その日の午後、プリントを返しに来たハゲの英語教師がこめかみに血管を浮き上がらせて教室にやってきたことは言うまでもなく。


「名前呼ばれたやつちょっと来い!」


 廊下に並べられた十数人のなかにはもちろん私がいて。便乗していた旭が怒られている最中に、白目を剥いて変顔をする。


 それが無性におかしくて、ニヤついてしまう。


「なんだ、春原、目が笑ってるぞ! 笑うほど面白かったか!」

「あ、すみません。顔が……面白くて」

「なんだと! 俺の顔がおかしいというのか!」

「え、いや、あの……」


 そのまま私だけが怒られ、先生の後ろで他のみんなが私を笑わそうとふざける。


 必死に笑いを堪えて、堪えて。


 やはり耐えきれず、またお説教の時間が伸びる。


 最悪。でも……最高。


 こんなにあっけなく、私の悩みというのは解消されてしまうものだったんだろうか。


 数ヶ月間の苦しみがすべてなかったかのように、幸せが心の中に広がっていった。


「春原さんってもっと喋りずらい人だと思ってた。めっちゃ面白いね」


 英語教師から解放されたところを見兼ねて、たくさんの人に話しかけられる。


 私は意を決して、教室で声を張り上げた。

 
「あの……みんな、友だちになってくれませんか!」
 

 シーンと、静まる教室。空気が固まっていくのが見えた。


 静寂が私の焦りを駆り立てた。


 でも、それを破ったのは、旭。


「な、こいつ、面白すぎんだろ! いーよいーよ、おともだちになりましょうね、香音ちゃん」


 そこから一気に空気がほどけ、明るい風が吹き抜ける。


「友だちになってくれませんか、なんてリアルで言うやついるんだな。びっくりしたわ」

「香音って呼んでいんだよね。マジ、おもろすぎてうちからも友だちなってほしいわ。よろしく」


 よくわからないが、これでよかったらしい。叫び出したい衝動が沸きあがるくらいの嬉しさに、自然と頬がゆるんだ。


 それから、私の高校生活は一変していく。