行ってみると、さっきの黒猫と一人の女子が、割と本格的な絵画セットを揃えて、そこで待っていた。
「予想より早かったね。」
「え?あ、う、うん。待たせると悪いと思って。」
「あはは、ありがと。」
そう言って彼女は、猫の方を見た。
「メーメ。この子の名前。ちょっと目が特徴的だから、目に関する名前にしたかったんだ。」
「へえだから...」
だからメーメってつけるのはちょっと納得行かないが、それなりに愛着はあるみたいだ。
 ふと、彼女が描いていた絵が目に止まった。どうやら、ここから見える景色を描いていたようだ。本格的なセットを持ち歩いているだけあって、絵は描き途中でも、すごい上手だってことは十分分かる。あれ、でも...
「絵、上手だね。でも、なんでこの風景?」
ここは日陰だし、木々で覆われていて、決して見晴らしのいいきれいな景色とは言えない。それに、これだけ絵が上手なら、もっと良い景色を描いたほうが良さそうに思える。
「あー...えっと、ここの風景が好きだからかな。」
彼女はその景色の方を見て言った。
「ここ、陽がそんなに当たらないから鬱陶しくないし、それほど寒いわけでは無いし、それに、人も来ないから、絵を周りからとやかく言われる心配もないから。だから、こんな景色でも、私にとっては大切な場所なの。」
そして座り直すと、また絵を描き始めながら言った。
「私さ、画家を目指してるんだよねー。だから美術部入っているんだけど、そこで風景画の課題出されてさ。嫌いって言うわけじゃないんだけど、そういう気分じゃなかったから、楽だし、思い入れのあるここにしたんだ。私、風景画とか人物画よりも、抽象画のほうが好きなんだ。」
そう言って彼女はにっこり笑った。その笑顔を見たら、ちょっと顔が熱くなった。...なんでだろ。
 というか、抽象画か。中高とかで絵を描くことが好きな子は何人かいたけど、皆風景とか、人物とか、イラストとかだったから、ちょっと変わった子だなって思った。
「そうだ!貴方...名前は?」
またしても突然の質問に驚いてしまったが、なんとか答えることができた。
「えっと、開町鎖織。鎖織って言います。」
「そっか。えと、私は夜湖 蕾(よるこ つぼみ)っていうの。それで、鎖織君は何をしていたの?」
「えっ....あっ、えっと...ちょっと、考え事。大したことないやつ。」
「ふーん...じゃあ、何考えてたの?」
「え!?」
いや、なんで!?そこ聞いてくるの!?聞かないところでしょ、そこは...
「え、何で?」
「大したことない悩みだったら、絵の題材にできるかなって。私、抽象画を描くのが好きって言ったでしょ?軽めの悩みだったら、絵にしてきれいにしたほうが、気持ちも楽になるかなって。」
いやいや、そんな事言われても。それに、僕が抱えている悩みは、そんな物では下ろせないと思う。けど...知らない、あんまり面識がない人になら、逆に話せる気がしてきた。多分、今後関わることないと思うし、この"何か"が移る心配をしなくて済む。そう思うと、別に変に警戒しなくても良い気がしてきた。
「うん、分かった。言うよ。ただ、あんまし面白くないと思う。」
僕は悩みを断片的に話した。抽象画が好きって言ったから、よりポエムチックに話した。そりゃ、恥ずかしかったけど、話せば話すほどそういう表現が出てきたから、どうしようもなかった。
「なるほど、そういう感じなんだね。えーと、構図は...」
そう呟いたところで、チャイムが鳴った。
「あ、もう戻んなくちゃ。」
「んじゃ、完成したら見せるね。」
彼女はそういうと、セットを片付け始めた。