私は距離を縮めるように駆け寄るけれど、秋雄が今何を考えているかはわからない。いつもなら自分から喋り出す秋雄は、黙って隣を歩いている。

 駐輪場から自転車を外に出すと、調子が戻ったのか秋雄は荷台に飛び乗る。揺れもしない車体が恨めしい。いくら鮮明でも秋雄に重さはない。私とは違う。
 だけど、ゆっくりと自転車に跨がると背中には確かな温もりを感じる。そして不覚にも跳ねる心臓が、この瞬間に秋雄が存在していることを教えてくれる。

「出発進行ー!」

 荷台から指示を出す声に呆れながらもペダルを踏み込むと、ゆっくりと走り出した自転車は生暖かい風に吹かれながら前へと進んでいく。

「いけいけー!」

 後ろで子供のようにはしゃぐ秋雄に、私までつられて笑顔になる。

「しっかり掴まっててよね!」

 商店街を抜け国道を軽快に駆け抜けていく。橋を渡り土手沿いに出ると、緑の匂いの混ざった爽やかな風が滲む汗を乾かしてくれる。

「うおー! すげー!」

「きゃー!」

 秋雄と一緒になって大声で叫ぶ。ベタなシチュエーションなのに、この心は踊っている。秋雄が楽しいと私も楽しい。凄く楽しい。
 一頻り子供のようにはしゃいだ私は、ゆっくりとスピードを落としていく。やはり老いには勝てない。秋雄は後ろで苦笑していた。

「ナツの夢って何だった?」

「なかったよ。あの頃の私はちゃんと考えてなかった」

 いつかこの町で結婚して。いつか可愛い子供を生んで。曖昧で明確さに欠けるビジョンを描くことはあったけれど、その相手が秋雄でなければならないとは気づいていなかった。