「私だって前に進む為に目と耳を塞ぎ、この現実を見ないようにしてた。だけどそれは、ただ逃げていただけ。乗り越えるとは程遠い努力をしてた。秋雄に私の気持ちがわかる?」

 こんな問いかけは酷でしかない。秋雄だって死にたくて死んだわけじゃないのだから。だけど本人から聞く「乗り越える」と、いう言葉がどれ程この胸を抉るのか秋雄はきっと言わなければわからない。そして「乗り越える」ということが、ゴールの見えない果てしない目標だということも。

「私が真由に八つ当たりしたのも、秋雄が生きていたら私達もこんな風に結婚していたのかなって。そんなことを考えて勝手に羨ましくなって……」

「……ナツ」

 そっと言葉を封じるように柔らかな空気に包まれる。いつも隣を歩く度に触れた肩の温もりと同じ。だけど私はどんなに望んでも、もう秋雄に抱きしめてもらうことはできない。そう思うとまた涙が溢れてくる。
 過去の私は何故その熱を求めなかったのだろう。手を伸ばせば、すぐに届く距離にいたのに。お互いの手に触れることすら恥ずかしくてできなかった。
 __いつか。そのうち。
 そうやって先延ばしにして結局全てを喪った。確証なんてないのに。保証なんてないのに。これからも秋雄とずっと一緒にいられる気がしていた。

「ごめん。ナツ」

「私も、ごめん」

 幽霊を悲しませて。幽霊を悩ませて。こんなんじゃ、思い残すことも思い悩むことも多すぎて成仏できるはずがない。
 だけど、それならそれでいい。
 私が責任をとって自分が死ぬまで秋雄を想い続ける。それは私自身の望みでもあり、あの日の罰。
 誰も責めてはくれないこの罪が、この胸の中で燻り前に進もうとするこの足に絡み付いている。そのことを、誰も知らない。

「私のこと恨んでいいから。責めてもいいから」

「何だよ。いきなり」

 顔をあげた秋雄は呆れた顔をする。だけどすぐに柔らかな笑みを浮かべる。

「誰もナツを責めてない。恨んでもいない」

 秋雄は責めてもらえない苦しみを知らない。だから最後に酷な言葉を残すと、窓から差し込む夕日に照らされてキラキラと光を放ちながら消えていった。