__九年前の今日。
 母から買い出しを頼まれた私は途中で秋雄と遭遇した。青々とした芝に座りお喋りをして、最後には犀川を背景に写真を撮った。
 
「金魚の秋雄は元気か?」

 木陰に自転車を停めて駆け寄ると、秋雄は優しく微笑みながら尋ねる。

「うん。ちゃんと餌を食べてくれたよ。あと、ネットで色々調べて必要な物を買い揃えたんだけど試してみたら少し元気になったみたい」

「それは良かったな! 金魚って金魚鉢に入れておけばいいってわけじゃないんだな」

「うん。デリケートな生き物なんだよ」

「まあ、俺の方がデリケートだけどな?」と、ニヤリと笑う姿に思わず噴き出してしまった。
 秋雄は一度ジロッと睨むと、すぐにまた微笑みながら自分の左側をポンポンと優しく叩く。

「ナツも横になってみろよ。気持ち良いぞ」

「私はやめとく」

 やんわりと断ると青々とした芝にハンカチを敷き、その上に腰を下ろす。
 せっかく、おめかしをしたのに汚れてしまっては元も子もない。しかしそんな女心がわかるはずもない秋雄は、また口元を歪めては変な顔をしていた。

「お前、何で洒落た格好で川に来るんだよ」

「本当。あんたって女心をわかってないよね」

「女心?」

 ポカーンと口を開けたまま固まる姿に、本気で溜め息が漏れた。

「……少しでも、可愛いって思われたいんだよ」

 好きな人には。と、いう言葉はそっと飲み込んだ。

「へー」

 なのに相手は興味がなさそうな反応をすると、そのまま立ち上がり土手を走りながら下っていく。そしてそのまま犀川の中へと入っていった。

「ちょっと!」

 私の声に振り返った秋雄は、眉間に皺を寄せて薄い唇を噛みしめている。その表情は怒っているような、どこか悲しんでいるような複雑な顔だった。