「毎年ね、貴司くんと一緒に林檎を頼みに来てくれてるのよ?」

 初めて聞かされる事実に、思わず顔を上げると母はそっと微笑んでいた。

「プレッシャーになる可能性もあるから言わなかったけど。林檎の注文に来る度に、夏実が元気なのか気にしてたから。真由ちゃんは会えて嬉しかったんじゃない?」

 __プレッシャー。
 その言葉を選んだのは、恐らく私がまだ過去を乗り越えていないことに気づいているから。

「それを言うなら、お母さんの結婚ってワードもわりとプレッシャーだけどね」と、ついでに本音を漏らすと母は声を上げて笑った。

「いやね。それは、敢えて発破をかけているのよ。夏実は昔から腰が重いから」

「……確かに」

 腰が重いことは自分が一番自覚しているが、こればかりはそれが理由ではないことに最近気づいた。今の私は結婚する「覚悟」がないのだ。

「まあ、一番は夏実の幸せが大事だから」

 そう言ってくれた母に、何も言い返せないのは自分の本当の幸せはもう二度と手には入らないということをわかっているから。妥協して、それなりの幸せならばどうにかなるのかもしれないけれど、結局妥協できずにいるから今もまだ答えを出せずにいる。
 私は誰よりも幸せに貪欲なのかもしれない。

「まあ、この農園のことは気にしなくていいからさ」と、席を立って御代わりの麦茶を冷蔵庫へ取りに行くその後ろ姿は昔よりも小さく見える。
 両親も、いつまでも若いわけではない。
 元々、祖父が突然始めたこの農園を代々継ぐことはないと昔から言っていた。けれど、私が跡を継がなければ近いうちに終わりを迎える。だからといって継ぐ意志はないのだから、せめて早く結婚して安心させてあげたいし孫も見せてあげたい。
 そうなると、タイムリミットだってあるし悠長に考えてはいられない。