蕾は目を見開いてこっちを見ていた。何にも言葉を発さないで、こっちをじっと、ただじっと。その目に、涙が溢れてきた。
「わわっ、ごめん!だ、大丈夫?」
蕾は涙を首を振って拭うと、かつての笑顔を見せて笑って見せた。首の"何か"が消えていくのが見えた。
「ふふっ、大丈夫だよ。...ありがとね。」
そしてまた笑うと
「でも大丈夫今のセリフ。私なんかに使っちゃって。」
え...?あ...。あああああああっ!?ど、どうしよう、結構恥ずかしいこと言っちゃってたかもてか僕なんて言ってたっけ!?反射的に言っちゃったから、セリフも何も考えずに言っちゃったし!変なこと言ってなかったよね!?僕があたふたしていると、蕾は笑って言った。
「顔、赤くなっているよ。バレバレ。」
その言葉で、ニホンザルぐらい顔が赤くなったと思う。
 蕾はひとしきり笑うと、リュックサックから一枚の紙を取り出すと見せてきた。
「これ、前言っていた、抽象画。実は完成していたんだ。でも、言っちゃたら鎖織くん、やっぱり傷ついちゃうんじゃなかって、悩んでさ...。」
「そうだったんだ...。ありがとう。」
紙には、いつもの絵に比べれば大雑把だが、とてもわかり易いラフが描かれていた。一人の犬の獣人の男の子が、首や手足に枷がついて、檻の向こうを見つめている。何処か切ない顔をしている。そして、檻の向こうの壁には鍵がかかっていて、その下には植物のつるが月明かりに照らされて伸びようとしていた。もう少し成長すれば、鍵に届きそうだ。その間には、茶色い猫の獣人が膝を組んで退屈そうに、犬の子を檻の向こうで見ていた。蕾が指を指して説明した。
「この犬の子が鎖織君。なんだか、囚われているように思えてさ。でもでも、なんだかもうちょっとで開放されそうな、なんとなくそんな気がしたから。このつるは、鎖織くんの大切なもの。大切なものが育ったら、開放される気がしてね。それで、この猫ちゃんは、世間の目。よくあるでしょ?絵画とかに。この問題は、やっぱり自分で解決するしか無いのかなって、少し悲しくなっちゃって。だから、少し可愛く、でも、少し不気味に描いたの。」
「この猫ちゃんは、檻の番をしているの?」
「ううん、見てるだけ。助けてくれはしないけど、手を出さないよ。」
「この鍵、手を伸ばせば届きそうな気がするけど...。」
「...確かに。じゃあ、この犬の子は、猫ちゃんが怖いのかな。それとも、檻の外へ行くのが怖いのかな。」
そっか。そうなのか。その言葉を聞いて、ふと思った。
「だったらさ。このつる、花にしてみないかな。とびきり、きれいなやつ。」
「え?」
「いや、僕の勝手な考えだけど、花が咲いたほうが、この犬の子も、猫ちゃんも、退屈せずにそこに居れるんじゃないかな。」
蕾は、少し考えた後、大きくうなずいて言った。
「うん、そうだね!その方が良いかもね。私も、そっちのほうが好きかな。」
そう言っていつもの笑顔を見せてくれた。
「じゃあ、それでよろしく。」
「うん、描き直しておくね。鍵にとどきそうな、おっきな花。」
蕾は絵を大事そうに見つめていた。
 ...蕾の伝えたいことが、なんとなく分かった気がした。それと同時に、自分の今置かれている状況が、なんとなく分かった気がした。これが僕って言われても、受け入れることができた。そっか。そうなのか。ずっと、怖くて、檻から出れずに居たのか。それが分かった今、なんだか僕の首の"何か"も、薄くなった気がした。でも、まだきっとここから出られない。まだ、檻の中で花を眺めることになると思う。それでも、そっか。檻の向こうの世界に、きれいな花があることを、ずっと望んでいたのか。先の見えない世界で、明かりになるものが欲しかったのか。
「そうだったのか...。」
そう呟いた時、何処か救われた気がした。月明かりが少し明るくなった気がした。枷が少し緩くなった気がした。
_少しだけ息がしやすくなった気がした。