秋雄の部屋を片付けると決めたおばさんも。こうして毎年集まっていたみんなも。共に過ごした故郷で、思い出に寄り添いながら秋雄の死と向き合ってきた。なのに、私は一人この地から逃げることを選んだ。

「ごめん。真由」

 顔を上げると堪えていた涙がこの頬を伝う。
 “__元気だと思われたくないなら元気そうな顔をするな”
 人前で泣くなんて恥ずかしい。まだそんなことを考えている自分の方が今は恥ずかしい。この涙は私の心が生きている証拠だ。

「……私、本当は元気じゃない。まだ乗り越えられてもいない」

 本当の想いを言葉にした瞬間、ブワッと溢れ出す涙をもう拭うのはやめた。

「……林檎娘」

 隣にいたぶーちゃんが、この背中を優しく撫でてくれる。その温もりに背中を押されるように、私はまたゆっくりと口を開く。

「私、真由が羨ましくてしょうがなかった」

「え?」

 顔を上げた真由の赤くなった瞳を見つめる。

「もしも秋雄が生きていたら、私達も結婚して今頃は子供もいたのかな。なんて、ありもしないことを考えて嫉妬したんだ」

 そんなことを考えてもしょうがないのに、考えずにはいられなかった。だってそれが私の理想の幸せだから。
 でもその幸せは手に入らない。だから現実と向き合おうとしたけれど、結局向き合うふりをして秋雄の死から逃げていた。

「私がこの場所を去ったのも、秋雄との思い出に堪えられなかったから。東京で出会った人と婚約したのも秋雄を忘れる為。私が一番、秋雄を忘れたいと思ってたんだ」

 みんなはこの場所で毎年秋雄の死と向き合ってきた。方や私は離れた場所で秋雄を思い出すことなく生きていく道を選んだ。だけど……。

「逃げても無駄だって気づいた。だって過去になんかできない。忘れられるはずがないからっ」

「夏実」

 顔を覆う私にゆっくりと近づいてきた真由が、そっとこの身体を抱き締めてくれる。

「……一人で抱え込まないでよ」

「そうだぞ」

 そしてその真由を佐藤が、その上からぶーちゃんがそっと抱き締める。

「林檎娘は、一人じゃないんだから」

 みんなの温もりが重なり、この心がふわりと優しさに包まれていく。
 “__……本当は一人じゃないのに自分から逃げて孤独になる道を選んでは欲しくない”
 もっと早く、みんなと悲しみを分かち合えばよかった。哀れみと同情の差も分からずにみんなから逃げて、勝手にひねくれて。私はこの九年間何をしていたのだろう。