「お義父さんとお義母もどうぞ」

「あら、ありがとう」

「すまないね」

 擦りたてのワサビを両親に振る舞う啓太を見ていたら、ふと母と視線がぶつかる。

「啓太君。ワサビも擦れるなんて本当に格好良いわね」

「そんな」

 母の「格好良い」と、いう定義は置いておいて何か思惑を感じる。寝起きドッキリを計画した張本人だ。もしかしたら、庶民的な生活に適応できるか啓太を試しているのではないだろうか。
 それからも、娘を置いて盛り上がる三人を横目に蕎麦を啜っていると肝心なことを思い出す。客人を隣にバクバクと食事を口の中に放り込むと、お行儀が悪いとわかりながらも先に席を外しすぐに自室へと戻った。

「よう!」

 水槽にへばりついていた秋雄は、振り返ると手をあげる。
 __九年前の今日。私達はこの部屋で他愛もない時間を過ごした。

「金魚の秋雄は元気そうだな」

「うん」

 同じ家の中に、元カレと婚約者が共存していると思うと心臓に悪い。
 一応、机の上に並べていた写真を引き出しの中にしまう。その瞬間、私に存在を忘れられていた婚約指輪がキラリと光る。
 啓太は、指輪をはめていないことに気づいていただろうか。

「ナツ?」

「え!?」

 咄嗟に引き出しを閉めながら振り返ると、秋雄が後ろから覗き込んでいる。「あ」と、声を上げたことにドキリとしていると机の隅を指差した。