「……懐かしいな。……よく立ち読みしたよな」

 秋雄は目を細めながらオレンジ色のテントを見上げている。
 商店街の一角にある、この小さな本屋は読書好きな秋雄の行きつけだった。
 私は漫画を読みたいのを我慢して売場が別れてしまうのが嫌だからと、いつも読みもしない文庫を開いては読書に集中する秋雄の横顔を盗み見していた。九年前の今日も帰りに本屋に立ち寄って……。

「そうだ。九年前の今日、この本屋で買い物してたよね? 何を買ったの?」

「……ああ」

 頷きながらも、珍しく歯切れの悪い返答をする姿に違和感を覚える。袋に入っていたからわからなかったけれど、いつも購入する文庫類とは厚さも大きさも異なっていた覚えがある。

「まさか、エロ本?」

 率直に尋ねると秋雄は首に手を当てて黙ってしまった。
 いつも文庫や小難しい哲学書に動植物の図鑑を愛読していた秋雄だけれど、中身はどこにでもいる十二歳の男の子。秘密の一つや二つあっても不思議ではない。と、私は大人の対応をする。

「そういう時もあるよね」

「は? どんな時だよ!」

「はいはい」

「おい!」

 何故かムキになる秋雄は私の前に立ち塞がるとボソリと呟く。

「……将来の夢に必要な本」

「え!?」

 酷く驚いたのは私達がいつも他愛のない会話しかしてこなかったから。「将来の夢」など、そんな真面目な話しは一度もしたことはない。

「将来の夢って?」

「今更、いいだろ」

 ムスッとした顔も。先を歩く背中も。私のよく知る秋雄なのに今は知らない人のように見える。
 過去の私は側にいるというだけで、秋雄のことなら何でも知っていると傲っていた。まだ幼く物理的な距離と心の距離は比例すると思っていたから。けれど大人になった今は、それが異なることを理解している。
 本当は、私が知っている秋雄なんてほんの一部にすぎない。