「先生ー。まずは、見本に先生の夢から聞かせてくださーい」

「却下しまーす」

「最低ー」

「うるせっ」

 くだらないやりとりに笑っていると、背中に感じる温もりが一度大きく広がる。それはまるで一点の絵の具が滲むようにゆっくりと柔く。

「秋雄?」

 不思議に思った私は、ペダルを漕ぐ足を止める。そして振り返ると秋雄は消えていた。まるで夢から覚めたように、蝉の声が車の音がこの鼓膜を揺らす。

「……バイバイ」

 私はまだ鳴り止まぬ鼓動の音をかきけすように、家までの道のりをただガムシャラにペダルを漕いだ。

 帰宅してすぐにシャワーを浴びると自室のベッドに倒れこむ。そんな私を心配するかのように水槽の中から秋雄が見ていた。優雅に尾びれを翻しながら近づいてくる姿はいつ見ても癒される。

「……お前は側にいてね」

 夕焼けのような鮮やかな紅はやっぱり目に染みる。ゴシゴシと目元を拭きながら立ち上がると、机に置いてある写真をそっと見つめる。

 __あと、五枚。

 ふと数えては後悔する。そんな自分はまだ逃げ癖が治らない。だけど、泣いても笑っても秋雄と会えるのはあと五回。それまでに私は何ができるだろう。思い残すことなくお別れができるだろうか。
 考えるだけで滲む世界が真実を物語っているようで、情けない自分に一人苦笑した。