どんなに誤魔化そうとしても全てお見通し。私が向き合わなければならないのは自分自身だけじゃない。そう覚悟を決めていると、突然震えだすスマホに溜め息を漏らす。ディスプレイに表示された名前にまた溜め息が漏れる。

「もしもし。夏実? どうしてるかと思ってさ」

 優しい声と被さるように、受話器越しから都会の喧騒が聞こえる。それに比べ、こちらは風に揺れる農園の木々の音が響いている。

「元気だよ」

「なら、良かった」

「啓太は仕事どう?」

 __仕事。
 話題に困った時には便利なワードだ。

「順調。休みも早くとれることに決まった」

「そうなんだ。良かったね」

「うん」

「……うん」と、それから暫く沈黙が続く。
 あまり連絡を取らない私達は話題に困ってしまう。しかし啓太が電話を寄越すということは、何か伝えたいことがあるのかもしれない。そう思っていたのに「じゃあ。また明日」と、早々に切られてしまった。
 正直、時間を拘束される電話は好きではない。できればメールにして欲しい。
 しかし今は、そんなことに気を取られている場合ではない。と、気持ちを切り替えペダルに足を乗せると私は思いっきり踏み込んだ。

 農園を出て犀川沿いに自転車を走らせる。橋を渡り商店街に近づくにつれて、休日だということもあり人が増えていく。私は駅の裏にある駐輪場に自転車を止めると、商店街を歩きながら店を探す。
 九年前の今日。秋雄と一緒に訪れたら場所は、昨日スマホで調べた限りまだ現存していた。