「みんなが、お母さんとお父さんによろしくって」

「私は週に一度、農協の集まりで会ってるのよ。夏実は久しぶりだったから、みんなも喜んでたんじゃない? 会う度に気にかけてくれてたし」

 玄関に腰を下ろし、スニーカーの紐を結びながら顔を上げる。
 __もしかしたら、それは哀れみからかもしれない。それは同情からかもしれない。
 だけど、どちらも私の気持ちに寄り添おうとしてくれていることに変わりない。
 
「喜んでくれたよ。今度会ったらお母さんからもお礼伝えといて」

「わかった」

「じゃあ、行って来ます」

「行ってらっしゃい」

 自転車に跨ぐと、林檎箱の重みを感じながらサドルを握り締めペダルを思いっきり踏み込む。最初は揺れてい車体も数メートル進むと徐々にバランスをとることにも慣れてくる。
 両足をペダルから離し農園の道を下ると、国道に出て先程秋雄のいた土手を通りすぎ犀川に架かる大きな橋を渡る。昔よく遊んでいた竹林は、いつの間にか住宅地となり砂利道は綺麗に整備されていた。

 私は自転車から降りると、この足でゆっくりと時の流れを踏みしめる。九年という壁はとてつもなく分厚い。簡単に壊すことはできない。十二歳の秋雄と再会して思い知らされた。
 ならば必死によじ登るしかない。自ら遠ざけるのではなく向き合うしかない。

 茶色の屋根に、淡いピンクベージュの外壁が印象的な家の前で立ち止まる。洋風造りの二階建てで白いアーチ型の門は、可愛らしい真由のイメージにピッタリだった。
 「佐藤」と、いう表札を確認してから自転車を家の前に止めると玄関横のチャイムを鳴らそうと手を伸ばす。その瞬間、突然後ろから肩を叩かれた。

 振り返った先には、白いポロシャツにデニムという出で立ちの男性が首を傾げている。スラリとした身長に、日に焼けた肌。顔つきからして佐藤ではないことはわかる。

「どちら様?」

「えっと、林檎を届けに」

 男性は私の顔と自転車に括られた段ボール箱を忙しなく交互に見つめている。

「まさか、林檎娘?」

「え」

 その呼び名には覚えがあった。
 だけど、私をそう呼んでいたのは色白で太った……。

「ぶーちゃん?」

 そんなわけがないと思いながらも口にした呼び名に、男性が私の両肩を掴む。