
「それもそうね」
二人でクスッと笑う。
自分の事で笑われているとは気づいていないだろう。
パソコンに向かって、必死にタイピングする優花を想像する。
「ラテ、ごちそうさまでした。また来ます」
「いつでも来てね」
「はい」
カフェを出て、優花の家の前で立ち止まる。
優花の部屋の窓から漏れる光を見つけた。
「花咲優先生、頑張れ」
私は小さな声でエールを送った。
素直な感想とともに渡されたスマホを返す。
いいね押しとくね、と自分のスマホでも同じページを開いた。
「面白いんだったら何でランキングが低いのよ!」
「他人の意見ばっかり気にしたらダメだって」
「……それは分かってるけど」
あからさまにしょげるので、私は良いと思うよ、と付け足した。
「すいませーん。ラテを一杯お願いします」
カウンターに向けて声をかける。
他にお客さんはいないので、私と優花の貸し切り状態だ。
「はーい。凛子ちゃん、いつも優花とありがとう」
「いえいえ、そんなお礼を言われるようなことはしてないです」
そして、この古民家カフェを経営しているのが優花のお母さんだったりする。
高台の上にある築七十年以上の建物を改造したこの建物は、温かみがあり、窓から見える景色がとても良い。
「なんかさぁー、最近お客さん少なくない?まあ、おしゃべりがしやすくて良いんだけど」
「あら優花、そんなこと思ってたの?全部聞こえてるわよ。お母さん悲しいわ」
優花のお母さんの顔は笑ってはいるものの、声は一切笑っていない。
優花は小さく身震いをした。
そして、当たり前の親子の会話に心が温かくなる。
「いいね、押せたよ」
とスマホの画面を優花に見せた。
「私、凛子とお母さん以外にいいねを押してもらったことないんだけど」
「まあ、日々の積み重ねじゃない?」
「日々の積み重ねって。これで投稿するの十作品目だよ。五十位以上のランキングになったことないんだけど」
「焦らない、焦らない。数撃ちゃ当たるの世界じゃないでしょ」
優花の将来の夢は小説家になることだ。新しいお話が出来ると一番に読ませてくれる。
「中学校の時に書いたのはアップしてるの?」
「ううん。あまりにもひどいからアップしてない」
「えー?面白かったよ。私が初めて読んだ、あの……」
「それ以上は言わないで!」
耳まで赤くなっている。相当な黒歴史のようだ。
中学生の時からの仲の私達。高校生になってから、ある小説投稿サイトに小説を投稿し始めた優花の唯一の悩みは順位が伸びないことだ。
花咲優というペンネームで活動している。
「あらすじの書き方とか題名とかがダメなのかなぁ」
「あらすじの書き方は改善しようがあるかもしれないけど、題名は自分が良いと思ったものでぶつけないと。そこ替えたら、優花の作品じゃなくなるよ」
「うーん……」
優花の脳がリフレッシュを求めたのか、テーブルに置かれていた冷たいウーロン茶を一気に飲み干す。
奥の方でゴソゴソと作業をする音がする。ラテを作ってくれているのだろう。ここのラテは格別だ。一人一人のお客さんにとっての黄金比で提供してくれる。
「私、小説よりも漫画派だから今どきの作品がどんなのかが分かんないんだけど、思ったこと言って良い?」
「もちろんでございますとも!」
改まった返事が少しおかしくて、プッと噴き出してしまった。
「本屋さんで漫画買う時、小説の新刊が置かれてるところの前を通るんだけど」
「あー、レジの横だから見ずには通れないだろうね」
「うん。でね、コミカライズ化されている小説の新刊が置いてあったの」
「あーそれ?確か実写化もされるんだよね。題名が……何だったけ?」
「うーんとね……私も忘れた」
お前も忘れとんかーい、と鋭いツッコミが入る。
「話題がそれちゃった」
一度小さく咳払いをすると、私は本題に入った。
「死がどうたらこうたら、とか余命がどうたらこうたら、みたいなお話が多いなって思って。優花の書くお話はアットホームで、最近の若い人が求めてるのとは違うのかなーって。自分達も若い人だけど」
優花は眉を下げて苦笑いする。
「そーなんだよね。それは自覚してる」
「だったらどうして書かないの?」
うーん、と優花が首をひねる。
もちろん、作者である優花が納得のいく作品を投稿してほしい。それでも、友達として良い結果を残して欲しいという思いはある。小説の世界はよくわからないけれど、デビューするのは簡単なことではないということぐらいはさすがに分かっているので、手放しで優花の作品を褒めているのではない。本当に優花の作品は面白いのだ。
初めて優花の作品を読んだのは、事故で起きたシチュエーションによってだった。
中学生の初めの頃。やっとクラス全員の顔と名前が一致した頃だ。
私の所属していた吹奏楽部は、過去に何度も優勝しており顧問の先生も本気で指導していた。
『疲れたー』
『校門までだけど一緒に行かない?』
『良いよ!荷物取ってくるからちょっと待ってて』
部活友達と仲良く話しながら教室に向かう。
中学校生活にも慣れてきた。部活帰りは眠たすぎて勉強どころではない日もあるけれど、何とかやっている。
ピロリロリン、と下校を促す音楽がなった。
少し急ぎ気味に教室のドアを開けた。
私以外誰もいない。
静かな教室が余計に私を急かす。
荷物を背負うと教室を後にしようとした。
前の席の机に、一冊のノートが開いたまま置かれているのを見つける。
『優花ちゃん、だったっけ』
そのノートにはぎっしり文字が詰まっている。視力が悪いので内容までは分からない。
近づいて書かれている文字を目で追った。頭の片隅では早く帰らないと、と思いつつ目を離すことは出来なかった。
『何これ?』
面白い。素直にそう感じた。
今流行りの内容ではないけれど、少ない文字数でここまで読んだ人を感化させることができるのは凄いことだと思う。
そういえば、優花ちゃんは授業中、一生懸命シャーペンを動かしている。もしかすると物語を書いているのかもしれない。
他にはないのかな、と興味本位でページをめくった、その時だった。
勢いよく教室の扉が開く。
『っ、もしかして見た?』
怒りというより、恥ずかしいという方があっているその表情。
ハンカチを手に握っていたので、お手洗いに行っていたのかもしれない。
『優花ちゃん、ごめん。見たらまずかった、かな?でも、面白かったよ』
私にずんずんと近づいて来ると、開かれていたノートを勢いよく閉じた。
『もっと詳しい感想、教えてよ!』
『う、うん』
勢いに負け、一緒に帰る約束をしたのに頷いてしまった。
そこで連れてこられたのが、優花のお母さんが経営している古民家カフェという訳だ。
新しいお話が完成するたび、ここで感想の尋問にあう。
「そういう余命系のジャンルを書かないのって理由があるの?」
「理由って言うよりも、どこか心に引っかかるところがあるんだよね。中学生の時、余命系のお話を書いたことあるんだ」
うん、と静かに相槌を入れた。
「でもなんかさぁ、そういう作品を簡単に書いちゃうのってどうなんだろう、って思ってるの。余命系のお話を書く作者さんを否定する訳じゃないよ。『命』って言う重いテーマで、読者の私達にとても心に余韻を持たせてくれるし。死んじゃった、悲しい、だけで終わらせるんじゃなくて、そこから考えさせられるものもある。私だってよく読むもん」
一度言葉に区切りをつけた。次に何を話すかを頭の中で整理しているのだろう。
優花はゆっくり口を開いた。
「でも自分が書くとなると、とっても重い『命』についてのお話を受け止めれるのかな。私はその自信がなかった。だからもうそのデータは残ってないよ。捨てちゃった」
「優花はそんなこと考えながらお話を書いてたの?大人になったわねぇ」
「お、お母さん⁉いつから聞いてたの?」
優花の質問に、優花のお母さんは笑うだけだった。
「はい、凛子ちゃん。ご注文のラテです。お得意様限定サービスで、今日は無料でーす」
「本当ですか?ありがとうございます!」
優花のお母さんに軽く頭を下げると、前に置かれたラテを一口飲んだ。
「美味しい!」
「凛子。思ってないこと言わないんで良いんだよ」
からかわれたことを根に持っているのか、不満そうな顔で私にそう言ってきた。
「嘘じゃないって。本当に美味しいもん」
カップを優しく包み込む。
窓の外に見える水平線。太陽が段々沈み始めた。
優花のお母さんが閉店作業に入る。
「どうしよう?今日中にこの悩み解決したかったんだけど」
「悩みは一日で解決させるものじゃないでしょ。優花は焦り屋さんだなぁ。優花は、優花の書きたいお話を書けば良いんだよ。自分が本当に書きたかったお話以外で人気が出たって、優花は嬉しい?私は嫌だ。モヤモヤするし。優花の書きたい話でしか輝けない、優花の文章力だってあるんじゃないの?」
優花の顔が明るくなったように見えた。
「そうだよね!分かった!凛子、今回もありがとう」
「楽しんで小説書いてね」
「もちろん!今いい案が浮かんだの!古民家カフェを舞台にしたお話。どうしよう、早く書きたくて仕方がない!」
優花は自分の荷物を持つと、隣接している家に帰って行った。
行っちゃった、と私は唖然と見送る。
「ごめんね、自由人で。自分がしたいと思った時に出来ないと気が済まないみたいなの」
「優花のお母さん、優花はあれでないと」
「それもそうね」
二人でクスッと笑う。
自分の事で笑われているとは気づいていないだろう。
パソコンに向かって、必死にタイピングする優花を想像する。
「ラテ、ごちそうさまでした。また来ます」
「いつでも来てね」
「はい」
カフェを出て、優花の家の前で立ち止まる。
優花の部屋の窓から漏れる光を見つけた。
「花咲優先生、頑張れ」
私は小さな声でエールを送った。