「おはよ」


 次の日も、また次の日も、毎日のように朝学校に来ると、旭は私に声をかけてくれた。
 
 たった一言が、ずっと喉から手が出るほど求めていたもの。


「おはよう」


 私も軽く手を挙げて、挨拶を返す。


「何やってんの? 宿題?」

「そう、完全に忘れてたから」

「英語……あれ、俺もやってねえ! やべ!」


 いつもは私と軽く会話をすると、他の人のところに行ってしまう旭がその日は座ってプリントを広げ始める。


「これ、ちょー難しいとこじゃん。今日英語2時間目? あの先生めっちゃ怖いのに、絶対間に合わない」

「どんまい、ちゃんと宿題家でやってこないからいけないんだよ」

「お前が言うなよ。……うわ、もうほとんど解き終わってるし」

「見せてあげようか?」

「え、いいの?」

「やだ」


 旭が私を睨みつける。そして、わざとらしく頭を抱えて騒ぎ始めると、他のクラスメイトが集まってくる。


「珍しいな、旭が宿題やってこないなんて。写させてもらおうと思ってたのに」

「お前らは自分でやれよ!」


 あっという間に大勢に囲まれた旭が遠く感じて、私はまたシャーペンを握る。そんなときだった。


 旭が私の机を勢いよく指差す。


「いやでも香音もやってないもんな!」

「ええ、春原さんもやってない系の人? すっごい真面目な人だと思ってたのにー」

 
 いつの間にか数人の近くにいた女子が私を囲んでいた。


「ていうか解くの早くない? うち、そこらへんさっぱりわかんなくて適当に書いた」


「……英語は得意なの。でもこの問題は私もわからなかった」


 私は英作文の問題を指さす。


「なにこれ、春原さん、全然関係ないのに『Yes、apple』しか書いてないじゃん。面白すぎ」

 問題文にりんごが出てきていた。だからわかんない時は適当に埋めとけばいい、という私の精神。


 なぜかそれがウケたらしい。


「どれどれ?」


 私の解答が周囲にも伝わってしまい、笑いの渦が巻き起こる。

 
「そんなに面白いものじゃないし、見ないでってば! 恥ずかしいから」

「ごめんごめん。でもおもろいからうちもそれ書いとこ」

「俺も!」


 結局その場にいた全員がその『問7』を『Yes、apple』と書いた。