“__秋頃”

 もし彼が、その季節だけを避けてくれていたら私の答えは変わっていただろうか。と、そこまで考え一人溜め息をつく。
 それは関係ない。関係ないと思いたい。

 __だって私は、もう乗り越えたのだから。

「今年も立派に実ったのよ」

 母の声に顔を上げると窓の外には見慣れた景色があった。アスファルトの道路に揺れる蜃気楼。その両脇には赤い絨毯のように実をつけた林檎の木々が、一面に広がっている。その全てが我が農園の土地だ。私の実家は祖父の代から林檎農園を営んでいる。

 “__小林農園”

 この辺りでは知名度が高い林檎農園だ。この時期に実るといったら……。
 
「シナノレッド?」

「あら。良くわかったじゃない」

 母が嬉しそうに目を細める。農園に興味はないとはいえ、幼い頃から見てきた風景はこの脳裏に色濃く残っていた。

「だって、うちの中で早く実るといったらそれしかないし」

 __シナノレッド。

 「つがる」と「ビスタベラ」という林檎を交配した品種で八月から九月上旬が収穫期という林檎の中では早く実る早生(わせ)種。他の林檎は十月から収穫期に入るものが殆どだが、シナノレッドだけがいつも一足早く実るのだ。真っ赤な実はどこか秋の色に似ている。

 “__お前の兄弟、今年もちゃんと実ったな!”
 
「荷物下ろすわね」

 ハッとすると既に実感の平屋が目の前にあった。
 今年は日差しが強い。
 車から降りるとギラギラとした太陽から逃げるように玄関の中へと逃げ込む。