「でも、これだけはわかる。秋雄のいるこの瞬間は確実に幸せだよ」

 特別なことなんてしなくてもいい。ただ、秋雄と同じ世界にいられることが私の最高の幸せだ。

「でも俺は死んだ。なら、死んだ世界で幸せを見つけるべきだ」

 人の気持ちも知らないで本人は腹が立つ程の正論を述べる。私だって、そんなことはわかりきっているから「普通」の幸せを手に入れようと啓太と交際し婚約した。
 なのに、今更現れた秋雄も悪い。ずっと乗り越えたと思っていたのに。前に進めていると思っていたのに。
 過去の幸せがどれ程、色濃くこの胸に刻み込まれていたかを思い知らされた。
 結局、忘れようとしても忘れることなんてできない。真由みたいに、過去のことだと片付けることもできていない。私は今と過去の間で足踏みをしている中途半端な状況から、ずっと抜け出すことができずにいる。

「さっきのお前、感じ悪すぎ」

 秋雄は私の額にデコピンをする。
 しかし別に温かな空気が触れるだけで、痛くも痒くもないのだけれど何か腹が立つ。

「煩い」

「お前は反抗期か?」

 呆れたように笑う秋雄をギロリと睨む。

「真由が無神経なんだよ。昔からそうだったじゃない」

「お前が悪い」と、即答する姿に過去の光景が重なる。
 私と真由はよく喧嘩をしては仲直りを繰り返していた。そうはいっても、少し鈍感な真由にいつも私が勝手に怒っていただけだった気がする。けれど、いつも秋雄は真由を庇う発言をしていた。

「秋雄ってさ、いつも真由側についてたよね。そういう所、ウザかった。あと足が臭い所もね」

 この際、不満を全て暴露してやろうと吐き捨てる私に秋雄は大きなため息をつく。

「大人になっても、そういう所は変わらないな。お前は感情的なところがあるだろ。喧嘩すると、ここぞとばかりに相手の不満を吐き出す」

 正に、今の状況だと思いながらも「だから?」と、真顔で返す。すると秋雄は、そんな私の額にまたエアーでこピンを食らわした。