ついに見られてしまった。途方にくれながらも洗面所で顔を洗うと、鏡に映る自分の顔に溜め息が漏れる。せめて眉毛だけはと剃刀で整えると、部屋に戻り近所の激安衣料品店で買った白地のTシャツとデニムに着替えた。

「お久しぶりです」

 部屋を出ると廊下には啓太と両親の弾んだ声が響く。

「一年ぶりよね? でも、よく電話をくれるから久しぶりって感じがしないわよね」

「そうですね」

 私は啓太と母の会話に思わず足を止める。

「夏実は全く連絡を寄越さないから」

「忙しいみたいですよ」

 たまに「両親に連絡はしてるの?」と、心配してくれてはいた。けれど、啓太本人が母と頻繁に連絡をとっていたなんて聞いたことは一度もない。

「夏実」

 顔を上げると啓太がふわりと微笑む。

「仕事は?」と、いつも同じことしか尋ねることのできない自分が情けない。

「昨日の電話で伝えようと思ったんだけどさ」

 そういえば「また、明日」と、通話を切られたことを思い出す。まさか本人が現れるとは考えもしていなかった。

「たまにはサプライズもいいかなと思って」

 屈託なく笑う顔に力が抜ける。

「夏実。手伝って」

「……はい」

 母に呼ばれキッチンに移動すると、少し豪華な食材が並んでいる。しかし豪華と言っても都会のようなお洒落なものではない。隣の農家さんから頂いた朝積みレタスにアスパラとトマト。父が裏山から採った山菜に母が趣味で打った蕎麦。
 予め啓太が来るとわかっていたら、私がお洒落にアレンジしていたのに……。チラリとリビングに視線を向けると啓太と父が談笑している。