あれから、定期的にあのベランダに通っている。...正直、気になっていたから。悩みを抽象画化するって、僕にとっては惹かれ内容だったから。けど、彼女は合う度に
「また来たんだ。」
とか、
「まだまだ〜。内緒。」
とか、そういう返事を返すばかりだった。こちらは新刊発売日まで毎日その漫画の予告をチェックするほどだから、正直じれったい。でも、絵は予想以上に完成に時間がかかるってのを知っているから。それも仕方がないかとなんとか納得させている。けど、それが一ヶ月あたりも続いたら、流石にじれったい気持ちはたまりに貯まる。それに、気がついたら気楽な呼び方になっていた。最初は名前なんて呼ばずに『ねえ』とか『あのさ』とか、なんとか逃げ腰の呼び方で呼んでたけど、『蕾さん』なんて迂闊に呼んじゃった時は、顔から火が出るかと思った。蕾も、驚いてたけどさ。それがもう一週間経てば、今みたいに蕾呼びに変わっていた。嫌な気分では、お互い無いと思ってる。一応、確認、取ったから。めちゃくちゃに、恥ずかしかったけどさ。とにかく、割と長い間通った。風景画が、メーメの絵に変わるくらいは。
 けど、メーメの絵が完成して数日経った時、突然様子が変わった。いつもどおりに遊びに行った時、蕾は元気がなかった。いつもなら、僕が来るたびに笑っているはずなのに、今日はぎこちなく笑っていた。メーメのちょっかいにも、全然応じない。それで、どうしたのかって聞いてみた。でも、蕾は
「ううん、何でも無いの。」
って、苦しそうな笑いでごまかしてくるようになった。
「話してみてよ。俺が話した時みたいにさ。抽象画にもできるんじゃないの。ほら、ナントカの苦悩、みたいな感じで。」
「ありがと。でも、ごめんね。比べるつもりはないけど、結構悩んでいるから。」
俺だって、結構_と言いかけたけど、止めた。そんなの、後出しジャンケンみたいなもんじゃんか。それから、日を追うごとに暗くなっていった。
 ある日、部活帰りに、美術室に寄ることにした。もしかしたら、部活関係の悩みかもしれないし。それに、よく話すのに見てみぬふりはなんか違う気がする。寄るって行ってもチラ見ぐらいだし、そこまで迷惑かけるわけでもない。...待て、は流石に待たされ過ぎだしさ。だから、バスケのユニフォームの入ったバッグを肩にかけて、偶然通りかかった風を装って、部室の前を通った。時間はもう夕方遅くで、辺りは暗くなっていた。部室にはまだ明かりが点いていた。だから、その明かりが、泣いている蕾の姿を際立たせるスポットライトみたいに思えた。