「東京にいると山菜が恋しくなるんですよね」

 両親に向かって微笑む顔をぼんやりと眺める。

「沢山食べてね」

「はい! 頂きます!」

 啓太は次々と母の手料理に箸を伸ばす。

「凄く美味しいです!」

 その頬には天ぷらの衣がついている。教えてあげようかと悩んでいると、母が何の躊躇もなく啓太の頬をテーブルの上に置いてあった布巾で軽く払う。
 
「ありがとうございます」

 婚約者である娘を他所に和気あいあいとした雰囲気を醸し出す。確かに私の知らない所で電話するような間柄なのだから、不仲というわけではないのだろう。
 しかし、一度お会いした啓太のご両親はとても硬い印象だった。豪快なタイプの母とは真逆。なのに、本当に打ち解けることができているのかと疑問に思う。

「すみません。ワサビ御代わりしてもいいですか?」

「もちろん」

 キッチンに消えた母は、すぐに生ワサビ一本と専用の擦りおろし板を持って戻ってくる。そして「はい」と、啓太に手渡した。
 どうやら客人にワサビを擦らせようとしてるようだ。ギョッとしている私の隣で、既に腕を捲りワサビを擦りおろしている啓太にも驚く。

「……擦れるんだ」

「親戚が安曇野にいて昔から生ワサビが送られてきてさ。家族の中で擦るのは俺の仕事だったから」と、楽しそうにスリスリしている。