あの日かけたパーマは、二週間後にはパーマだとはわからないほどになってしまった。寝癖のようにも見える。
カラーリングもしたことがない、パーマもあの日が三回目、というほぼバージンヘアに近い私の髪。さらに髪質のせいでパーマがかかりにくいうえに取れやすいようだ。
私は自分の髪を指でとかすように触った。とれかけのパーマの髪に指が絡まる。私は小さくため息をついた。
私の髪の色は真っ黒ではなく、どちらかというとほんのり茶色で直毛だ。ようやく肩下まで伸ばしたさらさらな髪は、私が自分のパーツで唯一好きな部分だ。ただ、前髪も真っ直ぐ落ちてくるので切らないと目に入ってしまうのは面倒。前髪と毛先の手入れのために月に一度は美容室に行ってケアをしている。ささやかな自分へのご褒美。
いくら自分の髪質が気に入っているとはいえ、ふんわりした可愛らしい髪に憧れる時だってある。
以前二回パーマをかけたのも雰囲気を変えてみたくなったからだった。二回ともすぐにとれてしまい、勿体なかったと後悔したのを覚えている。
それなのに懲りもせず、パーマをかけたくなってしまった。
(でもやっぱり今回もとれちゃったなあ……)
私はドライヤーで髪を乾かしながらそう思った。
パーマは残念な結果になった。
けれど。
今でも思い出すと不思議と幸せな気持ちになる。
あの日、私は神の手の人に出会えた。
どんな人なんだろう。なぜ彼だと平気だったのだろう。
あの日からそればかり考えている自分がいる。
パーマで毛先の痛みもあるし、明日美容室に行こう。神の手の人を探したい。
***
いつもとは違うドキドキ感を胸に、美容室に行った。
「今回は早めの来店ですね。メニューは何になさいますか?」
「シャンプーとカットをお願いします。担当者は今田さんで」
「わかりました。少々お待ちください」
おとなしく椅子に座って待っていると、
「シャンプーしますね」
と言って私の前に現れたのは若い女性だった。
私が通っている美容室には女性スタッフが四人と男性スタッフ三人がいる。
施術ができる女性は二人。男性も二人。
シャンプーは全員出来るから、神の手の人は男性三人のうちの一人ということになる。
私の持つ情報は、手つきと低くて落ち着いた声だけ。
低い声ということで、私よりも年上の男性《ひと》かなと思ったけれど、見かけから判断すると三人とも男性スタッフは私と同じぐらいだろう。
今までの自分だったら、シャンプーをしてくれるのが女性であることに安堵したはず。なのに今日はがっかりしてしまった。
今田さんにカットしてもらっている時も、神の手の人が同じ空間にいるのだと思うとそわそわ落ち着かない。
「ブローしますね」
今田さんがドライヤーを取り出し、髪を乾かしだすと、一人の男性スタッフがドライヤーを手にして私の横に立った。私は緊張と期待に背筋を伸ばした。
鏡に映っていたのは癖のあるやや長髪の男性。髪の色は黒だ。背は男性の平均ぐらいだろうか? やや痩せ気味。
男性に髪を触られるのは「彼」を思い出すから苦しい。いつもなら、
「女性の人にお願いできますか?」
と確実に言う。
でも、触れられることで神の手の人かどうか分かる可能性があるなら我慢しよう。
長髪の男性店員は今田さんと共に私の髪を乾かし始めた。当たり前かもしれないけれど手慣れている。技術的には何も問題ない。
でも、やっぱり「彼」の顔がちらつきだした。
(ごめん。ごめんなさい)
謝りたいのに謝ることのできない「彼」。
「彼」の泣きそうな顔が。目が。どうしても頭から消えない。「彼」は責めてなんかいないのに、責められているような気分になる。ブローしている彼は「彼」ではない。段々と髪を触られているのが不快に、苦痛になってくる。
ブローを手伝っている彼はしゃべらないので声で判断することもできなかった。
あまり凝視するわけにもいかない。私は雑誌を読んでその時間を耐え過ごした。
ブローが終わるとすーっとその男性はいなくなった。
たぶん、神の人はこの人ではない。そんな気がした。
「だいぶんパーマとれてしまいましたね。それはそうと、先ほどは男性スタッフにブロー手伝ってもらってすみませんでした。大丈夫でしたか? 西崎さんは男性に髪を触られるのが苦手なイメージがあって」
「大丈夫です。気にされないでください」
「なら良かったです。初めてこちらに見えた時に確か『女性の方で』、と強く希望されたので、もしかして苦手だからかと思っていました」
初めて来たときのことを覚えてくれていたんだ。私は嬉しくなった。
「よく覚えていますね! 本当のことを言うと苦手です。トラウマというか……」
鏡に映る今田さんと目が合う。彼女は申し訳なさそうな顔をしていた。
「あ、やっぱりですか。……じゃあ、パーマかけられた日も、嫌でしたよね。確かシャンプーを途中で男性スタッフに頼んだような気がします。軽率でした。すみませんでした」
私は今田さんの言葉に反応した。
「いえ! 大丈夫です! あの、その男性スタッフの方の名前って分かりますか?」
前のめりになって訊く。
「え? 名前、ですか? あの時えっと誰に頼んだっけ」
今田さんは髪を切る手を止めてちょっと考えていた。
「すみません。忙しい日だったので、ちょっと誰に頼んだかまでは記憶してません。どうかしました? 何か問題ありましたか?」
今田さんは少し不安そうな顔で訊いてきた。
「あ、いえ、クレームとかではなくて、とてもシャンプーが上手だったのでどなたかなと」
「あ、そうなんですか? うーん、すみません。男性に頼んだのは覚えてるんだけどな」
残念だけれど覚えていないなら仕方ない。
でも。そうだ、今田さんに協力してもらえないかな。
私は、
「あの、そのシャンプーの人、見つけたいんです。次からシャンプー、男性にしてもらうことできますか?」
と尋ねた。すると今田さんは悪戯っぽく笑って、
「大丈夫ですよ! 人探し、面白そうですね。次回から受付でシャンプーは男性でと言ってみてください。トラウマも治るといいですね」
と言ってくれた。
「ありがとうございました」
今田さんに店の出口で見送られて今日は終了。
次はいつ行こう。切ったばかりなのにもう次のことを考えている自分がいた。
カラーリングもしたことがない、パーマもあの日が三回目、というほぼバージンヘアに近い私の髪。さらに髪質のせいでパーマがかかりにくいうえに取れやすいようだ。
私は自分の髪を指でとかすように触った。とれかけのパーマの髪に指が絡まる。私は小さくため息をついた。
私の髪の色は真っ黒ではなく、どちらかというとほんのり茶色で直毛だ。ようやく肩下まで伸ばしたさらさらな髪は、私が自分のパーツで唯一好きな部分だ。ただ、前髪も真っ直ぐ落ちてくるので切らないと目に入ってしまうのは面倒。前髪と毛先の手入れのために月に一度は美容室に行ってケアをしている。ささやかな自分へのご褒美。
いくら自分の髪質が気に入っているとはいえ、ふんわりした可愛らしい髪に憧れる時だってある。
以前二回パーマをかけたのも雰囲気を変えてみたくなったからだった。二回ともすぐにとれてしまい、勿体なかったと後悔したのを覚えている。
それなのに懲りもせず、パーマをかけたくなってしまった。
(でもやっぱり今回もとれちゃったなあ……)
私はドライヤーで髪を乾かしながらそう思った。
パーマは残念な結果になった。
けれど。
今でも思い出すと不思議と幸せな気持ちになる。
あの日、私は神の手の人に出会えた。
どんな人なんだろう。なぜ彼だと平気だったのだろう。
あの日からそればかり考えている自分がいる。
パーマで毛先の痛みもあるし、明日美容室に行こう。神の手の人を探したい。
***
いつもとは違うドキドキ感を胸に、美容室に行った。
「今回は早めの来店ですね。メニューは何になさいますか?」
「シャンプーとカットをお願いします。担当者は今田さんで」
「わかりました。少々お待ちください」
おとなしく椅子に座って待っていると、
「シャンプーしますね」
と言って私の前に現れたのは若い女性だった。
私が通っている美容室には女性スタッフが四人と男性スタッフ三人がいる。
施術ができる女性は二人。男性も二人。
シャンプーは全員出来るから、神の手の人は男性三人のうちの一人ということになる。
私の持つ情報は、手つきと低くて落ち着いた声だけ。
低い声ということで、私よりも年上の男性《ひと》かなと思ったけれど、見かけから判断すると三人とも男性スタッフは私と同じぐらいだろう。
今までの自分だったら、シャンプーをしてくれるのが女性であることに安堵したはず。なのに今日はがっかりしてしまった。
今田さんにカットしてもらっている時も、神の手の人が同じ空間にいるのだと思うとそわそわ落ち着かない。
「ブローしますね」
今田さんがドライヤーを取り出し、髪を乾かしだすと、一人の男性スタッフがドライヤーを手にして私の横に立った。私は緊張と期待に背筋を伸ばした。
鏡に映っていたのは癖のあるやや長髪の男性。髪の色は黒だ。背は男性の平均ぐらいだろうか? やや痩せ気味。
男性に髪を触られるのは「彼」を思い出すから苦しい。いつもなら、
「女性の人にお願いできますか?」
と確実に言う。
でも、触れられることで神の手の人かどうか分かる可能性があるなら我慢しよう。
長髪の男性店員は今田さんと共に私の髪を乾かし始めた。当たり前かもしれないけれど手慣れている。技術的には何も問題ない。
でも、やっぱり「彼」の顔がちらつきだした。
(ごめん。ごめんなさい)
謝りたいのに謝ることのできない「彼」。
「彼」の泣きそうな顔が。目が。どうしても頭から消えない。「彼」は責めてなんかいないのに、責められているような気分になる。ブローしている彼は「彼」ではない。段々と髪を触られているのが不快に、苦痛になってくる。
ブローを手伝っている彼はしゃべらないので声で判断することもできなかった。
あまり凝視するわけにもいかない。私は雑誌を読んでその時間を耐え過ごした。
ブローが終わるとすーっとその男性はいなくなった。
たぶん、神の人はこの人ではない。そんな気がした。
「だいぶんパーマとれてしまいましたね。それはそうと、先ほどは男性スタッフにブロー手伝ってもらってすみませんでした。大丈夫でしたか? 西崎さんは男性に髪を触られるのが苦手なイメージがあって」
「大丈夫です。気にされないでください」
「なら良かったです。初めてこちらに見えた時に確か『女性の方で』、と強く希望されたので、もしかして苦手だからかと思っていました」
初めて来たときのことを覚えてくれていたんだ。私は嬉しくなった。
「よく覚えていますね! 本当のことを言うと苦手です。トラウマというか……」
鏡に映る今田さんと目が合う。彼女は申し訳なさそうな顔をしていた。
「あ、やっぱりですか。……じゃあ、パーマかけられた日も、嫌でしたよね。確かシャンプーを途中で男性スタッフに頼んだような気がします。軽率でした。すみませんでした」
私は今田さんの言葉に反応した。
「いえ! 大丈夫です! あの、その男性スタッフの方の名前って分かりますか?」
前のめりになって訊く。
「え? 名前、ですか? あの時えっと誰に頼んだっけ」
今田さんは髪を切る手を止めてちょっと考えていた。
「すみません。忙しい日だったので、ちょっと誰に頼んだかまでは記憶してません。どうかしました? 何か問題ありましたか?」
今田さんは少し不安そうな顔で訊いてきた。
「あ、いえ、クレームとかではなくて、とてもシャンプーが上手だったのでどなたかなと」
「あ、そうなんですか? うーん、すみません。男性に頼んだのは覚えてるんだけどな」
残念だけれど覚えていないなら仕方ない。
でも。そうだ、今田さんに協力してもらえないかな。
私は、
「あの、そのシャンプーの人、見つけたいんです。次からシャンプー、男性にしてもらうことできますか?」
と尋ねた。すると今田さんは悪戯っぽく笑って、
「大丈夫ですよ! 人探し、面白そうですね。次回から受付でシャンプーは男性でと言ってみてください。トラウマも治るといいですね」
と言ってくれた。
「ありがとうございました」
今田さんに店の出口で見送られて今日は終了。
次はいつ行こう。切ったばかりなのにもう次のことを考えている自分がいた。