どこにいても、何をしていても、いつもどこか息苦しいーーこんな自分のことが大嫌いだった。
こんな未熟な自分が本当に大嫌いだ。
なんで、なんで、あいつが持ってるのー!
放課後の教室で室内は夕陽の橙色で照らされそれと同じ色に染まっていた。誰もいない教室だと思っていた。だから完全に油断していた。明日の課題を忘れた。そこからの原因。
なんで、あいつが持ってるんだ...
教室のドアを壁にひょこっと顔を覗かせ顔覗かせる。あいつ、それは私の好きな人。川島宏樹。高身長でイケメンの彼はクラスの一軍女子から大変な人気があり、毎日毎日彼女らの世話でさぞ大変な日々を送っているだろう。
なんで、彼が...
同じような事を三回脳裏内で呟いている。それぐらい今の私には考えられない。意味不明な事がいろいろと起きている事実が未だに事実じゃない気もしてくる。
どうして...
四回目。もうそろそろやめておこう。
私は落ち着こうと一度整理する行動にでる。探偵みたいな感じだから腕を組んだり、顎に手を添えたりして探偵になりきる。
一つ、そもそもなぜ彼、宏樹は机の中に入っているはずの私の課題を手に持っているのか。
怖すぎる。机の上ならまだしも机の中。机の中に何か用事があったのだろうかとか、いやいや他人の机の中に用事があった。なんでやねん。我ながらナイスツッコミ。
探偵要素が薄れてきたので真面目に戻る。宏樹は私の机に何かしらの用事があった。疑惑だらけだからひとまずそういう風に片付けておこう。
二つ、何故にそのしかも私の忘れ物をこうも都合良く持っているのだ。言い忘れだが言っておこう。宏樹、君は私とはクラスが違うだろう。クラスが違うという事は出される課題も違う。理系の宏樹と文系の私。
高校一年の時の文理選択でクラスは完全に離れもう二度と一緒になる事はなく、私の恋も終わりに近づいたと諦めかけてた今年四月の事。そういえば高校一年の時に宏樹に一目惚れしたんだったなぁ。少し口が緩んでしまう。口角が上がったのが感じ取れた。
何故宏樹は文系の課題を知っているのだろう。何も行動を起こしていないので謎は謎のままだった。
三つ、なぜあれほどの男子の中から宏樹が選ばれたのだろう。約百八十人の一学年で男子は半数以上の約百人。百分の一で選ばれた青年。それが宏樹。溜め息を吐いた。
あれだけ頭が「なぜ」「どうして」の交通渋滞だったのに整理してみると自動車はスムーズに走っていく。「なぜ」の自動車、「どうして」の荷台トラック。それらはさっきまでの渋滞の不満を忘れたようだった。
たかが三つ。壁に寄りかかる。腰だけ壁と接していたけどしだいに腰が落ちてきてひんやりとした廊下に私の脚がぴたっと接した。あたり前のように感じていて脳内再生しなかったが今の私は熱い。手、足、体、顔といった体中全てが熱い。だから今のこの廊下のひんやりとした感触が心地良い。
少し目を瞑って、気持ちを完全に落ち着かせようと試みる。それが効果的面で想像通りの結果を出してくれた。しばらくトイレにこもってスマホをいじり頃合いを見て取りに行こう。さすがに十八時頃となれば帰っているだろう。私に用事なんて別に明日でもそれ以降でもできるはず。
そうと決まればと私はすかさずトイレへと逃げ込む。トイレの出入り口にスマホを取り除いた鞄を置いて私は待つことにした。
シーンと静まっている一人のトイレはものすごく不気味だ。時間も時間でただでさえ日差しの悪いトイレは橙色の日差しをも入り込ませない。青白いトイレの照明が不気味さをまたさらに不気味へと導いていく。早期の時間の経過をスマホと一緒に乗り越える。
十八時になった。外はおそらく陽が落ち暗くなった。入って来た時にあった橙色の明かりも目に見えない事からなんとなく考えられた。
「さすがにね、帰ってるよね」
待っている時に列車の通過ぐらいのなんとも言えないスピードで私の脳裏にあることを知らせた。
「てか、なんで私隠れたんだろう」
過去の自分に戻れる事が可能なら戻りたい。よくよく考えてみればクラスも違って話す機会がかなり減少、周りからの視線の心配も無しで乗り越えるは性別の壁。と言ってもそれも特に誰とも話せる私なので容易に越えられる。隠れた原因が不明だった。
「私は何しでかしたんだー」
好きな人を前にすると私をここまで変えてしまう。川島宏樹、彼は特別注意人物の最初の一人に任命する。嬉しくないだろうなって思ったけど特に妄想の話だから気にしない。
そろそろ帰ろうと教室へと向かうため便座から腰を上げ、トイレを出て、荷物を手に取る。手が止まった。私の鞄の上に例の課題が置いてあった。私が最後に見た状況から考えられる人物は一人しかいなかった。
何かの間違えではと課題を手に取る。課題はいわゆる学校から買わされるワーク。パラパラとページをめくったり、裏を見て名前が他人の名前ではないかの確認をする。一回でわかるだろうに何回も確認している。もちろん変わる事はない。それは正真正銘私青葉千里の物に間違いなかった。どうして私のかばんだと判別できたのだろう。特に流行りのアニメとかアイドルのストラップをつけていない地味道まっしぐらの私のかばんをどうして覚えているのか。
この場から早く去ろう。課題をかばんに入れて早く家に帰ろうと身支度をするため腰を下ろす。一枚の折られた紙が足元に落ちているのに気がついた。拾い開くのにかなりの覚悟があった。自分に言い訳をした。
「私のって訳じゃないし」「誰かのものだし」「決して宏樹が書いたものではないし」
図星だった。自分では気づきたくない事、それを安易に思いつい口にしてしまった。意識しないでおこうと思っていたのに。体が再び熱くなっているのがわかる。胸から腕、足へと熱伝導のごとくその熱は広がっていく。
思い切って拾って中身を見てやった。かなりおかしくなっている。「えいやっ」って中身を見る時に言ってしまった。テンションがおかしい変なやつ。そう思われ言われてもどうにもならない行動をとったからまた体が熱くなる。
"落ちてたので、それとこれ課題だし次は忘れないように。かばんに置いておくね"
「うん」
思わず呟いた。落ちてたので、いやいやちゃんと机の中にありました。これ課題だしって、なんでそんな情報を把握しているのだ。忘れないように、かばんに置いておくね、なぜそこまでしてくれるのか。
何もかもさっぱりだった。
"テストも近いしお互い勉強頑張ろうね"
次の日
私はまた課題を机の中に忘れた。勘違いするな。これは宏樹を帯び寄せるための罠だ。なんで嘘をついたのか、なんで他クラスの情報をしっているのか、他人の机の中を漁るまでする意味はどこにあるのか。今日、全て捕まえて吐かせるつもりだ。
トイレは荷物でバレる可能性大なので私は図書室へと隠れることにする。そして昨日目撃した、確か五時くらいの時間に教室で宏樹を捕まえる。
私のプランは完璧だ。残りはそれを結果にするだけだ。さぁかかって来い!
とは思ったものの下校時間が四時で一時間近く暇な時間ができた。図書館だから本でも読もうと思ったがただでさえ国語の時間が嫌いなんだからそれは即却下。ただボーッと一時間潰す。
ちらちらと壁に掛けられている時計に目を移すが秒針が少し動いた程度しか進んでいない。分針は私の思うように進まなかった。退屈だ。
やっとだ。分針が十二を差し五時を知らせた。私はすぐさま図書室を出て教室へと向かう。そもそも今日もいるかわからないのにと思ったのはこの移動中のことだ。
教室の中央の席に一人の男子の姿を発見した。ちょこんと顔を覗かせる。それは紛れもなく川島宏樹だった。私はそっと胸を撫で下ろし安堵、息を吐いて少し軽くなった。
宏樹は今何をしているのか。右手で課題を手に持ち、片方の手で頭を掻いていた。頭が少し傾いているから何か悩んでいるように見える。
そっと胸に手を添える。そして深く深呼吸。深くゆっくり、目を瞑り無心の自分を作る。数十回でやっと覚悟ができた。
教室に飛び込むようにして入る。この瞬間世界は音を失っていた。
「ねぇ、何してるの?」
一人ゴソゴソと動かしていた彼の手は動きを止めた。そして声の発生源である私の方に目を移す。目を開き驚いている彼の表情と動作を起こさなくなった彼の体。油断していたのだろう。
「ねぇ、何してるの?」
再度問う。これしか私は言うことはないのか。いやこの状況で他のことなど出てくるわけがない。自分で作ったこの状況、にも関わらず今の私は一つの質問。それの一つ縛り。ただし、これだけは自分と約束した。
何があっても逃げない。と。
予想を反した。私の二度目の質問からおよそ五分間経過している。嫌な時間は遅く流れるというが教室後ろに掛かっている時計を見る限り分針はしっかりと五分進んでいると表している。
宏樹とは目線が合わなくなった。と思った矢先合った。ただ、逸れた。またまた合った。五分間はこの謎のやりとりが続いていた。どちらも口を開こうとしない空間、察しろと言わんばかりの表情を彼、宏樹は見せてくる。
鳴り止まない胸の鼓動、静かな空間をもしや壊してしまうかもしれない音の大きさとその数。ストッパーがかからなくなった私の体、両手と両腕、まだまだあるけれど汗は止まらず、ヌメヌメとした自分でもつけているのが嫌になるぐらいそれらは湿っている。頬に入っている人間の回路、顔が余計に温かく、この程度なら温かいじゃなく暑いと言いたくなる。地震が起き震える足、膝の安定間はもはやないのと変わりはなかった。
「あの」
あれらはまたさらにひどくなった。もはや気持ち悪く感じるが決して悪いようにも思えないような気もする。何か違和感もある。
私が言ったこと。宏樹を呼びかけていた。ただ、それは掻き消されたんだと思う。自分で発した声、なのにあまり自分の声が耳に入らなかった。理解が追いつかなかった。包み込まれた、でも何に。吸収された、だから何に。
視界が濁った。目には異常はないと思う。頭がボーッとした時に物を集中して見れない、多分この症状。頭が嫌々動こうとしているのがわかる。モゴモゴと僕の頭にありそのまた中にある物、そこで何か大蛇が無造作に進んでいる。この気持ち悪い感覚はなかなか終わらない。
隙をつかれた。
「あれ、宏樹?」
シンとした教室には私一人だけが取り残されていた。
昔のことを思い出す。あれはバレンタインの日だった。私は初めて恋をした人にチョコレートを渡す。あれが初恋だったんだなと思うとなかなか忘れることのできない。まだ小学校低学年のときだったから計画も無計画でただピンク色の髪と赤色のリボンで包装した市販のチョコを片手に初恋を待っていた。教室の後ろでみんなと話終わった後、彼は一人になった。
今だ!と教室の前のドアから入って彼に近づく。
「これあげる!」
初めての事だったし、初恋を前に体や頭は不自由だった。くらくらしていて、けれどそれは教室に入ってからなんでも出来そうという自信に変わって。
「ありがとう」
無邪気な笑顔を前に私は頑張った甲斐があったなと自分に感心した。よくやった、よく渡せた。今までで最高の瞬間と記した。
ここまでだった。私は本当は瞬間じゃなくて永久と記したかった。
翌日、ざわざわと騒がしい人の集団が出来ていた。教室のゴミ箱から色鮮やかなピンクで包装された箱が見つかった。赤いリボンも添えられていて、しっかり結び目が存在していた。
教室内は誰だ誰だの大騒ぎで動物園を経営している。私はその動物園は出禁なのだろう。今誰にも何も言われていないのに'お前はいらない'と言われたような感情を抱いた。それと孤独が立証したような感じもした。
昼休み。私は今になるまで原因を探していた。気づくのが3限目と遅かったもののとあることをすっかりと忘れていた。
誰がゴミ箱に…
考えられる人物は一人しかいなかった。そのことに酷く胸を撃たれそれに気づいた私は思考というものをすっかり忘れていたと思う。何も考えることができなかった。思うこともできなかった。先生が何か話してるね、そういえば今は授業中だねなどすっかり忘れていた。
放課後に現れた。誤認であってほしいし、まだ私の勝手な決めつけだ。だが私はすでに心を失っていた。そしてその心には私の利き手である右手が入った。この怒りを最大限に表現したい。右手で殴るか叩くかそれぐらいの覚悟に今ある。
怒りは消えない花火と化した。
「お前はブスだからいらなかった。だから捨てた」
放課後の教室で男子と二人きり。言った相手が違ったのだろうかと周りを見たくなったが紛れもない。この教室には私一人なんだから。
「なんで昨日笑ってたじゃん」
あの笑みはなんのか思わず問い詰めた。
「社交辞令だよ、そんなのもわからなかった?」
ややキレ気味に私の質問に答えた。なんでキレるの。キレたいのは私だよ。誰でもなく今、この主人公の私が誰よりもキレたいよ。
「嬉しかったのに、捨てなくても」
頬に冷たい何かがついた。
「少なくとも俺は嬉しくなかった。おかげで良い迷惑だよ」
怒りは最大に達し爆発した。右手を使い表現した。あの時の彼の顔はなぜか悲しそうな助けを求めるような泣きべそをかく子供のようだった。
それは今もなお忘れないしあの時の怒りはトラウマとなって残り続けている。そしてあの時と同じ状況に私は今立たされている。あれから私は女子に煽られ転校を余儀なくされたのだ。彼が言いふらしたのか、それとも見られたのか。真相は知らない。
つらい、そんな生々しいものなんかに言い換えれない。
目の前に宏樹はいなかった。
私は膝が崩れ落ちて床についていた。床に目という滝から滴り落ち水溜りが出来ていた。
私は何も変われていなかった。
みんな変だ。
私は忘れ物をした。筆箱も教科書も課題も、そしてカバンも。手ぶらで私は家に帰った。
来る日も来る日も私は手ぶらで家に帰った。
自分でわかって忘れ物をした。提出物を出せず、先生に怒られる。
そんなことはなかったが。
「宏樹なんか眠たそー」
「クマ酷いよ」
そんな言葉が耳に入ると自分を呪いたくなる。彼の睡眠不足の原因は私のせいなのだ。学校に来てみると忘れてきた筆箱、教科書、課題、カバン。これらは昨日と同じ位置にあった。足が生えたり、意識が宿ったりしない限り動くわけがないのだからとページを捲る。
課題が終わっていた。昨日空白だった問題の解答欄に黒く太いシャーペンの跡が残っている。誰かがこれをした。それから犯人探しのため忘れ物をした。
犯人は宏樹だった。
「なぁ、千里」
いつも通りが壊された。荷物を置いていって帰宅する。壊された。腕を掴まれ私は体育館裏へと連れて行かれた。終礼が終わった後すぐのことだったから人はいなかったから誰にも見られていない。見られるわけにはいかない。
だって私は…
「何?宏樹」
宏樹に気づいて欲しくてあれからわざと忘れ物をしたんだから。
「千里ってさいつも早く帰るよな」
「う、うん」
「彼氏でもいるの?デート?」
うんざりした。淡々と話す宏樹の顔、無性に腹が立つ。体の奥底から皮膚を刺激する液体が流れ込んでいるかのよう。液体のくせにギスギスと音をたてているのが気に苦はない。
「いたら何?」
「いや、なんでも」
宏樹が答えてしばらく沈黙が続いた。無責任みたいだが私は知らない。この場を作ったのは宏樹自信で私はそれに巻き込まれただけなのだから。
「あのさ」
彼は悪くないと思う。
「嘘ついてごめんなさい」
力強くはっきりと彼は答えた。その謝りは忘れ物のことでも課題のことでも無いと考える。
彼はやはり悪くなかった。
「嬉しかった、食べたかった!好きな子からもらえたチョコ、貰えるなんて夢でしか見たことなかった。本当に嬉しかった。なのに、ごめん!」
力強く彼は答えた。きっぱりと彼は私の目を見て今頭を深々下げている。
あの教室には二人しかいなかった。ただ廊下に一人いた。当時女子をまとめるリーダー的存在の玲奈、彼女がこの問題の確信犯だったのだ。
「とんだ災難だったんだよ、わかってる?」
「わかってる。貰った後玲奈は千里のチョコを奪いゴミ箱に捨てた。その後、彼女は俺を監視してきた。千里が転校するまでずっと。この学校に玲奈がいるのは多分俺のせいだ。ごめん、本当いろいろと」
今にも泣きそうな声を発している。涙こそ出さなかったものの彼は自分の心を削って声を出している。そんなか弱い声が出ている。
「わかってるから、宏樹があんなことしないことちゃんとわかってる」
宏樹の顔に少し明るさが戻ってきた、が私はあることは決して許せなかった。
「それを必死に止めるのが普通じゃないの?見損なったよ。他人に周りに嫌われたくないって思ったんでしょ」
全てわかっていた。けど今は宏樹は一人の女子も守れない周りに流されるやつと断定した。
「あなた私を守れなかったじゃない。そんな人に今更なんの用?」
'好きです、付き合ってください'こんな答えが返ってきて欲しいと思う自分がまだまだ未熟だと思うし、そもそも好きになっている自分がいるからもう嫌いになる。世界で一番嫌いな人は誰?それこそ私は他の誰でもない自分を挙げる。一度裏切られて、一度嫌いになって、そんな、そんな人のことを久しぶりに再会して好きになりました。
「今までのお詫びに課題を代わりにしました」
自分が悪かったことはちゃんとわかっているの敬語を使っているのが気になる。
いやそこじゃない。それとこれとは全く別の問題だ。精神をことごとなく削られ痛い目を見て未来さえもう見えないとかじゃなくないと思わせた、それを課題をしたから許せ?
「ブスだからって甘くみるな!何が'お詫びに課題を代わりにしました'だ!ちゃんちゃらおかしいことに気づかないの?どこを見てそんなこと言えてるの?自分のしたことで私がどれほど自分を殺したと思っているの!」
前触れもなく私は怒鳴っていた。今まで何かにキレたりしたら堪忍袋の緒が切れるとか物語でよく使われる糸が切れたとかあるのに私は切れることがなかった。
「ブスなんかじゃない!決して千里はブスなんかじゃない!可愛い、あの時もしっかり可愛かった!優しいとも表せれたんだ!」
まただ、と思ったが怒鳴るようにズキズキとして心に刺さることはない。優しく宏樹の言葉は私の心に吸い込まれて今包み込んでいる。それはふんわりとしている。
「言わして欲しい!俺はあの時から千里のことが好きだ!それは今も変わっていない!千里には格下だけど後悔したんだ!大切な人を守れないくせに格好つけるな、今の俺がいるのは千里がいたから、千里がいなかったら俺は確実に今この場にいない」
大きな会話は多分学校中に響き渡っている。それにそろそろ部活が始まり外の部活の生徒はもちろん外にいる。宏樹がまた大きな口を開こうとした。すかさず私は宏樹の頬を右手で叩いた。
ただ右手はこれで最後だ。これから右手は心になる。絶対にそう。でもそれは自分が未熟だと認めることになる。けれどこれで最後にすればいい。何事も失敗という歴史があって次は失敗しないようにする。私はその次というところにいる。失敗は自分が宏樹を好きだったこと。けれど次が好きで失敗だということは絶対にないしそれが絶対成功でもない。
「私はやっぱり変だった」
「何?」
「いや何も」
宏樹の顔が赤い。それに視線をわざとらしく反らしてくる。けれど、しょっちゅう合うんだよね。
「最後、なんで宏樹は私をここに連れてきたの?」
弱々しい声を出して聞いてみた。こんな答えが返って来たらいいなとか思いたかった。こんな答えが今欲しい。
「今度こそ、俺は千里を守る。あの後悔を晴らすため、千里にしたこと。全てが消えることは決してないけど…いや違う、いや違くないけど…俺はこの人生千里を守る、そのために俺は今ここにいる」
凛々しい顔、そこにはしっかりと熱、意志がこもっていた。あの眼差し、ずるい。
「だから俺と付き合ってください!」
頭を下げ熱弁をしている宏樹を見ると笑ってしまいそう。堪えたけれど口が少し緩んだ。
「あー、忘れ物してきた。教室に取りに行かなくちゃ」
忘れ物をすることはもうない。故意じゃなくても絶対に気づいて取りに戻らなきゃならない。宏樹が少し誇らしげに感じたのは初めてかもしれない。これからいろんな初めてを見るんだろうな。中には久しぶりもあるだろうけど。
それに忘れ物は物だけじゃなさそうだ。久しぶりもあるだろうけど忘れてることもあると思う。だから必ず取りに行こうと思う。
「千里、ちょっと待ってよ」
私は今教室めがけて走っている。今までで一番のトラックを走っている。
"変が恋になることがあるんだね"
宏樹より先に教室について宏樹の課題ノートに真っ先にこう書いた。
翌日の課題ノートに多分故意じゃなくて恋って笑いながら書いている自分を思うとなんともおかしくて笑ってしまう。
ノートに落書きしていたら宏樹が戻って来た。運動部のくせに息があがっている。
「ノート見てね。答えたから」
私はノートに"いいよ"と答えた。なんの面白味もないし、すごく単純。それに何かを付け加える必要なんてもうどこにもない。
"私も好きだから"
少しだけ息がしやすくなった気がした。
こんな未熟な自分が本当に大嫌いだ。
なんで、なんで、あいつが持ってるのー!
放課後の教室で室内は夕陽の橙色で照らされそれと同じ色に染まっていた。誰もいない教室だと思っていた。だから完全に油断していた。明日の課題を忘れた。そこからの原因。
なんで、あいつが持ってるんだ...
教室のドアを壁にひょこっと顔を覗かせ顔覗かせる。あいつ、それは私の好きな人。川島宏樹。高身長でイケメンの彼はクラスの一軍女子から大変な人気があり、毎日毎日彼女らの世話でさぞ大変な日々を送っているだろう。
なんで、彼が...
同じような事を三回脳裏内で呟いている。それぐらい今の私には考えられない。意味不明な事がいろいろと起きている事実が未だに事実じゃない気もしてくる。
どうして...
四回目。もうそろそろやめておこう。
私は落ち着こうと一度整理する行動にでる。探偵みたいな感じだから腕を組んだり、顎に手を添えたりして探偵になりきる。
一つ、そもそもなぜ彼、宏樹は机の中に入っているはずの私の課題を手に持っているのか。
怖すぎる。机の上ならまだしも机の中。机の中に何か用事があったのだろうかとか、いやいや他人の机の中に用事があった。なんでやねん。我ながらナイスツッコミ。
探偵要素が薄れてきたので真面目に戻る。宏樹は私の机に何かしらの用事があった。疑惑だらけだからひとまずそういう風に片付けておこう。
二つ、何故にそのしかも私の忘れ物をこうも都合良く持っているのだ。言い忘れだが言っておこう。宏樹、君は私とはクラスが違うだろう。クラスが違うという事は出される課題も違う。理系の宏樹と文系の私。
高校一年の時の文理選択でクラスは完全に離れもう二度と一緒になる事はなく、私の恋も終わりに近づいたと諦めかけてた今年四月の事。そういえば高校一年の時に宏樹に一目惚れしたんだったなぁ。少し口が緩んでしまう。口角が上がったのが感じ取れた。
何故宏樹は文系の課題を知っているのだろう。何も行動を起こしていないので謎は謎のままだった。
三つ、なぜあれほどの男子の中から宏樹が選ばれたのだろう。約百八十人の一学年で男子は半数以上の約百人。百分の一で選ばれた青年。それが宏樹。溜め息を吐いた。
あれだけ頭が「なぜ」「どうして」の交通渋滞だったのに整理してみると自動車はスムーズに走っていく。「なぜ」の自動車、「どうして」の荷台トラック。それらはさっきまでの渋滞の不満を忘れたようだった。
たかが三つ。壁に寄りかかる。腰だけ壁と接していたけどしだいに腰が落ちてきてひんやりとした廊下に私の脚がぴたっと接した。あたり前のように感じていて脳内再生しなかったが今の私は熱い。手、足、体、顔といった体中全てが熱い。だから今のこの廊下のひんやりとした感触が心地良い。
少し目を瞑って、気持ちを完全に落ち着かせようと試みる。それが効果的面で想像通りの結果を出してくれた。しばらくトイレにこもってスマホをいじり頃合いを見て取りに行こう。さすがに十八時頃となれば帰っているだろう。私に用事なんて別に明日でもそれ以降でもできるはず。
そうと決まればと私はすかさずトイレへと逃げ込む。トイレの出入り口にスマホを取り除いた鞄を置いて私は待つことにした。
シーンと静まっている一人のトイレはものすごく不気味だ。時間も時間でただでさえ日差しの悪いトイレは橙色の日差しをも入り込ませない。青白いトイレの照明が不気味さをまたさらに不気味へと導いていく。早期の時間の経過をスマホと一緒に乗り越える。
十八時になった。外はおそらく陽が落ち暗くなった。入って来た時にあった橙色の明かりも目に見えない事からなんとなく考えられた。
「さすがにね、帰ってるよね」
待っている時に列車の通過ぐらいのなんとも言えないスピードで私の脳裏にあることを知らせた。
「てか、なんで私隠れたんだろう」
過去の自分に戻れる事が可能なら戻りたい。よくよく考えてみればクラスも違って話す機会がかなり減少、周りからの視線の心配も無しで乗り越えるは性別の壁。と言ってもそれも特に誰とも話せる私なので容易に越えられる。隠れた原因が不明だった。
「私は何しでかしたんだー」
好きな人を前にすると私をここまで変えてしまう。川島宏樹、彼は特別注意人物の最初の一人に任命する。嬉しくないだろうなって思ったけど特に妄想の話だから気にしない。
そろそろ帰ろうと教室へと向かうため便座から腰を上げ、トイレを出て、荷物を手に取る。手が止まった。私の鞄の上に例の課題が置いてあった。私が最後に見た状況から考えられる人物は一人しかいなかった。
何かの間違えではと課題を手に取る。課題はいわゆる学校から買わされるワーク。パラパラとページをめくったり、裏を見て名前が他人の名前ではないかの確認をする。一回でわかるだろうに何回も確認している。もちろん変わる事はない。それは正真正銘私青葉千里の物に間違いなかった。どうして私のかばんだと判別できたのだろう。特に流行りのアニメとかアイドルのストラップをつけていない地味道まっしぐらの私のかばんをどうして覚えているのか。
この場から早く去ろう。課題をかばんに入れて早く家に帰ろうと身支度をするため腰を下ろす。一枚の折られた紙が足元に落ちているのに気がついた。拾い開くのにかなりの覚悟があった。自分に言い訳をした。
「私のって訳じゃないし」「誰かのものだし」「決して宏樹が書いたものではないし」
図星だった。自分では気づきたくない事、それを安易に思いつい口にしてしまった。意識しないでおこうと思っていたのに。体が再び熱くなっているのがわかる。胸から腕、足へと熱伝導のごとくその熱は広がっていく。
思い切って拾って中身を見てやった。かなりおかしくなっている。「えいやっ」って中身を見る時に言ってしまった。テンションがおかしい変なやつ。そう思われ言われてもどうにもならない行動をとったからまた体が熱くなる。
"落ちてたので、それとこれ課題だし次は忘れないように。かばんに置いておくね"
「うん」
思わず呟いた。落ちてたので、いやいやちゃんと机の中にありました。これ課題だしって、なんでそんな情報を把握しているのだ。忘れないように、かばんに置いておくね、なぜそこまでしてくれるのか。
何もかもさっぱりだった。
"テストも近いしお互い勉強頑張ろうね"
次の日
私はまた課題を机の中に忘れた。勘違いするな。これは宏樹を帯び寄せるための罠だ。なんで嘘をついたのか、なんで他クラスの情報をしっているのか、他人の机の中を漁るまでする意味はどこにあるのか。今日、全て捕まえて吐かせるつもりだ。
トイレは荷物でバレる可能性大なので私は図書室へと隠れることにする。そして昨日目撃した、確か五時くらいの時間に教室で宏樹を捕まえる。
私のプランは完璧だ。残りはそれを結果にするだけだ。さぁかかって来い!
とは思ったものの下校時間が四時で一時間近く暇な時間ができた。図書館だから本でも読もうと思ったがただでさえ国語の時間が嫌いなんだからそれは即却下。ただボーッと一時間潰す。
ちらちらと壁に掛けられている時計に目を移すが秒針が少し動いた程度しか進んでいない。分針は私の思うように進まなかった。退屈だ。
やっとだ。分針が十二を差し五時を知らせた。私はすぐさま図書室を出て教室へと向かう。そもそも今日もいるかわからないのにと思ったのはこの移動中のことだ。
教室の中央の席に一人の男子の姿を発見した。ちょこんと顔を覗かせる。それは紛れもなく川島宏樹だった。私はそっと胸を撫で下ろし安堵、息を吐いて少し軽くなった。
宏樹は今何をしているのか。右手で課題を手に持ち、片方の手で頭を掻いていた。頭が少し傾いているから何か悩んでいるように見える。
そっと胸に手を添える。そして深く深呼吸。深くゆっくり、目を瞑り無心の自分を作る。数十回でやっと覚悟ができた。
教室に飛び込むようにして入る。この瞬間世界は音を失っていた。
「ねぇ、何してるの?」
一人ゴソゴソと動かしていた彼の手は動きを止めた。そして声の発生源である私の方に目を移す。目を開き驚いている彼の表情と動作を起こさなくなった彼の体。油断していたのだろう。
「ねぇ、何してるの?」
再度問う。これしか私は言うことはないのか。いやこの状況で他のことなど出てくるわけがない。自分で作ったこの状況、にも関わらず今の私は一つの質問。それの一つ縛り。ただし、これだけは自分と約束した。
何があっても逃げない。と。
予想を反した。私の二度目の質問からおよそ五分間経過している。嫌な時間は遅く流れるというが教室後ろに掛かっている時計を見る限り分針はしっかりと五分進んでいると表している。
宏樹とは目線が合わなくなった。と思った矢先合った。ただ、逸れた。またまた合った。五分間はこの謎のやりとりが続いていた。どちらも口を開こうとしない空間、察しろと言わんばかりの表情を彼、宏樹は見せてくる。
鳴り止まない胸の鼓動、静かな空間をもしや壊してしまうかもしれない音の大きさとその数。ストッパーがかからなくなった私の体、両手と両腕、まだまだあるけれど汗は止まらず、ヌメヌメとした自分でもつけているのが嫌になるぐらいそれらは湿っている。頬に入っている人間の回路、顔が余計に温かく、この程度なら温かいじゃなく暑いと言いたくなる。地震が起き震える足、膝の安定間はもはやないのと変わりはなかった。
「あの」
あれらはまたさらにひどくなった。もはや気持ち悪く感じるが決して悪いようにも思えないような気もする。何か違和感もある。
私が言ったこと。宏樹を呼びかけていた。ただ、それは掻き消されたんだと思う。自分で発した声、なのにあまり自分の声が耳に入らなかった。理解が追いつかなかった。包み込まれた、でも何に。吸収された、だから何に。
視界が濁った。目には異常はないと思う。頭がボーッとした時に物を集中して見れない、多分この症状。頭が嫌々動こうとしているのがわかる。モゴモゴと僕の頭にありそのまた中にある物、そこで何か大蛇が無造作に進んでいる。この気持ち悪い感覚はなかなか終わらない。
隙をつかれた。
「あれ、宏樹?」
シンとした教室には私一人だけが取り残されていた。
昔のことを思い出す。あれはバレンタインの日だった。私は初めて恋をした人にチョコレートを渡す。あれが初恋だったんだなと思うとなかなか忘れることのできない。まだ小学校低学年のときだったから計画も無計画でただピンク色の髪と赤色のリボンで包装した市販のチョコを片手に初恋を待っていた。教室の後ろでみんなと話終わった後、彼は一人になった。
今だ!と教室の前のドアから入って彼に近づく。
「これあげる!」
初めての事だったし、初恋を前に体や頭は不自由だった。くらくらしていて、けれどそれは教室に入ってからなんでも出来そうという自信に変わって。
「ありがとう」
無邪気な笑顔を前に私は頑張った甲斐があったなと自分に感心した。よくやった、よく渡せた。今までで最高の瞬間と記した。
ここまでだった。私は本当は瞬間じゃなくて永久と記したかった。
翌日、ざわざわと騒がしい人の集団が出来ていた。教室のゴミ箱から色鮮やかなピンクで包装された箱が見つかった。赤いリボンも添えられていて、しっかり結び目が存在していた。
教室内は誰だ誰だの大騒ぎで動物園を経営している。私はその動物園は出禁なのだろう。今誰にも何も言われていないのに'お前はいらない'と言われたような感情を抱いた。それと孤独が立証したような感じもした。
昼休み。私は今になるまで原因を探していた。気づくのが3限目と遅かったもののとあることをすっかりと忘れていた。
誰がゴミ箱に…
考えられる人物は一人しかいなかった。そのことに酷く胸を撃たれそれに気づいた私は思考というものをすっかり忘れていたと思う。何も考えることができなかった。思うこともできなかった。先生が何か話してるね、そういえば今は授業中だねなどすっかり忘れていた。
放課後に現れた。誤認であってほしいし、まだ私の勝手な決めつけだ。だが私はすでに心を失っていた。そしてその心には私の利き手である右手が入った。この怒りを最大限に表現したい。右手で殴るか叩くかそれぐらいの覚悟に今ある。
怒りは消えない花火と化した。
「お前はブスだからいらなかった。だから捨てた」
放課後の教室で男子と二人きり。言った相手が違ったのだろうかと周りを見たくなったが紛れもない。この教室には私一人なんだから。
「なんで昨日笑ってたじゃん」
あの笑みはなんのか思わず問い詰めた。
「社交辞令だよ、そんなのもわからなかった?」
ややキレ気味に私の質問に答えた。なんでキレるの。キレたいのは私だよ。誰でもなく今、この主人公の私が誰よりもキレたいよ。
「嬉しかったのに、捨てなくても」
頬に冷たい何かがついた。
「少なくとも俺は嬉しくなかった。おかげで良い迷惑だよ」
怒りは最大に達し爆発した。右手を使い表現した。あの時の彼の顔はなぜか悲しそうな助けを求めるような泣きべそをかく子供のようだった。
それは今もなお忘れないしあの時の怒りはトラウマとなって残り続けている。そしてあの時と同じ状況に私は今立たされている。あれから私は女子に煽られ転校を余儀なくされたのだ。彼が言いふらしたのか、それとも見られたのか。真相は知らない。
つらい、そんな生々しいものなんかに言い換えれない。
目の前に宏樹はいなかった。
私は膝が崩れ落ちて床についていた。床に目という滝から滴り落ち水溜りが出来ていた。
私は何も変われていなかった。
みんな変だ。
私は忘れ物をした。筆箱も教科書も課題も、そしてカバンも。手ぶらで私は家に帰った。
来る日も来る日も私は手ぶらで家に帰った。
自分でわかって忘れ物をした。提出物を出せず、先生に怒られる。
そんなことはなかったが。
「宏樹なんか眠たそー」
「クマ酷いよ」
そんな言葉が耳に入ると自分を呪いたくなる。彼の睡眠不足の原因は私のせいなのだ。学校に来てみると忘れてきた筆箱、教科書、課題、カバン。これらは昨日と同じ位置にあった。足が生えたり、意識が宿ったりしない限り動くわけがないのだからとページを捲る。
課題が終わっていた。昨日空白だった問題の解答欄に黒く太いシャーペンの跡が残っている。誰かがこれをした。それから犯人探しのため忘れ物をした。
犯人は宏樹だった。
「なぁ、千里」
いつも通りが壊された。荷物を置いていって帰宅する。壊された。腕を掴まれ私は体育館裏へと連れて行かれた。終礼が終わった後すぐのことだったから人はいなかったから誰にも見られていない。見られるわけにはいかない。
だって私は…
「何?宏樹」
宏樹に気づいて欲しくてあれからわざと忘れ物をしたんだから。
「千里ってさいつも早く帰るよな」
「う、うん」
「彼氏でもいるの?デート?」
うんざりした。淡々と話す宏樹の顔、無性に腹が立つ。体の奥底から皮膚を刺激する液体が流れ込んでいるかのよう。液体のくせにギスギスと音をたてているのが気に苦はない。
「いたら何?」
「いや、なんでも」
宏樹が答えてしばらく沈黙が続いた。無責任みたいだが私は知らない。この場を作ったのは宏樹自信で私はそれに巻き込まれただけなのだから。
「あのさ」
彼は悪くないと思う。
「嘘ついてごめんなさい」
力強くはっきりと彼は答えた。その謝りは忘れ物のことでも課題のことでも無いと考える。
彼はやはり悪くなかった。
「嬉しかった、食べたかった!好きな子からもらえたチョコ、貰えるなんて夢でしか見たことなかった。本当に嬉しかった。なのに、ごめん!」
力強く彼は答えた。きっぱりと彼は私の目を見て今頭を深々下げている。
あの教室には二人しかいなかった。ただ廊下に一人いた。当時女子をまとめるリーダー的存在の玲奈、彼女がこの問題の確信犯だったのだ。
「とんだ災難だったんだよ、わかってる?」
「わかってる。貰った後玲奈は千里のチョコを奪いゴミ箱に捨てた。その後、彼女は俺を監視してきた。千里が転校するまでずっと。この学校に玲奈がいるのは多分俺のせいだ。ごめん、本当いろいろと」
今にも泣きそうな声を発している。涙こそ出さなかったものの彼は自分の心を削って声を出している。そんなか弱い声が出ている。
「わかってるから、宏樹があんなことしないことちゃんとわかってる」
宏樹の顔に少し明るさが戻ってきた、が私はあることは決して許せなかった。
「それを必死に止めるのが普通じゃないの?見損なったよ。他人に周りに嫌われたくないって思ったんでしょ」
全てわかっていた。けど今は宏樹は一人の女子も守れない周りに流されるやつと断定した。
「あなた私を守れなかったじゃない。そんな人に今更なんの用?」
'好きです、付き合ってください'こんな答えが返ってきて欲しいと思う自分がまだまだ未熟だと思うし、そもそも好きになっている自分がいるからもう嫌いになる。世界で一番嫌いな人は誰?それこそ私は他の誰でもない自分を挙げる。一度裏切られて、一度嫌いになって、そんな、そんな人のことを久しぶりに再会して好きになりました。
「今までのお詫びに課題を代わりにしました」
自分が悪かったことはちゃんとわかっているの敬語を使っているのが気になる。
いやそこじゃない。それとこれとは全く別の問題だ。精神をことごとなく削られ痛い目を見て未来さえもう見えないとかじゃなくないと思わせた、それを課題をしたから許せ?
「ブスだからって甘くみるな!何が'お詫びに課題を代わりにしました'だ!ちゃんちゃらおかしいことに気づかないの?どこを見てそんなこと言えてるの?自分のしたことで私がどれほど自分を殺したと思っているの!」
前触れもなく私は怒鳴っていた。今まで何かにキレたりしたら堪忍袋の緒が切れるとか物語でよく使われる糸が切れたとかあるのに私は切れることがなかった。
「ブスなんかじゃない!決して千里はブスなんかじゃない!可愛い、あの時もしっかり可愛かった!優しいとも表せれたんだ!」
まただ、と思ったが怒鳴るようにズキズキとして心に刺さることはない。優しく宏樹の言葉は私の心に吸い込まれて今包み込んでいる。それはふんわりとしている。
「言わして欲しい!俺はあの時から千里のことが好きだ!それは今も変わっていない!千里には格下だけど後悔したんだ!大切な人を守れないくせに格好つけるな、今の俺がいるのは千里がいたから、千里がいなかったら俺は確実に今この場にいない」
大きな会話は多分学校中に響き渡っている。それにそろそろ部活が始まり外の部活の生徒はもちろん外にいる。宏樹がまた大きな口を開こうとした。すかさず私は宏樹の頬を右手で叩いた。
ただ右手はこれで最後だ。これから右手は心になる。絶対にそう。でもそれは自分が未熟だと認めることになる。けれどこれで最後にすればいい。何事も失敗という歴史があって次は失敗しないようにする。私はその次というところにいる。失敗は自分が宏樹を好きだったこと。けれど次が好きで失敗だということは絶対にないしそれが絶対成功でもない。
「私はやっぱり変だった」
「何?」
「いや何も」
宏樹の顔が赤い。それに視線をわざとらしく反らしてくる。けれど、しょっちゅう合うんだよね。
「最後、なんで宏樹は私をここに連れてきたの?」
弱々しい声を出して聞いてみた。こんな答えが返って来たらいいなとか思いたかった。こんな答えが今欲しい。
「今度こそ、俺は千里を守る。あの後悔を晴らすため、千里にしたこと。全てが消えることは決してないけど…いや違う、いや違くないけど…俺はこの人生千里を守る、そのために俺は今ここにいる」
凛々しい顔、そこにはしっかりと熱、意志がこもっていた。あの眼差し、ずるい。
「だから俺と付き合ってください!」
頭を下げ熱弁をしている宏樹を見ると笑ってしまいそう。堪えたけれど口が少し緩んだ。
「あー、忘れ物してきた。教室に取りに行かなくちゃ」
忘れ物をすることはもうない。故意じゃなくても絶対に気づいて取りに戻らなきゃならない。宏樹が少し誇らしげに感じたのは初めてかもしれない。これからいろんな初めてを見るんだろうな。中には久しぶりもあるだろうけど。
それに忘れ物は物だけじゃなさそうだ。久しぶりもあるだろうけど忘れてることもあると思う。だから必ず取りに行こうと思う。
「千里、ちょっと待ってよ」
私は今教室めがけて走っている。今までで一番のトラックを走っている。
"変が恋になることがあるんだね"
宏樹より先に教室について宏樹の課題ノートに真っ先にこう書いた。
翌日の課題ノートに多分故意じゃなくて恋って笑いながら書いている自分を思うとなんともおかしくて笑ってしまう。
ノートに落書きしていたら宏樹が戻って来た。運動部のくせに息があがっている。
「ノート見てね。答えたから」
私はノートに"いいよ"と答えた。なんの面白味もないし、すごく単純。それに何かを付け加える必要なんてもうどこにもない。
"私も好きだから"
少しだけ息がしやすくなった気がした。